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2008年11月 2日 (日)

映画「フランケンシュタインの怪獣 サンダ対ガイラ」

2008年に見た映画(二十五) 「フランケンシュタインの怪獣 サンダ対ガイラ」

原題名: フランケンシュタインの怪獣 サンダ対ガイラ
監督: 本田 猪四郎
出演: 佐原健二,水野久美,ラスタンプリン
時間: 88分 (1時間28分)
製作年: 1966年/日本
(ビデオ鑑賞)

2008年11月鑑賞
(満足度:☆☆☆☆)(5個で満点)

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ある夜、巨大な蛸が船を襲い続いて人型巨大生物が現れる。
人型巨大生物は大凧を倒して続いて船の乗り組員も襲う。
人の"味"を覚えた巨大人型生物は人間社会に頻繁に出現するようになる。
自衛隊は深海を住処とすると考えられる巨大人型生物をレーザー光線攻撃を
中心に追い詰め遂に倒したかに思われた。その時、もう一匹の巨大人型生物が
助けに現れる。一匹はかつて人間に育てられ成長後、山中深く身を隠していた
フランケンシュタイン。もう一匹はそのフランケンシュタインの細胞が海へと流れ
そこで分裂して生体になったものだった。人間に育てられた"山のサンダ"と
サンダの細胞から生まれた"海のガイラ"。最初は人間の攻撃からガイラを
助けたサンダだったがガイラが人間を好んで食すことを知ってガイラと敵対する。
やがてガイラは餌である人間を求めて都市に移動しサンダはそれを追った。。。

特撮怪獣映画の中では格段に評価が高い本作。
おどろおどろしいオープニングタイトルから始まってすぐに嵐の中の
大凧とガイラが船を襲うシーンまでがスピード感があって素晴らしく、
怪獣映画の王道を猛スピードで突っ走っていてとても心地よい。

全体的に特撮シーン盛りだくさんでしかも一連の東宝怪獣映画の作品の中でも
質・量共に間違いなくトップレベルだ。しかし正直言ってスケール全く無視の
強引な合成シーンも多く人間の芝居は他の一連の怪獣映画同様ツッコミどころ
満載で途中までは特撮シーンを除けばなぜ高評価なのかイマイチ判らなかった。

評価が高い理由は結構簡単で、"映画"として観た場合の普通のツッコミ

1) なぜ怪獣は都市に出現して暴れるの?
2) なぜ怪獣同士は戦うの?
3) なぜ怪獣は海から出てくるの?
4) なぜ善玉怪獣と悪玉怪獣がいるの?(登場人物はなぜ区別が出来るの?)
5) なぜ自衛隊が戦う時に群集(一般市民)がいないの?
6) etc...

といった問いに無数の怪獣映画は「だって怪獣映画だからだよヽ(´ー`)ノ 」
で上記の問いを全てを不問に伏してしまうが(それゆえ怪獣映画という自ら閉じた
ジャンルとしてしまって観客層は限定されてしまってきたわけだが)、、

本作は上記の問いに一応はきちんと回答を出している\(@o@)/エライ
これは(怪獣映画としては)脚本が良く練られているということと特撮のレベルが
極めて高いという本来は当たり前のことが出来ている稀有な作品からだ。

本作の"きちんと描写出来ている"上記1)~5)への回答(反転表示すると見えるゾ!)
1) →人を食うため(&後半は海に帰るための通過点として)
2) →片方(サンダ)がもう片方(ガイラ)の暴走を止めたいから。
3) →海で産まれ育って人肉の味を知っってしまったから。
4) →片方は人間に育てられており、育てた当事者達が自衛隊とパイプがある。
5) →迅速な避難・誘導と事前の情報の伝達が徹底しているから。

怪獣(主にガイラ)が現れる時は警報が即時に出され、物語の前半では灯りが
嫌いと想定されるガイラに対して灯りを付けるように指示が出され街中に光が灯り、
後半ではそれでは返って逆上させるという理由で消灯してから非難するように
という通知が再び出されそれに連動する市民や指示する自衛隊の姿が繰り返し
描かれる。特にクライマックスでは「地下鉄に避難するように」という実に的確且つ
リアルな指示が繰り返し出され官民一体になってきちんと対応するシーンも
省かずに描かれている。こういった描写の積み重ねが嬉しくドラマも盛り上がる。

サンダとガイラは単に怪獣として暴れているだけでなく、サンダは
ガイラの暴走を何とか止めようと苦闘する。ここで重要なのはサンダは
問答無用に"善玉"なのではなく、人間に育てられたから人間を喰わない
のであり、そして人の愛情を知っているからガイラを止めようとする
という理由付けがストーリーの展開に盛り込まれているという点だ。

ガイラはサンダの細胞から生まれた亜種であり且つ人間の愛情なども
知らずに育ちしかも"人肉の味"を知ってしまったので食用としてしか人間を
見ない。自衛隊はサンダを育てた研究者達(水野久美,ラスタンプリン等)の
説得に応じ何とかサンダを攻撃せずガイラのみに目標を定めようとするが
当然のことながらいかんともし難い。人間と縁も情も何もない恐竜型ではなく
"人型"でありしかもある意味兄弟である二匹が容赦なく自衛隊の攻撃の対象に
晒されるシーンも観ていて色々と考えさせられる。観ながらあーだこーだと
考えシュミレーション出来る余地を残してくれる作品のレベルの高さに拍手

30m前後(多分)という二匹の身体の大きさも臨場感があって人と絡むシーンが
ダイナミックでよろしい。泳いで人を襲うシーンでは大きさがリアルでマジ怖い。

お頭が弱くて暴れて人肉喰うしかないガイラと必死で何とかしようとするが
どうにもならないサンダと状況的に両者共に攻撃対象にせざるおえない
自衛隊と人間社会という構図をきっちり描く本作は国際社会の縮図を思わせ
人間同士・国家同士が争い続けてきた人類の戦争の歴史を強く連想をさせた。

内容的にリメイクする価値も充分にあると思うけど現在の日本では残念ながら特撮技術
が今ひとつ無いな。むしろCGを駆使して実写+アニメという形態にして主人公を若い
男女にしてみると結構いけるんじゃないかと思う(本作では主人公は中年の男女)。

例えば何も考えずに"出来ちゃった婚"した10代の男女が双子の赤ちゃんを
密かに山と川に捨てた。双子はやがてサンダとガイラになって二匹は親に
復讐をするために街に出現し人を襲い続けるとか。。

全く怪獣映画に興味が無い方々に少し付け加えておくと
本作が挑んでいる"怪獣映画だからと言い訳せずにツッコミから逃げない"
という姿勢に挑んでいる近年の作品では"平成ガメラシリーズ"
がありその内容も個人的には及第点である(ガメラⅡがお勧め)。

またフランケンシュタインとは本来は死体を使って人造人間を作るマッド
サイエンティストの方(フランケンシュタイン博士)だけど往々にして人造人間の方を
意味するようになってしまったのはご存知の通り。本作ではサンダとガイラは
"フランケンシュタイン"というよりははっきり"怪獣"だけど「人間のエゴと科学の
誤った適用の果てに生まれた歪んだ生命」という意味で適用に誤りは無いと思う。

傑作。

本作をお手本の一つにして邦画・洋画は問わず頑張れ怪獣映画!!

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コメント

1) →高層ビルやタワーなど身長的にちょうど壊しやすいものが多いからだと思ってました!(・oノ)ノ
2) →単なるナワバリ抗争かと思っていましたc(>ω<)ゞ
3) →海から出てくるんですかー!∑ヾ( ̄0 ̄;ノ
4) →ピグモンとカネゴンとバルタン星人以外は、全部悪玉だと思っていました (≧m≦)

5) →もうその地域の人は全滅したんだと思ってました(ノω・、)

投稿: 理想 | 2008年11月 5日 (水) 10時36分

まあ全部外れてはいませんわね(ーー)

投稿: kuroneko | 2008年11月 6日 (木) 01時12分

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