東京漂流某日(二)
東京で大した野望も無くどうってことなく生きる
或る男の漂流記・・・
chapter2: フリーター戦記(2) 有明の花火
黒猫はスーパーのアルバイトを辞めた翌日
ウェイターのバイトをしているレストランにでかけた。
昼のバイトが無くなったので夜だけでなくあらゆる時間帯
に入れてもらうように支配人に頼むためだ。
そのレストランにはいつも活気が溢れていた。
アルバイトがシフトに入れるかどうかは完全実力制で
支配人が直接一人一人と面接して決めた。
ベテランでも仕事にあぶれることはあるし
入ったばかりの新人にもいつでも昇給とリーダーになる
チャンスがある。だからその店ではいつも全員がそれぞれの
持ち場を取られまいと一生懸命だった。
黒猫はこの職場では勤務時間のほとんどは皿洗いだったが
自分の評価はともかくとして実力本位の雰囲気は割と
気に入っていた。
「黒猫さん、こんな時間に珍しいですね」
入った当時仕事を教えてくれた斉藤君が声をかけてきた。
斉藤君は靴職人を目指してイギリスに留学する資金を貯める
ためにこの店で働いていた。
「仕事増やそうと思ってさ」黒猫は答えた。
「僕も今、支配人に掛け合ったけどダメでしたよ」
自分よりも若くて、自分よりも格段に仕事が出来て
自分よりも客にも従業員にも愛想がいい斉藤君が希望の
時間に入れない。。
黒猫は絶望したけど念のため掛け合ってみた。
「昼の仕事が無くなったので全時間帯どこでも入りたいのですが」
「いいよ、わかった」支配人はなぜかあっさりOKした。
あまりのあっけなさに拍子抜けしたが、単純に有り難かった。
数日後から勤務時間を倍増する確約を得て店を出た。
店の駐車場では職場で黒猫を慕ってくれている年下のアルバイトの
金田と小暮がバイクをいじっていた。小暮は調理担当で
金田は黒猫と同じウェイターだが職場内での立場は黒猫より格上だ。
「黒猫さんじゃないすか、俺たちのバイク見て下さいよ」
小暮が黒猫を見つけて呼び止めた。
バイクは二人とも新品なのに金田の方にはタンクに傷があった。
「もう転ばしたのかよ」
黒猫は笑って金田に言った。
「黒猫さんバイクやってたんでしょ。腕前見せてくださいよ」
「いいよ」
「じゃあ今から海まで走りに行きましょうよ」
「俺、バイク無いよ」
「俺のバイク運転してくださいよ」金田が言った。
小暮は彼女を乗せて、黒猫は金田のバイクで金田を乗せて、
小暮の友人が合流し入店したばかりの16才の女子高生を
乗せて3台のバイクで有明に向かって走った。
久しぶりに運転するバイクは心地よかった。
黒猫以外は10代か20才になったばかりだ。
そして黒猫以外は皆やたらハシャイデいた。小暮が何か大声で叫んでいた。
海が見える有明の公園に着いた。
小暮の彼女の貴子と女子高生のミサキが花火をやろうと言い出した。
皆でコンビニに花火を買いに行った。
「黒猫さん、今いくつですか」小暮が買った花火を皆に分けながら聞いた。
「25だよ」黒猫は花火を受け取りながら答えた。
「私と10才も違うの!オッサンじゃん」ミサキがおどけた。
「9才だよ」黒猫は苦笑しながらミサキの計算を訂正して言った。
「"オッサン"て言ってもいい?」
ミサキはさらにおどけた
「いいよ」
黒猫はそう答えるしかなかった。
ミサキの邪気の無い笑顔が黒猫には微笑ましかった。
「オッサン!」
ミサキと貴子が仲良く笑いながら唱和した。
「黒猫さん、大卒でしょ。就職しないで俺らと一緒にウェイターの
バイトしてるけど何か目指してるんすか」小暮がさらに聞いた。
「いや、何も」
黒猫はミサキが振り回す花火の閃光を見ながら答えた。
レストランには役者志望とか斉藤のように留学を目指して資金を貯めて
いるとか何かしら目的があって働いている若者が多かった。
「黒猫さん、俺と貴子が結婚する時呼ぶから来てくださいよ」
小暮は隣りの貴子を見ながら言った。貴子は黙って笑っている。
二人と出会ってたった数ヶ月しかたっていない、どこに
住んでるとも知らない無職の男を結婚式に呼んでくれるという。
勿論小暮も本気で言ってるわけでは無いのは黒猫には判っている。
小暮の他意の無さが黒猫には単純に嬉しかった。
「いいよ、行くよ」黒猫は笑顔で言った。
安物ばかりの花火はあっという間に終り
黒猫達は暗くなり始めた公園の海岸で海を見つめた。
「黒猫さんオッサンなのに私達とバイクに乗ってこんなとこ
で花火して何やってんだか。楽しいの?」ミサキが絡む。
「ああ、楽しいよ」黒猫はミサキの肩を冗談ぽく抱いた。
ミサキは照れたのか急に黙った。
小暮達だって何も考えなくてすむのはあとほんの一年
くらいだ。いや、もうきっと彼らなりに真剣に将来の進路に
ついて考えているのだろう。だから逆に数年先を生きる黒猫
が"同じ場所"でウロウロしていることにある種の共感を覚える
のかもしれない。ミサキだって貴子だって。。
精神的にも金銭的にも意地を張る余裕の欠片も無い
見たままの自分を慕ってくれる彼らが黒猫には有難かった。
それにしてもなぜ斉藤君はダメで自分はOKなのか。。
そんなことよりも来年の今頃、俺はどこで何をしているだろう。。
黒猫はすっかり暗くなった海を行く遠くの客船を見ながら
とりとめもなく考えていた。
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コメント
>海まで走りに行きましょうよ
青春だなぁ・・・
僕は今までそんなシチュエーションは1回もなかったなぁ・・・
京都は海が遠いんですよね・・・(T_T)
うらやましい・・・
>オッサンじゃん
25でオッサンはねぇだろと思うのですが・・・(ーー;)
>黒猫はそう答えるしかなかった
僕なら絶対「ヤダ!」って言いますね
たぶん今でも言います・・・(^_^;)
>結婚する時呼ぶから来てくださいよ
これを早い時期に言うヤツほど早く別れるの法則
去年、これを言いまくってた男子生徒がふられて学校に来なくなった・・・(ーー;)
投稿: 万物創造房店主 | 2008年4月 1日 (火) 16時50分
>そんなシチュエーション
私も自分から「バイクで海に行こう」なんて
東京にいてもとても言えません。
ドラマで出てくるようないい感じの岸壁とか
波止場とかなんてまず無いし
仮に連れていったらまあ"引かれる"でしょうなー
集団で且つ若くて且つ馬鹿だから面白いっていう
複数要因がありますな。難しいっす。
>25でオッサン
自分も20前後の頃は25あたりはオッサンと思っ
てましたね。正直。今は30過ぎで「学生さん
でしょ」て何故かよく言われますが。
>たぶん今でも言います・・・(^_^;)
今は逆に自分も嫌すね(笑)だって"真実"だから。
オブラートしてよって思います。
>言いまくってた男子生徒
この「お話し」の小暮君のモデルの実在の
男の子は性格的にかなりナイスガイだったので
多分本当に貴子のモデルの子と結ばれたと私は
思っているんですよね。
>ふられて学校に来なくなった
まあ現実はそんなもんですよね。
やっぱし男は『言質』を取られてはいけませんのー
(実体験からの教訓)(^^;)
投稿: kuroneko | 2008年4月 2日 (水) 01時27分