映画「山河遥かなり」
「山河遥かなり」
The Search
監督: フレッド・ジンネマン
脚本: リチャード・シュヴァイザー
脚色: デヴィッド・ヴェヒスラー,ポール・ジャリコ
撮影: エミール・ベルナ
音楽: ロバート・ブルム
編集: ハーマン・ハーラー
出演: モンゴメリー・クリフト,イヴァン・ヤンドル,アリー・マクマホン,
ヤルミラ・ノヴォトナ,ウェンデル・コーリイ
時間: 105分(1時間45分) [モノクロ]
製作年: 1948年/アメリカ
(満足度:☆☆☆☆+)(5個で満点)
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第二次大戦の終結とドイツナチス帝国の崩壊は膨大な犠牲と共に親を失った
または、はぐれた多くの子供達をも生んだ。今日もそんな子供達が長い旅路に
疲れ果て列車で運ばれてきた。大人達の勝手な戦争に巻き込まれその多くは
心に傷を負っていた。口を聞けなくなった者、周囲の一切に不信を抱く者、
食事の仕方すら忘れた者、、ドイツを占領した連合軍は子供達の身元を
ひとりひとり確認していく。移送される途中に恐怖を感じた少年達は逃げだし
少年の一人カレルは恐怖のあまり河を泳ぎそのまま行方不明になる。やがて
カレルはアメリカ人のGIラルフに保護される。ラルフは一言も喋ろうとしない
カレルを"ジム"と名付け英語を教え親同然になろうとする。その頃カレルの
母親は息子を必死で探していた。。
邦題が素晴らしい。
原題は少年カレルを必死で探す母親とカレルの身元を確認しようとするGI達と
悲劇に遭遇し抜け殻のようになってしまったカレル自身が自我と自分の母親を
捜そうとするストーリーそのままのある種素気ない題名だが、戦争の傷跡がまだ
生々しく残る1940年代後半という時代と恐らくはセットではない瓦礫の山のロケシーン。
親を失った大量の子供達と、そして、新世界を歩みだした試行錯誤の中の大人たち。
心の成長が終わった大人達にとっては、極論すれば人の命も含めて"マテリアル
的な何か"を失っただけかもしれないが親を失い銃弾や汚い大人の中に文字通り
投げ出された子供達にとっては、命以外の全て衣食住と心を失ってしまい、それは、
経済が復興しても社会が活気を取り戻しても何をしようとも取り戻しようが無い
『何か』なのだということを本作は秀逸なストーリー展開と確かなカメラワークと共に
静かに確実に訴える。
かつては裕福な家庭で両親と姉が家で演奏を楽しむのを傍らで眺めていた少年
カレルにとって、同様に親を失った少年少女達にとってはまさに「山河遥かなり」だ。
また元気を取り戻したカレルがラルフへの反抗と母親への激しい郷愁を訴え
少年と母親が絶妙なニアミスを繰り返しつつクライマックスへ向かう本作は
映画の教科書と言ってもいい全てが良くできた映画だ。
映像とストーリー展開と登場人物達の演技だけで多くのことを雄弁に語っていくという
映画として本来は当たり前のことが出来ている作品を見ていると本当に心地よく
癒され楽しい。
移送される車の赤十字のマークを見た子供達は思わず身構える。
これは勿論ナチスの鍵十字マーク卍を強く連想させたからだが演出は控えめに
しかし丁寧に観客に映像で判るようにしてある。
乗ることを拒否する子供達に何も判っていない女性の担当官が通訳に告げる
(子供達の多くは英語圏ではない欧州の出身)「怖がらなくていい。素敵な所に
行くのだと皆に言って」何と馬鹿げた説得だろう。子供達はこの言葉を聞いて
確信的に逃げ出す。皆この言葉によって拉致され家族と離されてきたのに!
命は奪わないとはいえカレルの世話を親身になってするGIのラルフも親切とはいえ
母親を捜したいというカレル(ジム)の願いよりも帰国命令とカレルを米国に連れ
帰ることを優先しようとする。
子供達のとってナチスも連合軍も自分達の納得する世界に"戻して"はくれない
ことは同様なのだ。
そして孤児院に収容された大量のユダヤの子供達は大人達に促されある場所へと
元気に出発する。向かった先はパレスチナだ。
出発した彼らが過ごした教室にはイスラエルのシンボル六芒星(ダビデの星)が
飾られていた。イスラエルが独立宣言をするのはこの映画の翌年である。
この時全てを失った少年少女達にとってイスラエルの建国は絶対に二度と失っては
いけない『何か』であることは想像に難くない。イスラエル・パレスチナ問題の起源の
一つを図らずも本作はフィルムに焼き付けている点でも重要な作品といえる。
ラルフ達GIがカレルを連れてきて実に屈託なく「自分達の家だ」と言うのがとても
気になった。ドイツを占領した連合軍は戦後処理をするために駐留した多くの者に
たいし家主が消えた家を或いは家主を恫喝して追い出した家を住居として提供した。
大人達は戦争に勝ったから負けたからで心の整理をつけられたかもしれないが
子供達にはそんなものは判りはしない。なぜ昨日まで住んでいた家を見知らぬ
外国人が我が物顔で使っているのかを。。
映画が総合芸術として最高の地位と名誉を保っていた時代では多くの佳作の中の
一つかもしれないけど今という時代から見るとあらゆる点で"お手本"である。
この道に興味がある若者は新作なぞ観なくてよいからこの作品を観て勉強すべし。
中堅もベテランも観て我が身を見直すべし。
ウィキペディアによれば、監督のフレッド・ジンネマンは両親を共にホロコーストで
失ったとのこと。そして、彼が"それ"を知ったのは戦後になってからだった。
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