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2008年11月15日 (土)

映画「帝国オーケストラ ディレクターズカット版」

2008年に見た映画(二十六) 「帝国オーケストラ ディレクターズカット版」

原題名: The "Reichsorchester" The Berlin Philharmonic and the Reich
監督: エンリケ・サンチェス=ランチ
時間: 97分 (1時間37分)
製作年: 2008年/ドイツ
(渋谷 ユーロスペースにて鑑賞)

2008年11月鑑賞
(満足度:☆☆☆☆☆)(5個で満点)
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ドイツの名門楽団であるベルリン・フィルハーモニー管弦楽団が
ナチス政権下にどのような活動を行っていたのか生存する当時楽団員
だった人々が克明に語るドキュメンタリー。

本作は楽団を外から見るのではなく第二次大戦のナチス政権下の当時、
楽団員として内部にいた方々のインタビューを縦軸にして貴重なフィルムも多く
盛り込まれ戦争終結までの展開を丁寧に追って作られた力作だ。

「私達(楽団員)はいかに戦争に加担することなく真摯に音楽活動を 続けたのか」

ということを生存者が訴えれば訴えるほど自分達を包み込む環境を提供する者達が
『何者』なのであり彼らは『何をしているのか』を知ろうとしないこと
いかに欺瞞であるのかが暴かれ、その欺瞞は決して過去のことではなく今も
続いているということがひしひしと伝わってくるところが映画としてのメッセージの
普遍性があり見応えがあり素晴らしい。

元々は独立採算制であったベルリン・フィルハーモニーであったが
それ故に収益が安定せずに双方の合意の下にドイツ政府(=ヒトラー率いるナチス政権)
が株を全て買い取り事実上の国営になったところから楽団の皮肉な足跡の軌跡が
刻まれていくことになる。楽団員達が演奏に打ち込めば打ち込むほどに
彼らはファシスト政権のプロパガンダと権力維持に計らずも貢献していくこととなる。
そして国を挙げてユダヤ人排斥に邁進するその影響は政府の
管理下におかれた楽団にも不気味に確実に忍び寄る。

誰を信用していいのか、誰を信用してはいけないのか。誰が
ナチス=国家社会主義ドイツ労働者党に所属してヒトラーを
熱烈に崇拝しているのか、、楽団員同士猜疑心を募らせ観客にも
その疑いの目を光らせながら演奏することが状態化していく。

楽団の素晴らしい演奏を"眺める"ゲッペルスを始め政府高官達の
『退屈極まりない』といった渋い表情がとても滑稽でかつ権力の濫用の
悪の本質である"リソースを誰も(権力者すらも)有効に活用できていない状況"を
雄弁に語る貴重なシーンが何回もインタビューの中で挿入される。
とても滑稽で、そして無残で哀しい光景だ。

安定した収入と引換えに音楽の心を理解しているとはとても言い難い、音楽を
愉しむ術を持たないしかし特権的な地位にある人々に演奏を提供することの
精神的な割り切れなさ。政権の維持に巧妙に利用されながら国民と国家が確実に
疲弊していく様を目の当たりにしていく楽団員達。

徴兵されない特権を享受しナチスの庇護の下、利用されながらも
活動を続ける楽団員達の演奏は連合軍のベルリンへの容赦無い
爆撃に晒される戦争の最末期には国民にとってかけがえの無い
心の支えになっていく音楽の存在意義そのもののパラドックス。

やがて焦土と化した国土をボロキレを纏ったようなドイツ国民が彷徨い、
それでもヒトラーの為に戦争継続を叫ぶ彼らを戦場に狩りだされる心配が無い
特権を享受し温かい服を着た楽団員達の視点で車内から捉えた映像と
その車を見送る人々の視線の映像がとても印象深い。

幼稚で無知で危険とすら言える平和や反戦の空虚なお題目を子供に唱えるなら
本作を見せて人間の行動様式の複雑さと健気さを黙って考えさせる方が
よほど気が利いているのではないだろうか。

戦争と国家と国民の奇妙で複雑な相関関係が見て取れる良作。
本作には2008年という今を生きる私達のこれからの身の振り方についての
教訓も警告も未来の姿も描かれている。今現在進行中のことも。

歴史とは今現在の姿を映した鏡だ。

ナチス政権下においてヒトラーの誕生を祝す等の名目を作っては
開催されたベルリン・フィルハーモニーの演奏会にヒトラーその人が
ただの一度も出席しなかったという事実も大変に興味深い。

一体なぜなんだろう?

その『真実』はきっと私達が信じ込んでいる形骸化したとも言える
"ヒトラー"や"ナチス"という従来のピースでは埋まらない形を
しているのではないだろうか。ゲッペルスなら本当のことを
知っているに違いない。

観て損無し。というよりは観ないと損であろう。

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[追記] 映画に見る歴史の綻び (09/06/22)>> 
 
[参考] ある人間の履歴(一) (10/09/05)>> 
 
 
 
 
 
 
  

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