不揃いの真実達
何かの事態が起きてそれが人命に関る場合、
しかも多くの人命に関る場合で
しかしそれが、極めて都合の悪い事態だった場合に
真実を知っている者はいかに行動するのか。
判りきっていることかもしれない。
そこで起こされた様々なサボタージュと言える
アクションは既成事実となり
真実の上に地層のように覆いかぶさっていく。
『彼ら』にとって最良の結末は真実とその後に起こった(起こした)
既成事実がほどよくミックスされて不可分の状態になることだ。
そうすると、分別作業は極めて難しく
時間が経てば経つほど融解もより進み両者の境目は
ほとんど見えなくなる。
もう一つ『彼ら』にとって極めて大切なことは当時の模様を
記憶する人間が早くいなくなることと彼らに発言の場を
可能な限り与えないことだ。発言があった場合は
そちらも即座に且つ木目細かく同じように似て非なる事実をぶつけて
混合させてしまうことだ。
反省しているとか風化させないとかいったところで
このスキームがまかり通らないようにしない限り
時は流れ真実は遠ざかりやがて全ては忘却の彼方に消え去る。
しかしこのスキームとの闘いに屈服しなければいつの日か真実は
明らかになるだろう。
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