映画「敵こそ、我が友」
2008年に見た映画(十八) 「敵こそ、我が友 ~戦犯クラウス・バルビーの3つの人生~」
原題名: MON MEILLEUR ENNEMI
監督: ケヴィン・マクドナルド
時間: 90分 (1時間30分)
製作年: 2007年/フランス
(銀座 テアトルシネマにて鑑賞)
2008年8月鑑賞
(満足度:☆☆☆☆☆)(5個で満点)
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クラウス・バルビー1913年ドイツに生まれる。
青年期はナチスの親衛隊のメンバーとして活躍し女・子供容赦なく
収容所に送り南フランスのリヨンではレジスタンスを苦しめる。
第二次大戦終結後アメリカ陸軍情報部(CIC)に所属し反共工作に従事。
元ナチスの隊員として彼に追及の手が挙がるとその確かな手腕と対ソ戦
に利用価値があると判断したアメリカは彼をボリビアに逃がす。
(同様のルートを利用してアイヒマンを始め元ナチスの大物が南米に逃れた)
しばらく表向き大人しくしていたバルビーはボリビア政界に
足を踏み入れる。極右や多くの裏社会の人物達と交流しボリビアの
クーデータやチェ・ゲバラの殺害などにも直接・間接的に関る。
(チェは晩年ボリビアに変装して潜伏。ほどなく捕らえられ殺害された)
やがて「第四帝国」の建国をも夢想し実際に行動にも移していくが
フランス当局はナチス時代に彼が行った行状(強制収容所に多くの
ユダヤ人を送ったことやレジスタンスへの拷問)について"人道に対
する罪"でバルビーを逮捕。
裁判は1987年5月11日に始まり同年7月3日に判決は下った。
17を数える人道に対する罪により彼は終身刑を宣告される。
1991年9月25日獄中にて死去。享年78才。
映画の冒頭、過去の自らの行いについて質問されて言葉を濁す主人公
クラウス・バルビーは人の良さそうなただの無害な老人にしか見えない。
前半生において理想とある種の使命感に燃えてナチス親衛隊の
一員としてユダヤ人を追いたて収容所に送る彼の姿や大戦後、
裏の世界で脈々と続く冷戦と各国勢力の暗闘の渦の中で精力的に
蠢いていく主人公を本作は戦後世界という色眼鏡をかけることを
極力避けて静かに確実に描いていく。
どの国においても戦争中に組織の中核を成し重要な活躍する人間の
ほとんどは優秀なテクノクラートであり、彼もまた間違いなく
そうであった。自分を必要とする任務が常に目の前にありその任務を
誰よりも上手くこなせるスキルと絶大な自信が彼らには備わっている。
だからこのタイプの人々は時代が変わろうとも後にどんなに非難されよう
とも自らの仕事を悔いたりすることはほとんどの場合は無い。
クラウス・バルビーがテクノクラートとして優秀である証拠は
親衛隊時代よりもむしろ本作でじっくり描かれる冷戦時代から
投獄される直前までの彼のキャリアが雄弁に物語っている。
大戦後のアメリカも、
数奇な運命から長く暮らすこととなったボリビアの極右勢力も、
世界中に散らばるナチスやヒトラーの信奉者達も、
皆彼を必要とし何よりも彼自身が主体的に積極的に動いてそれに応えた。
しかし、彼の親衛隊としての栄光の時代に幼年期を過ごしナチス
ドイツやバルビー本人に迫害された少年・少女達が壮年期を向かえ
声を上げ始めたことは彼には想定外だっただろう。偽名にもすっかり
慣れボリビアに確実に定着し表向きひっそりと暮らす初老の男の
正体と男がかつて何をしたのか暴き出された時彼は吐き捨てた。
「あの娘達はドイツ人だろう。当時のことなど何も知らないくせに!」
元ナチスであることを知り抜いた上で利用したアメリカ。
傀儡政権に国民も含めて多くが参加して関与していながら戦争の終盤で
突如戦勝国となり同時に反ナチスとなったフランス。
戦後も常に国家権力を含めて多くの勢力が彼を必要とした。
何十年もたってから「人道い対する罪」で裁かれるのも彼の
事情ではなく国家間の軋轢の結果と少数の人々の執念の結果だ。
判決が下った後求められるままに呟いた彼の言葉に戦後世界の
ある種の誰もが大なり小なり背負っている欺瞞が集約されているように
思った。
「"皆"が私を必要とした。だが裁かれるのは私一人だ」
物事を構築し推進していく能力のある個人や集団をより大きな
勢力はいつの世も利用し尽くしある日都合が悪くなれば捨てる。2008年の
今という時代も。そこには庶民の信じる正義も悪も存在しない。
この終りなきシステムからアドルフ・ヒトラーもサダム・フセインも
金正日もヴィン・ラデインも生まれているのだということが本作を観ると
判る。そしてその"路"は911同時多発テロからイラク戦争やアフガンの
混迷まで今も世界中で続く紛争と複雑怪奇に絡み合って繋がっている。
今までも、これからも。日本も繋がって組み込まれている。
クラウス・バルビーの3つの人生は上に述べた通りだが
私には彼の3つ目の人生は彼自身の行いにより彼を最終的には
追い詰め終身刑に追いやった人々の声無き声に彼が気付き心の片隅で
意識し続けたある時点からの後半生ではないかと思われた。
クラウス・バルビーの生涯を追いつつ、厄介極まりない『この世界』
の現実を垣間見せてくれる本作は本当にスリリングで優れている。
もう一度劇場でじっくりと耳と目を傾けたい作品だ。
尚、本作を観る上での最低限知っておいた方が良いキーワードは
以下の二つ。
1) 第三帝国(ドイツ第三帝国)
・・・神聖ローマ帝国、ドイツ帝国をそれぞれ第一、第二としヒトラー
率いるナチスが自らの国を"第三帝国"と称した。ナチスの登場する映画では
登場人物が第二次大戦中のドイツを称する際に字幕では短く"第三帝国"と
訳していることが多い(セリフでは本当は何と言っているのか確認したこと
は未だないが)。wikiによれば、第三帝国の第三には"未来"の意味もあるとか。
ヴィシー政権(政府)
・・・1940年から大戦末期のフランス政権の通称。パリをドイツに事実上
占領されたためにフランスの首都はヴィシーに移った。親ドイツ的政策を
とった為に傀儡政権の例えにこの名称が用いられることもある。
ヴィシーは"ヴィシー水"として水の産地として世界的に有名。
ナチスに傾倒する人を"ヴィシー水を飲みすぎたようだぞ"と当時の人々は
皮肉を言った。大戦終結後のフランスを統治した指導者でこの親ドイツ
(ナチス)政権に参加していた者も少なくないことが戦後のフランス国民の
ジレンマにもなりクラウス・バルビーの人生にも確実に影響している。
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コメント
>17を数える人道に対する罪により彼は終身刑
ぬるっ!日本人は捕虜を殴ったぐらいで私刑になってるのに・・・
投稿: 万物創造房店主 | 2008年9月 1日 (月) 20時26分
レビューに書いた通りこの男に死刑を宣告する
だけの資格のある国家が存在しない。
よって死刑ではあり得ない。
ということがとても良く描けている秀作です。
この監督に太平洋戦争と日本の権力構造の展開に
ついてのドキュメンタリーを是非作って欲しいと思いました。
ドキュメンタリーを作るのは面白い映画
(フィクション)を作るのと全く同等かそれ以上の
スキルが必要だということがとても良く判る
という意味でもこの作品は観て損ないと思います。
投稿: kuroneko | 2008年9月 2日 (火) 00時33分