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2008年11月

2008年11月30日 (日)

映画「歴史は夜作られる」

2008年に見た映画(三十二) 「歴史は夜作られる」

原題名: History is Made at Night
監督: フランク・ボザージ
出演: シャルル・ボワイエ,ジーン・アーサー,レオ・キャリロ
時間: 89分 [モノクロ]
製作年: 1937年/アメリカ
(渋谷 シネマヴェーラにて鑑賞)

2008年11月鑑賞
(満足度:☆☆☆☆)(5個で満点)

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船舶で財を成した大富豪の妻だが夫を愛せないアイリーン(ジーン・アーサー)は
離婚をしようと決意する。離婚は申請した側に6ヶ月間問題がなければ成立
してしまう。離婚を阻止したい為に手段を選ばない夫は自分の運転手
に妻であるアイリーンと関係を持つことを許す。男がアイリーンに関係を
強要する所を偶然見かけた一流の給士長を務めるポール(シャルル・ボワイエ)は
泥棒を装いアイリーンを強引に連れ出す。二人は恋に落ちるが妻を見知らぬ
男に連れ出されたことを知った夫は運転手をその晩密かに殺し警察も
丸め込みポールに濡れ衣を着せようとする。。

洒落た大人の恋物語に適度にサスペンス性も盛り込み、驚くべきは
クライマックスでタイタニックばりの豪華客船の遭難シーンを
高度な特殊撮影と大掛かりなセットで見事に描く贅沢で卒が無い一編。

泥棒を偽装してアイリーンを連れ出したポール演じるシャルル・ボワイエ
が品があって良い。脚本も良く出来ていて飽きずに見れた。

一流の給士長であるポールがお互いに認め合う相棒のこれも一流の料理人
と一緒にニューヨークにアイリーンを追った後の行動がとても楽しい。
彼らは自分達の腕を活かして適当なレストラン店をオーナーに実力を
見せつけ乗っ取り、その店を有名にすることで大富豪である男の妻である
アイリーンがいずれ来店するだろうということで日々店を盛り上げ
来店を待ち続ける。しかしていざ再会したポールとアイリーンだが
当然の如く一緒に来店した夫の存在が邪魔して二人は互いに見知らぬ
素振りを見せる。

脚本も役者の演技も撮影も全てがプロの技できっちり撮られて進むので
物語の展開と主人公の二人の演技も含めて細かいところまで安心して
楽しめた。

ポールが一流の給士に見えないとこの作品はほぼ全てぶち壊しだけど
演じるシャルル・ボワイエは二枚目で大人の雰囲気と色気も申し分なく
相棒の料理人や抱えるスタッフ達に厳しい叱責と適度なアドバイスや
褒め言葉も忘れず実に給士長らしくて良かった。

ポールとアイリーンの恋物語と結ばれるのか気を揉ませる展開だけで
充分見せる作品なので最後の撮影技術がとても見事な遭難劇は要らないと
思うのだけどまあサービス満点な作品だこと。

超大作「タイタニック」(1997)と比較してもある意味で遜色無いと
言えるほど見せ方が上手い。

タイトルも脚本ときっちり整合性がありあらゆる意味でプロの技
と言える映画で映画のお手本と言ってもいいだろう。

ポールとアイリーンはたった一晩で深い恋に落ち
アイリーンの夫のポールを貶めようと画策する仕掛けもまた
同じ夜に完成し二人の前に立ちはだかる。

本作の監督・脚本・撮影・演技それぞれに携わった方々は皆とても多くの
作品に携わっておられる。

映画が大人の身近な娯楽であったであろう古き良き時代の
安定感抜群の良作だ。

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2008年11月27日 (木)

映画「鴛鴦歌合戦」

2008年に見た映画(三十一) 「鴛鴦歌合戦」

原題名: 鴛鴦歌合戦
監督: マキノ正博
出演: 片岡千恵蔵,ディック・ミネ,志村喬
時間: 69分 [モノクロ]
製作年: 1939年/日本
(池袋 新文芸座にて鑑賞)

2008年11月鑑賞
(満足度:☆☆☆☆)(5個で満点)

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骨董を唯一の趣味にして傘屋を生業にして生計を立てる親(志村喬)と娘。
そして隣りで暮らす素浪人(片岡千恵蔵)。娘に惚れる大名と裕福な
商人の娘を巻き込んでの大騒動。

オープニングからエンディングまで歌・歌・歌。
お約束のチャンバラシーンもしっかり入って楽しい一編。
こういうのを"オペレッタ"というのかなるほどー。

池袋の新文芸座で現在催されて連日大盛況なマキノ雅弘誕生百年
記念上映。

まるで教典のように「中原昌也作業日誌」を毎週末バッグに入れ持ち
歩きつつ(つい昨日読了)嬉々として新文芸座に通い始めたところ

「次は何を観ようかのー」( ̄ー+ ̄)と思っていると
作業日誌に次の"路"が明示されているではないか。

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1月1日
...
年の初めにマキノの『鴛鴦歌合戦』
を観ることが出来るなんて、何という幸
せな気分なんだろうか。
...
まだ観ていない人がいるの
なら、いま手にしているものを放り出し
てでも即刻観るべきだ。
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「中原昌也 作業日誌 2004→2007」2006年1月1日

この本をネットで注文して取り消しになるギリの日まで
放置しておいて読み出して本作の「鴛鴦歌合戦」が全日程の中で
ただ唯一1日だけ公開される11月24日(月)の僅か数日前に
この2006年1月1日のページにピタリと辿り着く凄さ!

自分は総じて運の悪い人生を送っているけどこういった
神の見えざる手に誘われたとしか思えないジャストミートな
タイミングもまた何度も経験してるったいね。

そして日誌のなかで絶賛されている通りの傘を並べるシーンの
構図のバランスの美しさ。短い上映時間でも凝縮してきっちり
描かれている人間賛歌。名優志村喬の演技の抜群の安定感。

最後の最後でのどんでん返しの連続は単なるストーリー展開上の
どんでん返しではなくて欲に目が眩んでしまう父親と一瞬は
父親と一緒に浮かれ騒ぐがそれによってお金に替えられない
『全て』を失いそうになる娘と浪人役の片岡千恵蔵の娘への
一転して厳しい眼差しと人間の心の模様の変遷を細やかに
描いていて単純だけどとても深いことを訴えていて心に染みた。

映画はかつて庶民の夢そのものであって最高の娯楽であって
糧であって心の羅針盤でもあったのだ。

本作を見つけたら、是非ご覧ください。

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2008年11月26日 (水)

映画「血煙高田馬場」

2008年に見た映画(三十) 「血煙高田馬場」

原題名: 血煙高田馬場 (決闘高田の馬場)
監督: マキノ正博,稲垣浩
出演: 坂東妻三郎,香川良介,市川百之助,原駒子,志村喬
時間: 51分 [モノクロ]
製作年: 1937年/日本
(池袋 新文芸座にて鑑賞)

2008年11月鑑賞
(満足度:☆☆☆☆☆+)(5個で満点)

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勝手気ままに暮らす浪人中村安兵衛(坂東妻三郎)は高潔に生きる伯父
(香川良介)に「無頼の中に入っても決して無頼に染まるな」と強く諭され
唯一頭が上がらない。それでも放蕩三昧の日々を続ける安兵衛。
そんな中、伯父は御前試合で負かした相手から逆恨みを買い果たし状
を突きつけられる。死の予感を強く感じた伯父は最後に安兵衛に
会っておこうと訪ねるが安兵衛の行方は知れない。いつものように
仲間と大酒を食らっていたのだ。文を近所の女(原駒子)に託し伯父は
果し合いに向かった。すっかり酔いつぶれて帰ってきた安兵衛は
その文の内容に激高しすぐさま伯父を追うが。。

 

この映画は。。。ヤバイ。ヤバ過ぎる。完璧だ。
生涯に見た映画の暫定トップ3に入る。

昭和初頭(1937年は昭和12年)に撮影されたオープニングと
クライマックスの果たし合いでのモブシーンにただもうワクワク。

1時間に満たない上映時間の中での何と各登場人物達の人間未溢れる
キャラクターの凝縮さであろうか!
高潔に生きる伯父と主人公の安兵衛の対比の面白さの確かさ!

酔って暴れてグダグダの安兵衛のクライマックスでの大立ち回り
の何たる爽快さ!!

伯父を追ってひた走っていくシーンはきっと一生忘れない。
伯父の文を読みつつ冷静さを取り戻すシーンの芝居の何たる面白さの
完成度。

最後の立ち回りのシーンは、、、、
これを観ないで死なないで良かった。マジで。

志村喬若いなー
楽しんで演じているなー

極上の酒だ。コイツは。
映画には人生を変える力は確かにあるんだ。

スクリーンで観れたことに神様に感謝感激雨霰。
クライマックスの安兵衛演じる坂東妻三郎の激走と大立ち回りを
思い出しただけで顔がニヤけてしまう。
もう二三回、いや十回くらい観たよー(>_<;)
スクリーンで。
嫌だよーもう観れないの嫌だよー(ノД`;)

ちなみに主人公の中村安兵衛は後に吉良邸に討ち入る赤穂浪士の一人
となる堀部安兵衛。

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2008年11月24日 (月)

フェンスのある夕焼け

081124_sky

[2008.11.撮影]
 
 
 
それはなぜだか懐かしく、重苦しい。さらば、友よ。

 

 

 

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映画「昭和残侠伝 死んで貰います」

2008年に見た映画(二十九) 「昭和残侠伝 死んで貰います」

原題名: 昭和残侠伝 死んで貰います
監督: マキノ雅弘
出演: 高倉健,藤純子,池部良,中村竹弥,加藤嘉
時間: 93分 (1時間33分)
製作年: 1970年/日本
(池袋 新文芸座にて鑑賞)

2008年11月鑑賞
(満足度:☆☆☆☆)(5個で満点)

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大きな銀杏の木の下で秀次郎(高倉健)と幾江は偶然出会う。
秀次郎は賭博の帰りにヤクザ達に喧嘩を売られ傷を負っていた。
芸者の卵の幾江は言い付けで買った酒を秀次郎に飲ませる。
やがて秀次郎は因縁の博打打を襲撃し傷を負わせ捕まる。
出所した秀次郎は板前からやり直そうとするが。。

 

これぞ由緒正しい『ザ・ヤクザ映画』( ̄ー+ ̄)
タイトルから登場人物達の台詞からストーリー展開から要所要所で
流れる演歌調の音楽から王道を行く殺陣の数々からクライマックスの
健さんの敵の組事務所への討ち入りまで完璧。
パロディじゃない心地よさが本作にはギュウギュウ詰まっている。

この映画観ればもう他のヤクザ映画観る必要無し。
何本ヤクザ映画観てもこの映画を観ないと意味無し。
と言えるくらいの逸品中の逸品。

秀次郎を温かく厳しく見つめ続ける重吉を演じる池部良(最後は
秀次郎と一緒に討ち入り!)が素晴らしい。今、こういうオーラ
出す俳優少ないすな。

昭和二年という設定の材木置き場での乱闘シーンも
河でのロケシーンが映像がとても素晴らしく美しい。
親分達も子分達もそれらしくて見ていてただひたすら嬉しい。
良くも悪くも滅んでしまった風景・人情模様が終始続く。

このジャンルが斜陽に向かう原因となる芽も確実に本作に芽生えている
のも見て取れうるのがまた興味深い。

クライマックスの健さんと池部良のドスを持ってたった二人で
敵地に向かうシーンはスタッフの全てが一体となって作り出した
国宝級の完璧さだ。

残酷な血しぶきとかグロテスクなシーンは実は冷静に見ると
驚くほど少ないのだけど暴力の恐怖はきちんと描かれている。

最後の最後、ほんの一瞬まさに1秒程度だけど闘い終えた
秀次郎が自分で右手に握ったドスを左手で賢明に剥がそう
とするシーンに大拍手!!

人を刃物で"斬る"というのは実際にはとても大変なことだそうで
斬ってしまった後は自分の手が硬直してしまうと何かの本で
読んだがまさにそれだ。

ヤクザ映画はやっぱ好きじゃないなーとしみじみ思ったけど
本作は『映画』として観る価値あり。パクリやパクリ以下の
駄作を見て貴重な時間を潰さないようにするためにも
観ておいてもいいのでは。

ちなみに本作を観たうえで自分が認めるヤクザ映画は
「二代目はクリスチャン」(1985 監督 井筒和幸)がある。

面白かったー\(^^)/

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映画「我輩はカモである」

2008年に見た映画(二十八) 「我輩はカモである」

原題名: Duck Soup
監督: レオ・マッケリー
出演: グルーチョ・マルクス,チコ・マルクス,ハーポ・マルクス
時間: 80分 (1時間20分)
製作年: 1933年/アメリカ
(渋谷 シネマヴェーラにて鑑賞)

2008年11月鑑賞
(満足度:☆☆☆☆)(5個で満点)

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その名をエンターティメントの歴史に燦然と刻んでいるマルクス三兄弟の
伝説の作品。架空の国の盟主と国家の上層部や上流社会の人間達を
そして人間の表面的な取り繕いを痛烈にオチョクリまくった逸品。

作品は噂通りの傑作であったが、この珠玉の作品であっても自分に
とっては長く感じた。コメディーって本当に本当に難しいと改めて実感。
そして自分にとってはこの優れた本作をも長く感じたことでコメディー映画に
今後思い入れを持つことはないだろうことも悟らされた。

国家指導者達の滑稽極まりない見栄の張り合いの末にやがて戦争が
勃発していく本作が1933年に作られたことはきっとこれまで検証されつくした
であろうが今後も幾度と無く深く考察されていいだろう。

1933年は日本が国際連盟を脱退した年でありドイツでナチスが
決定的な権力を握った年でもある。この先何千万という命が10年ちょっと
で失われその影響は今もって続いているわけだけどこの作品の
馬鹿馬鹿しいまでの乱稚気騒ぎは作品を作っていた諸氏達はやはり
何かを強く予感していたのだろうか。

戦後のテレビや映画のコメディのほとんどが本作の模倣に過ぎないこと
を噂にはかねがね聞いていたけどそのネタから笑いの呼吸のタイミング
からセットから何から何までこれほど本作から何のアレンジもしていない
ことは創造を遥かに超えていて驚いた。
まあこのマルクス兄弟主演の映画
だって元ネタに近いものはきっとあって芸人達の至芸が年月をかけて積み重ねられた
果ての次の一歩だったのだろうが。

マルクス兄弟の躍動感溢れるドタバタ騒ぎを堪能しつつ(お約束の鏡の芸の洗練さ!!)
驚きつつまるで遥か古代から電話もテレビも実は存在してそれをちゃっかりした
方々に長年隠されてきたような寂しさも少し味わってしまった。

「俺たちはゼロから歩んできた」といって憚らない某世代の方々やそういった人間への
疑惑の眼差しはいよいよもって確信に変わってしまった。

それでもパクッてパクッてパクッてパクッてきた無数の人間達でも
クライマックスの数十人(50人くらい?)のマルクス兄弟を中心として
踊り狂う様は恐らくは、いや絶対に真似出来ないだろう。

本作が作られたすぐ後当時の先進国が挙って戦争に明け暮れることを
数十秒のシーンで全てを余すことなく体現したかのような
何だか凄いとしか言いようが無いクライマックスだ。

見てしまった。ついに見てしまった。
もう一回観に行こう。癖になるわーこれ。

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晩秋の陽を浴びて

081122_neko_1

[2008.11.撮影]
 
 
 
君は今何を思うや。。

 

 

 

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映画「山河遥かなり」

2008年に見た映画(二十七) 「山河遥かなり」

原題名: The Search
監督: フレッド・ジンネマン
出演: モンゴメリー・クリフト,イヴァン・ヤンドル,アリー・マクマホン
時間: 105分 (1時間45分) [モノクロ]
製作年: 1947年/アメリカ
(渋谷 シネマヴェーラにて鑑賞)

2008年11月鑑賞
(満足度:☆☆☆☆)(5個で満点)

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第二次大戦の終結とドイツナチス帝国の崩壊は多大な犠牲と多くの
親を失ったまたははぐれた子供達をも生んだ。今日もそんな子供達が
長い旅路に疲れ果て列車で運ばれてきた。大人達の勝手な戦争に巻き
込まれその多くは心に傷を負っていた。口を聞けなくなった者、周囲の
一切に不信を抱く者、食事の仕方すら忘れた者、、ドイツを占領した
連合軍は子供達の身元をひとりひとり確認していく。移送される途中に
恐怖を感じた少年達は逃げだし少年の一人カレルは恐怖のあまり河を
泳ぎそのまま行方不明になる。やがてカレルはアメリカ人のGIラルフに
保護される。ラルフは一言も喋ろうとしないカレルを"ジム"と名付け
英語を教え親同然になろうとする。その頃カレルの母親は息子を必死で
探していた。。

邦題が素晴らしい。原題は少年カレルを必死で探す母親とカレルの
身元を確認しようとするGI達と悲劇に遭遇し抜け殻のようになって
しまったカレル自身が自我と自分の母親を捜そうとするストーリーその
ままのある種素気ない題名だが、戦争に傷跡が生生しく残る製作年と
恐らくはセットではない瓦礫の山のロケシーン。親を失った大量の子供
達と新世界を歩みだした試行錯誤の中の大人たち。心の成長が終わった
大人達にとっては極論すれば人の命も含めて"マテリアル的な何か"を
失っただけかもしれないが親を失い銃弾や汚い大人の中に文字通り
投げ出された子供達にとっては命以外の全て衣食住と心を失って
しまい、それは経済が復興しても社会が活気を取り戻しても
何をしようとも取り戻しようが無い『何か』なのだということを
本作は秀逸なストーリー展開と確かなカメラワークと共に静かに
確実に訴える。

かつては裕福な家庭で両親と姉が家で演奏を楽しむのを傍らで
眺めていた少年カレルにとって、同様に親を失った少年少女達に
とってはまさに「山河遥かなり」だ。

また元気を取り戻したカレルがラルフへの反抗と母親への激しい郷愁を
訴え少年と母親が絶妙なニアミスを繰り返しつつクライマックスへ
向かう本作は映画の教科書と言ってもいい全てが良くできた映画だ。

映像とストーリー展開と登場人物達の演技だけで多くのことを
雄弁に語っていくという映画として本来は当たり前のことが
出来ている作品を見ていると本当に心地よく癒され楽しい。

移送される車の赤十字のマークを見た子供達は思わず身構える。
これは勿論ナチスの鍵十字マーク卍を強く連想させたからだが
演出は控えめにしかし丁寧に観客に映像で判るようにしてある。

乗ることを拒否する子供達に何も判っていない女性の担当官が
通訳に告げる(子供達の多くは英語圏ではない欧州の出身)
「怖がらなくていい。素敵な所に行くのだと皆に言って」
何と馬鹿げた説得だろう。子供達はこの言葉を聞いて確信的に
逃げ出す。皆この言葉によって拉致され家族と離されてきたのに!

命は奪わないとはいえカレルの世話を親身になってするGIの
ラルフも親切とはいえ母親を捜したいというカレル(ジム)の願い
よりも帰国命令とカレルを米国に連れ帰ることを優先しようとする。

子供達のとってナチスも連合軍も自分達の納得する世界に
"戻して"はくれないことは同様なのだ。

そして孤児院に収容された大量のユダヤの子供達は大人達に促され
ある場所へと元気に出発する。向かった先はパレスチナだ。

出発した彼らが過ごした教室にはイスラエルのシンボル六芒星
(ダビデの星)が飾られていた。イスラエルが独立宣言をするのは
この映画の翌年である。この時全てを失った少年少女達にとって
イスラエルの建国は絶対に二度と失ってはいけない『何か』である
ことは想像に難くない。イスラエル・パレスチナ問題の起源の一つ
を図らずも本作はフィルムに焼き付けている点でも重要な作品といえる。

ラルフ達GIがカレルを連れてきて実に屈託なく「自分達の家だ」と
言うのがとても気になった。ドイツを占領した連合軍は戦後処理
をするために駐留した多くの者にたいし家主が消えた家を或いは
家主を恫喝して追い出した家を住居として提供した。

大人達は戦争に勝ったから負けたからで心の整理をつけられたかも
しれないが子供達にはそんなものは判りはしない。なぜ昨日まで
住んでいた家を見知らぬ外国人が我が物顔で使っているのかを。。

映画が総合芸術として最高の地位と名誉を保っていた時代では
多くの佳作の中の一つかもしれないけど今という時代から見ると
あらゆる点で"お手本"である。

この道に興味がある若者は新作なぞ観なくてよいからこの作品
を観て勉強すべし。中堅もベテランも観て我が身を見直すべし。

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2008年11月23日 (日)

「篤姫」第四十六話終了。

・第四十六話「慶喜救出」終了。

・徳川慶喜大阪城脱出。

クライマックスだけは今回の大河では初めてちょっと感動した。

しかし、この感動は撮影現場で作られたものであってつまり
役者と演出と現場スタッフの結晶であって脚本の力ではないん
だよな。

サクサクっと鳥羽伏見の戦いが描かれるけど「錦の御旗」が
翻ったから薩長の勝利に終わったのは単なる結果論にすぎない
のだからそこばかりクローズアップして西郷さぁにまで

「さあ錦の御旗じゃあかかってこんかいおんどれら。
 歯向かう者はドイツもコイツも賊軍じゃあ!!」

と絶叫させるのは許し難い。(セリフはこんなんじゃないけど)

本当、このドラマは製作現場に近いスタッフのレベルは一貫して
高いのだけど主張がとて酷い。

どうしてこれほど何でもかんでも貶めなきゃならんのか。

恐らくは当時の人間の多くは心のどこかで徳川時代の終焉を
強く感じていたはずで270年かけて作り上げてきた巧妙で精巧な
徳川の支配システムにより諸藩のほとんどは慢性的且つ深刻な
窮乏に陥っており(今の県と国の関係と同じ)満足な戦いなぞ
出来るはずもない。

薩長は共に関ヶ原の戦いに敗れた恨みを延々と脈々と継承し続けて
さらに江戸幕府から遠いことをいいことに薩摩は密貿易などで蓄財を
続けて世界の動向も探り武器を購入して反抗の"刻"を待ちに待ったので
あるから強いのもある種当然である。

しかし当然鳥羽伏見の戦いは薩長にとっても賭けだった。
"錦の御旗"が最も効果を表したのは付和雷同したもともと日和見
で生きた多くの人間達にとってだ。

慶喜は賊軍になるのが嫌だったのは間違いないのだろうが
それよりも将軍でありながら幕府の未来を見限った(機構全体の
老朽化を的確に見切った)極めて現代的な最高経営者の一人だったに
過ぎない。

錦の御旗が出た瞬間に将軍も含めて皆逃げ出すって
どんだけ幼稚なロールプロイングゲームなんだよ。

小松帯刀の非戦論が終始坂本龍馬の賛同?を拠り所にしているのも
実に見苦しい。人として卑しい。

坂本龍馬が"平和の使徒"であったかのように描き彼に肯定的
に関った人すなわち善とするのは歴史への冒涜のなにものでも
ないだろう。錦の御旗の描き方と全く一緒で幼稚だ。

脚本書いている人ってもしかして10才くらいのゲーム好きの
世間知らずで歴史漫画ばかり(表面的にしか)読んでいない
少年なんだろうか。

小松帯刀という一個人の人間の苦しみぬいた挙句の個人的な
知識の集積の果ての非戦論であってそれを描かなくては
ならないはずなのに。

そして薩摩の人間でありながら公然と?西郷達を批判するならば
当然の如く龍馬と同じ運命にならなくてはならないだろう。

北大路欣也の勝海舟も他の出演者同様、露出は多いものの
演じる余地もたいして与えられずもてあまし気味で気の毒だ。
天障院に面会するように慶喜に促すシーンでも

「とにかく何でもいいから会ってみろ」

ってもう脚本いらんじゃん。
本当に脚本ないのかもしれないな今回は。

皮肉にも時代の終焉の混乱と登場人物達のアイデンティティの
所在の圧倒的な描写不足とが相乗効果を起こしてあと数回の
展開を見届けたくなってはきた。

見ながら適当に脳内で同時進行的に編集してセリフも変換して
対応することにしよう。

テレビドラマとは言え、こんな歴史の矮小化を一年もかけて
やるならせめて受信料を半分にしてくださいませ。
エヌエイチケーさん。

 
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2008年11月22日 (土)

リーマン戦記(15)

リーマン戦記(15)
真っ直ぐな人にいつかなりたいと思う。

取り合えず、終わった。
取り合えず、明日という日は仕事の事を考えなくてよい。

昨日は今日という良き日の景気づけに
ZAZEN BOYS 現代の無戒 (DVD)
を終電で帰宅したにも関らずかなり久しぶりに流す。

その前の日は良き日の前日を祝うために
THE ROLLING STONES LET'S SPEND THE NIGHT TOGETHER (DVD)
を終電で帰宅したにも関らずかなり流す。

そして今日は
ほとんど一年振りくらいに
STRAIGHTENER Remember Our Drinking Songs (DVD)
を流しながらこのブログを書いている。

終わったけどいつものように後味は悪い。
しかしいつもよりは気持ちの落ち込みは軽症だ。

そして今回もまた日本一深いと自負できる
ボクとジョーシの亀裂は
また深くなったとも思えるが

一つだけ認めておかなくてならないことは
今回のプロジェクトは上司無くしては
到底成り立たなかったことだ。
自分だけの力ではどうにもならなかった。

悔しいが流石だ。
確かに学ばせてもらった。

だから少なくとも批判の為の批判と
誤解されるような言動だけは当面慎もう。

以下は映画「プラトーン」(1986年)のテーマを想像しながら
もしくは聴きながらお読みください。

今日、取り合えず自分は一つの戦場を去って
また来週からもう新しい戦場が待っている。

今日は生きて還ってこれたけど
来週はどうなるか判らない。

なぜ戦い続けるのか、いつまで戦い続けるのか
それは判らない。
多分戦場が無くなるか自分が死ぬ日が来るか
そのどちらかが先に来る日まで。

今、とりあえず生きて自分の部屋にいる事実を
噛み締めてこんな人間が一人いたんだと
いうことを誰にともなく伝えていければと思う。

そしていつか自分も真っ直ぐな人なりたい。
でも多分それはきっと無理なんだ。判っている。

...

でだ。

何だか知らないけど
下着が大量に紛失しているのだが、、
どゆこと??(@|@)
この部屋のどこかに埋めたっけか俺(ーー;)
謎だ。謎過ぎる。。

 
 
 
 
 
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news「クラスター爆弾調達せず」

クラスター爆弾全廃へ=日本、「新型」調達せず
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 政府は21日、自衛隊が保有するクラスター(集束)爆弾を
全廃するとともに、不発弾になりにくい「新型」クラスター爆弾も
今後調達しない方針を固めた。人道面や調達費用を考慮したためで、
これにより日本はすべてのクラスター爆弾を保持しないことになる。
12月3日にオスロで開かれるクラスター爆弾禁止条約の署名式には
中曽根弘文外相が出席して署名する。 
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[http://news.goo.ne.jp/article/jiji/world/jiji-081121X939.html]
[時事通信社]  2008年11月21日(金)20:30

ほとんど今年初めて聞く「まともな」ニュースのような印象。
海岸線に囲まれた国土を守るためには必要不可欠といい続けて
長年保持し続けて、今度はなにやら妙にあっさりと方向転換して
画期的な出来事なのに記事の扱いも妙に小さい印象は拭えない。

なぜクラスター爆弾をこれまで調達し続けたのか?
それはそれらを使って国土を守るためではありえない。
大体自国の海岸にクラスター爆弾をばら蒔かなければならない
時点で国土と国民は回復不可能な大ダメージを負っていることは明白だ。

クラスター爆弾は政治的にもう『不要』になったのだろう。
不要な地雷もさっさと除去しろ。
他にも『不要なもの』さっさとどかせ。
戦争なんかしなくたって国民の生活レベルと
士気の低さはもう敗戦同然だ。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

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2008年11月16日 (日)

リーマン戦記(14)

リーマン戦記(14)
エネルギー補給源

予想通りに休日返上の日々になった。
もう慣れっこなので肉体的にはキツイが精神的には問題無し。
ただし物理的な時間は足りないし、ただ闇雲に作業すれば
進むってものでもないのでその辺が難しく、しかし面白くもある。

結局仕事内容そのものではなく現場を混乱させるばかりの
わけのわからない指示が一番のネックなんざますよ。

仕事量が許容範囲をオーバーすると行き帰りの
電車の中で読む本は小難しいものは駄目で

中原昌也作業日誌2004→2007」がここ最近は
完全に休日出勤時のバイブルになった。これまで電車の
棚に余裕で10冊以上は本を置き忘れてきたが、今この本を
置き忘れるのは余りにもダメージが大きすぎるので
ことあるごとに鞄の中を確認する。

本当に癒されるなーこの本は。
いっそもう一冊買おうか。自宅用と携行用と。
装丁のデザインも内容と調和していてイカしているし。

ツライ作業で受けるダメージを緩和してくれるのは携帯するお気に入りの本と
もう一つは会社の近くのパスタ屋さん。

今の所、生涯で食べた暫定一位のパスタが
ここのお店であるのは本当に心強い限りだ。
もう100回近くは通っていると思うけど飽きがこない。

さらに奇跡的なことには店構えも洒落ていて店員の対応も
とてもいいのにこのお店はいつも混んでいることが無い。

一人でも友人とでも静かにパスタやワインや
その他の軽食も楽しめる。
一人で時間を愉しんでいる女性もよく見かける。

これまでの人生は全体的に運が悪かった自分だけど
神様は不憫に思ったのかこの店は残し与えたもうた。

明日も仕事。明後日も仕事。

来週から観たい映画テンコ盛りなのでそれらを無事鑑賞
出来ることを励みにただひたすら頑張るのみ。
 
 
 
 
 
<=== Back                      To be continued ===>
 
 
 
 
 
 

 

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2008年11月15日 (土)

映画「帝国オーケストラ ディレクターズカット版」

2008年に見た映画(二十六) 「帝国オーケストラ ディレクターズカット版」

原題名: The "Reichsorchester" The Berlin Philharmonic and the Reich
監督: エンリケ・サンチェス=ランチ
時間: 97分 (1時間37分)
製作年: 2008年/ドイツ
(渋谷 ユーロスペースにて鑑賞)

2008年11月鑑賞
(満足度:☆☆☆☆☆)(5個で満点)
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ドイツの名門楽団であるベルリン・フィルハーモニー管弦楽団が
ナチス政権下にどのような活動を行っていたのか生存する当時楽団員
だった人々が克明に語るドキュメンタリー。

本作は楽団を外から見るのではなく第二次大戦のナチス政権下の当時、
楽団員として内部にいた方々のインタビューを縦軸にして貴重なフィルムも多く
盛り込まれ戦争終結までの展開を丁寧に追って作られた力作だ。

「私達(楽団員)はいかに戦争に加担することなく真摯に音楽活動を 続けたのか」

ということを生存者が訴えれば訴えるほど自分達を包み込む環境を提供する者達が
『何者』なのであり彼らは『何をしているのか』を知ろうとしないこと
いかに欺瞞であるのかが暴かれ、その欺瞞は決して過去のことではなく今も
続いているということがひしひしと伝わってくるところが映画としてのメッセージの
普遍性があり見応えがあり素晴らしい。

元々は独立採算制であったベルリン・フィルハーモニーであったが
それ故に収益が安定せずに双方の合意の下にドイツ政府(=ヒトラー率いるナチス政権)
が株を全て買い取り事実上の国営になったところから楽団の皮肉な足跡の軌跡が
刻まれていくことになる。楽団員達が演奏に打ち込めば打ち込むほどに
彼らはファシスト政権のプロパガンダと権力維持に計らずも貢献していくこととなる。
そして国を挙げてユダヤ人排斥に邁進するその影響は政府の
管理下におかれた楽団にも不気味に確実に忍び寄る。

誰を信用していいのか、誰を信用してはいけないのか。誰が
ナチス=国家社会主義ドイツ労働者党に所属してヒトラーを
熱烈に崇拝しているのか、、楽団員同士猜疑心を募らせ観客にも
その疑いの目を光らせながら演奏することが状態化していく。

楽団の素晴らしい演奏を"眺める"ゲッペルスを始め政府高官達の
『退屈極まりない』といった渋い表情がとても滑稽でかつ権力の濫用の
悪の本質である"リソースを誰も(権力者すらも)有効に活用できていない状況"を
雄弁に語る貴重なシーンが何回もインタビューの中で挿入される。
とても滑稽で、そして無残で哀しい光景だ。

安定した収入と引換えに音楽の心を理解しているとはとても言い難い、音楽を
愉しむ術を持たないしかし特権的な地位にある人々に演奏を提供することの
精神的な割り切れなさ。政権の維持に巧妙に利用されながら国民と国家が確実に
疲弊していく様を目の当たりにしていく楽団員達。

徴兵されない特権を享受しナチスの庇護の下、利用されながらも
活動を続ける楽団員達の演奏は連合軍のベルリンへの容赦無い
爆撃に晒される戦争の最末期には国民にとってかけがえの無い
心の支えになっていく音楽の存在意義そのもののパラドックス。

やがて焦土と化した国土をボロキレを纏ったようなドイツ国民が彷徨い、
それでもヒトラーの為に戦争継続を叫ぶ彼らを戦場に狩りだされる心配が無い
特権を享受し温かい服を着た楽団員達の視点で車内から捉えた映像と
その車を見送る人々の視線の映像がとても印象深い。

幼稚で無知で危険とすら言える平和や反戦の空虚なお題目を子供に唱えるなら
本作を見せて人間の行動様式の複雑さと健気さを黙って考えさせる方が
よほど気が利いているのではないだろうか。

戦争と国家と国民の奇妙で複雑な相関関係が見て取れる良作。
本作には2008年という今を生きる私達のこれからの身の振り方についての
教訓も警告も未来の姿も描かれている。今現在進行中のことも。

歴史とは今現在の姿を映した鏡だ。

ナチス政権下においてヒトラーの誕生を祝す等の名目を作っては
開催されたベルリン・フィルハーモニーの演奏会にヒトラーその人が
ただの一度も出席しなかったという事実も大変に興味深い。

一体なぜなんだろう?

その『真実』はきっと私達が信じ込んでいる形骸化したとも言える
"ヒトラー"や"ナチス"という従来のピースでは埋まらない形を
しているのではないだろうか。ゲッペルスなら本当のことを
知っているに違いない。

観て損無し。というよりは観ないと損であろう。

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映画感想一覧>>
  
 
[追記] 映画に見る歴史の綻び (09/06/22)>> 
 
 
 
 
 
 
 
 
  

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2008年11月11日 (火)

ブロスの日_081110

 
 
気が付いたらブロスの日は過ぎていた。
今日買ったので、自分にとっては今日が
ブロスの日(正確には昨日だが)。

今号は特に印象深い記事もなく。
「少女ファイト」という漫画の作者日本橋ヨヲコさんの
インタビューが唯一和んだくらい。

「トロッピク・サンダー 史上最低の作戦」(11月22日公開)
という映画が面白そうだが観に行けるか微妙だ。

適度に忙しいと帰宅までの時間ブロスを繰り返し
読んで過ごすのはとても楽しいのだが年末に向けて
ヤバスギルお仕事の過密状況に心は虚ろで全く
集中出来ず。

ブロスでは千原兄弟が交代でコラムを担当しているのだが、
何気に両者共に文章が簡潔明瞭で読みやすくとても短い
文章の割りにそこそこオチもついていて嫉妬しつつもつい
読んでしまう。ジュニアの方はまだサービス精神が感じられ
て愛嬌があってよいが兄ちゃんの方は物凄くマイペースに
毎回身辺で起きたことを本当に淡々と書いておられる。そんな彼らの
コラムをついつい毎回必ず読んでしまう自分が悔しいっす。。
今回はジュニアが担当だけどまた読んでしまった。
読みつつ微笑んでしまった。悔しいっす。。(ーー;)

疲れてテレビ欄を禄にチェックする気にもなれず。
「篤姫」まだ終わらないんだ。←余計なお世話(-_-)
「篤姫」があまりにも消化不良なので最近の週末は
同時代を描いた2004年の大河ドラマ「新選組!」
をDVDで観ていたりしていた。「~!」のず~~~~っと
放ったらかしのレビューも再開する気になった。

今週はずっと終電時刻を睨みつつの日々となるであろう。
で、こんな時にこそブログを村々と書きまくりたい
衝動が起こるのもまた事実(^^;)

そんな感じで。

 
 
 
 
 
 
 

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2008年11月 8日 (土)

本「中原昌也 作業日誌 2004→2007」

「中原昌也 作業日誌 2004→2007」
 
 
[kuroneko ブック・オブ・ザ・イヤー 2008] 受賞!

読んでいて無類に面白い。時の経つのも忘れる。

本を読んで「無類に面白い」なんて表現が浮かんだのも何年鰤だろ。

著者である中原氏の本当に捨て身の日常のライブ感と
"心を吹き抜ける隙間風"の虚しさに驚愕し恐れ入りそして、正直どこか羨ましく思う。

「だったら代わりにやってみぃや。ボケェ!!」(゚д゚メ)
という著者の罵声が聞こえてきそうだけど(^^;)

帰宅してからちょこっと。寝る前にちょこっと。
数日分ずつを毎日チマチマ読む愉しさったらない。

読み終わってしまう瞬間を思うと今から何やら寂しい。
(やたら惜しみ読みしているので読了は多分年末当たりか)

まあ読み終わってしまったらまた最初のページから読めばいいのだ( ̄ー ̄)
余裕で一年間は枕元にあることでしょう。

毎日読むよ。
繰り返し読むよ。
声に出して読むよ(←ウソ)。

金持ちから貧乏人まですっかり嘘つき&偽善者ばかりが
目立つ社会と成り果ててしまったこの国で著者の無謀な
愚挙の連鎖の日々とその叫びの虚しさは真に賞賛に値する

 
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3月27日
この日記を始めて以来、何もかもが
悪化の一途をたどっているような気がし
てならない。そもそも文筆自体が、自分
の首を絞めているのだ。人から適当に
面白がられ、心の中ではフリークスのよ
うに蔑まされ、貰える報酬なんて空き瓶
拾い以下である。こんなこと何のために
やっているのだろうか・・・
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本書より
 
  
Good job!! 中原さん。絶対にマネ出来ません。。(ーー;)

柳下毅一郎氏のブログでの賞賛
http://garth.cocolog-nifty.com/blog/2008/10/post-952c.html

第18回 Bunkamura ドゥマゴ文学賞受賞

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「中原昌也 作業日誌 2004→2007」
中原昌也(なかはら まさや)著
boid

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2008年11月 4日 (火)

BOSSに祈りを

081102_boss_2

[2008.11.撮影]
 
 
 
BOSS、うちのボスを何とかしてください。。m(_ _)m

 

 

 

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2008年11月 2日 (日)

映画「フランケンシュタインの怪獣 サンダ対ガイラ」

2008年に見た映画(二十五) 「フランケンシュタインの怪獣 サンダ対ガイラ」

原題名: フランケンシュタインの怪獣 サンダ対ガイラ
監督: 本田 猪四郎
出演: 佐原健二,水野久美,ラスタンプリン
時間: 88分 (1時間28分)
製作年: 1966年/日本
(ビデオ鑑賞)

2008年11月鑑賞
(満足度:☆☆☆☆)(5個で満点)

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ある夜、巨大な蛸が船を襲い続いて人型巨大生物が現れる。
人型巨大生物は大凧を倒して続いて船の乗り組員も襲う。
人の"味"を覚えた巨大人型生物は人間社会に頻繁に出現するようになる。
自衛隊は深海を住処とすると考えられる巨大人型生物をレーザー光線攻撃を
中心に追い詰め遂に倒したかに思われた。その時、もう一匹の巨大人型生物が
助けに現れる。一匹はかつて人間に育てられ成長後、山中深く身を隠していた
フランケンシュタイン。もう一匹はそのフランケンシュタインの細胞が海へと流れ
そこで分裂して生体になったものだった。人間に育てられた"山のサンダ"と
サンダの細胞から生まれた"海のガイラ"。最初は人間の攻撃からガイラを
助けたサンダだったがガイラが人間を好んで食すことを知ってガイラと敵対する。
やがてガイラは餌である人間を求めて都市に移動しサンダはそれを追った。。。

特撮怪獣映画の中では格段に評価が高い本作。
おどろおどろしいオープニングタイトルから始まってすぐに嵐の中の
大凧とガイラが船を襲うシーンまでがスピード感があって素晴らしく、
怪獣映画の王道を猛スピードで突っ走っていてとても心地よい。

全体的に特撮シーン盛りだくさんでしかも一連の東宝怪獣映画の作品の中でも
質・量共に間違いなくトップレベルだ。しかし正直言ってスケール全く無視の
強引な合成シーンも多く人間の芝居は他の一連の怪獣映画同様ツッコミどころ
満載で途中までは特撮シーンを除けばなぜ高評価なのかイマイチ判らなかった。

評価が高い理由は結構簡単で、"映画"として観た場合の普通のツッコミ

1) なぜ怪獣は都市に出現して暴れるの?
2) なぜ怪獣同士は戦うの?
3) なぜ怪獣は海から出てくるの?
4) なぜ善玉怪獣と悪玉怪獣がいるの?(登場人物はなぜ区別が出来るの?)
5) なぜ自衛隊が戦う時に群集(一般市民)がいないの?
6) etc...

といった問いに無数の怪獣映画は「だって怪獣映画だからだよヽ(´ー`)ノ 」
で上記の問いを全てを不問に伏してしまうが(それゆえ怪獣映画という自ら閉じた
ジャンルとしてしまって観客層は限定されてしまってきたわけだが)、、

本作は上記の問いに一応はきちんと回答を出している\(@o@)/エライ
これは(怪獣映画としては)脚本が良く練られているということと特撮のレベルが
極めて高いという本来は当たり前のことが出来ている稀有な作品からだ。

本作の"きちんと描写出来ている"上記1)~5)への回答(反転表示すると見えるゾ!)
1) →人を食うため(&後半は海に帰るための通過点として)
2) →片方(サンダ)がもう片方(ガイラ)の暴走を止めたいから。
3) →海で産まれ育って人肉の味を知っってしまったから。
4) →片方は人間に育てられており、育てた当事者達が自衛隊とパイプがある。
5) →迅速な避難・誘導と事前の情報の伝達が徹底しているから。

怪獣(主にガイラ)が現れる時は警報が即時に出され、物語の前半では灯りが
嫌いと想定されるガイラに対して灯りを付けるように指示が出され街中に光が灯り、
後半ではそれでは返って逆上させるという理由で消灯してから非難するように
という通知が再び出されそれに連動する市民や指示する自衛隊の姿が繰り返し
描かれる。特にクライマックスでは「地下鉄に避難するように」という実に的確且つ
リアルな指示が繰り返し出され官民一体になってきちんと対応するシーンも
省かずに描かれている。こういった描写の積み重ねが嬉しくドラマも盛り上がる。

サンダとガイラは単に怪獣として暴れているだけでなく、サンダは
ガイラの暴走を何とか止めようと苦闘する。ここで重要なのはサンダは
問答無用に"善玉"なのではなく、人間に育てられたから人間を喰わない
のであり、そして人の愛情を知っているからガイラを止めようとする
という理由付けがストーリーの展開に盛り込まれているという点だ。

ガイラはサンダの細胞から生まれた亜種であり且つ人間の愛情なども
知らずに育ちしかも"人肉の味"を知ってしまったので食用としてしか人間を
見ない。自衛隊はサンダを育てた研究者達(水野久美,ラスタンプリン等)の
説得に応じ何とかサンダを攻撃せずガイラのみに目標を定めようとするが
当然のことながらいかんともし難い。人間と縁も情も何もない恐竜型ではなく
"人型"でありしかもある意味兄弟である二匹が容赦なく自衛隊の攻撃の対象に
晒されるシーンも観ていて色々と考えさせられる。観ながらあーだこーだと
考えシュミレーション出来る余地を残してくれる作品のレベルの高さに拍手

30m前後(多分)という二匹の身体の大きさも臨場感があって人と絡むシーンが
ダイナミックでよろしい。泳いで人を襲うシーンでは大きさがリアルでマジ怖い。

お頭が弱くて暴れて人肉喰うしかないガイラと必死で何とかしようとするが
どうにもならないサンダと状況的に両者共に攻撃対象にせざるおえない
自衛隊と人間社会という構図をきっちり描く本作は国際社会の縮図を思わせ
人間同士・国家同士が争い続けてきた人類の戦争の歴史を強く連想をさせた。

内容的にリメイクする価値も充分にあると思うけど現在の日本では残念ながら特撮技術
が今ひとつ無いな。むしろCGを駆使して実写+アニメという形態にして主人公を若い
男女にしてみると結構いけるんじゃないかと思う(本作では主人公は中年の男女)。

例えば何も考えずに"出来ちゃった婚"した10代の男女が双子の赤ちゃんを
密かに山と川に捨てた。双子はやがてサンダとガイラになって二匹は親に
復讐をするために街に出現し人を襲い続けるとか。。

全く怪獣映画に興味が無い方々に少し付け加えておくと
本作が挑んでいる"怪獣映画だからと言い訳せずにツッコミから逃げない"
という姿勢に挑んでいる近年の作品では"平成ガメラシリーズ"
がありその内容も個人的には及第点である(ガメラⅡがお勧め)。

またフランケンシュタインとは本来は死体を使って人造人間を作るマッド
サイエンティストの方(フランケンシュタイン博士)だけど往々にして人造人間の方を
意味するようになってしまったのはご存知の通り。本作ではサンダとガイラは
"フランケンシュタイン"というよりははっきり"怪獣"だけど「人間のエゴと科学の
誤った適用の果てに生まれた歪んだ生命」という意味で適用に誤りは無いと思う。

傑作。

本作をお手本の一つにして邦画・洋画は問わず頑張れ怪獣映画!!

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2008年11月 1日 (土)

光速度不変の原理の中でホームに立つ或る日

0810311_train

[2008.10.撮影]
 
 
 
日々同じ街で暮らしていても時間の経過速度は
一人一人実は異なるのです。
 
私が貴方より若く見えるとすれば、それはお互いの
利用している乗り物の速度の違いによるものなのかも
しれません。

 

 

 

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