映画「生まれてはみたけれど」
「大人の見る絵本 生れてはみたけれど」
原案: ゼェームス・槇(小津安二郎)
監督: 小津安二郎
脚色: 伏見晁
潤色: 燻屋鯨兵衛
撮影: 茂原英朗
衣裳: 斎藤紅
編集: 茂原英朗
出演: 斎藤達雄,吉川満子,菅原秀雄,突貫小僧,坂本武,早見照代
時間: 91分 (1時間31分) [モノクロ・サイレント]
製作年: 1932年/日本
(満足度:☆☆☆☆☆)(5個で満点)
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東京の郊外に引越してきたサラリーマンの父と妻と二人兄弟の一家。兄と弟の
二人兄弟は腕白盛りの年頃だ。しかし引っ越してすぐに近所の子供達とその親分に
洗礼を受ける。子供達には子供達の世界の序列と上下関係があり兄弟は当然の
ことながら最初はその序列に入れてもらえない。嫌がらせを受け続ける二人は
引越しの時に親しくなった酒屋の小僧に悪がき達の親分をやっつけてくれるように
頼む。小僧はガキ大将をやっつけ兄弟は自分達でNo.2以下をやっつけ晴れて
二人は新しいリーダーとなる。その後幾度となくケンカを重ね次第に親しくなっていく
兄弟と近所の悪がき達。
ある日、悪がき仲間の中で一番の金持ちの太郎の家でプライベートフィルムを
上映するというので兄弟は勇んで遊びに行くと自分達の父親も来ていた。
太郎の父は会社の重役で兄弟の父親の上司だったのだ。家では常に威厳のある
恐ろしい自分達の父親が太郎の父にペコペコしフィルムの映像の中でも重役に
言われるままに情けないおどけた表情を繰り返しする父の姿を見て二人は激しい
ショックを受ける。言葉を失い太郎の家を出た二人が父の帰宅後を待って取った
行動は。。
小津安二郎の作品を初めてきちんと観る。かなり前(20代の頃)に「東京物語」(1953)を
観たけど何がいいのか良くわからなかった。
取り合えず何よりも昭和一桁の当時(公開年は昭和7年!)の東京郊外の風景が
とにかく素晴らしい。野っぱらに車両一つだけの電車がカタコト走り、その傍らを
毎朝主人公の兄弟と父親は歩いて職場や学校に向かう。途中の踏み切りで
父の上司の高級車と出くわす。一体この路線は何線なんだろう。昭和7年の風景と
今の東京の風景など比べようもないだろうが一生懸命モノクロの映像に
目を凝らし手がかりを探るのがまずとても愉しい。
オープニングで「大人の絵本」というタイトルで全然子供っぽくない
如何わしい大人の体格の眼鏡をした桃太郎?が秘部を手で隠している。
タイトルの「生まれてはみたけれど」に対応するわけだけれども
中盤までは子供達の他愛無い権力抗争がとても丹念に描かれ
地味なエピソードの積み重ねなのにその物語の展開に全く飽きない。
「あんな破廉恥なオープニングにしなくたって親子で仲良く鑑賞
できる作品じゃないの」と思って観ていたが中盤までは子供達の世界
の力関係を絶妙にリアルに可笑しく見せた後に後半で子供間では序列の
順番は下位だけど金持ちの太郎の父に自分達の尊敬していた父が
言われるままに頭を下げている姿を主人公の兄弟二人が目撃するところから
物語は一気に重厚な大人の鑑賞力を必要とする展開を見せる。
イジメはやめろ。仲良くしろ。勉強しろ。学校を休むな。
いい点(甲)を取れ。早く寝ろ。偉い人になれ。。
呪文のように言い続ける父親達自身の世界は"金"で全ての序列が
決まっていた。。
金をより沢山持っている人間がより少ない人間よりも偉い。
少ない人間は多い人間に従う。
立場が上の人間に笑えと言われれば笑う。泣けと言われれば泣く。
ただそれだけの世界。。
前半から中盤まで子供達の一見精神構造が幼い世界をとても丹念に且つ
リアルに見せることで大人達の対面を取り繕うだけの生活の描写が痛烈な
皮肉となって観る者にやりきれなさを突きつける。兄弟達の絶望と
父の"正体"を知った怒りと猛烈な反抗が何十億円もかける
ハリウッドの大作映画なんてめじゃないほどの緊迫感を持って観客に迫る。
兄弟達の容赦無い追求によって父の威厳はその夜破壊される。
それまで比較的地味に描かれていた母親が一気にクローズアップされ
不満を爆発させる兄弟を必死でなだめつつ同時に傷ついてしまった父を
優しく慰める。家長であり父親である夫に見せるその表情はまさしく"妻"の
それであり艶かしい。そして疲れ果て寝入った子供達の涙の後を拭く仕草は
母親としてのそれであり実に神々しい。
脚本と演技と演出と映像が一体化した圧巻のシーンに息を飲んだ。
最初から最後まで徹底して少年達の視線に合わせた低いカメラアングルも
とんでもなく素晴らしい。まるでそこに居合わせているような
臨場感を終始保っている。このカメラワークだけとっても本作は
充分に見て価値のある作品だと思う。
"マジック"という言葉が自然に浮かんだ。映画人達が、映画評論家の
故淀川長治がなぜ「映画を繰り返し観ろ。映画は映画から学べ」
と口を揃えて言うのか本作を観てやっと身に迫って判った気がした。
映画にしかない力。観ることでしか伝わらない"何か"がこの作品には詰まっている。
子供達による"革命"ともいえる父への壮大な反逆が起こったあくる日、
『親子』がいかにして絆を回復するかは実際に観てくださいとしか言えない。
本作にはまさに子供も大人も「生まれてはみたけれど」であり
滑稽極まりない"大人の社会の真実の姿"が描かれている。
これは子供には見せられない。見せたくない。
恥ずかしくて。そして作品自体が素晴らしくて。子供にはもったいない。
昭和初年の東京の風景描写の圧倒的な爽快感。脚本の見事さ。
子供達の演技・演出の素晴らしさとレベルの高さ。人間描写の誠実さ。
もう今後何兆円かけようとも国家予算を注ぎこもうとこの作品は作れない。
技術的にも思想的にも。こんな作品を作れる日本人は今は残念だがいない。
だから見つけたら是非観ることをお勧めする。
ちなみに本作が作られた翌年の3月、日本は国際連盟を脱退する。
70年前の暗い時代に入る直前の作品だと思って観ると
この作品はさらに多くの意味で驚嘆すべきクオリティを持っている。
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