Sky 2008.DEC
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2008年に見た映画(四十一) 「トロピックサンダー 史上最低の作戦」
原題名: TROPIC THUNDER
監督: ベン・スティラー
出演: ベン・スティラー,ジャック・ブラック,ロバートダウニー・Jr
時間: 107分 (1時間47分)
製作年: 2008年/アメリカ
(渋谷 渋谷ピカデリーにて鑑賞)
2008年12月鑑賞
(満足度:☆☆☆☆☆)(5個で満点)
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人気の絶頂を過ぎたアクションスターのタグ・スピードマン(ベン・スティラー)
常に下品なネタで公私共にお騒がせなコメディアンのジェフ・ポートノイ
(ジャック・ブラック)、オスカーを5度も受賞している(!!)こだわり俳優
カーク・ラザラス(ロバートダウニー・Jr)等はベトナム戦争をテーマにした
作品の出演中に監督に騙され本物のテロリスト達が巣くうジャングルに
連れてこられる。不審に思いながらも各所に仕掛けたと教えられた
カメラを意識して演技をしたり演技論を戦わせながらジャングルを進んでいく。
しかし仲違いをして孤立したタグ・スピードマンがテロリストに拘束される。
一致団結して救出を試みようとするが。。
まずは冒頭の続くタグ・スピードマン、ジェフ・ポートノイ、カーク・ラザラス
それぞれが出演する架空の映画作品の予告編が大爆笑もの。内容が
それほどあるとも思えないのに思わせぶりな映像と陳腐なナレーションの
連続が自分達も関っている大作映画とハリウッドへの皮肉も込められて
いて愉快で仕方が無い。
特に落ち目のアクション俳優タグ・スピードマンの主演映画が立て続けに
シリーズ化されていかにもどれも似たりよったりでド派手な音楽とCG使い
まくりの怒濤のヤケクソ気味の予告編の嵐は大拍手。
白眉は黒人の役になるため皮膚の色素を黒くすることも厭わないという
"設定"の超こだわり俳優カーク・ラザラス演じるロバートダウニー・Jrだ。
黒人になりきって演じる白人俳優という二重の設定を絶妙な抑制でしかも
随所に"戦争映画で登場する型通りの黒人兵士"という綱渡り的なエスプリを
最後まで効かせて演じきっている。
「この作品が失敗するとしたら僕のせいだ」とロバートダウニー・Jrは
語っているが正にその通りだ。この役は演技が出来ない俳優には
絶対に演じられない。しかし実に楽しそうに余裕をもって演じて
いるように見えた。彼が主演した「アイアンマン」が大ヒットした
というのも本作での彼の快演を観ると十分頷ける。
リアル志向に徹した血糊や作り物の死体のシーンを日々扱うのが仕事
である彼らが本物の戦場で本物の爆発や死体を見てもピンと来ない
という設定も全く自然で笑いつつもハリウッド映画産業の仕事の
全体の仕事のレベルの高さには驚かざるをえない。
その『全て』が当然だが作り物なのに偽物と本物を物語に沿って
区別して撮影し我々観客を置いていかない見事さ。
果たして本物の戦場に俳優達を容赦なく突き落とした戦争大作映画
「トロピック・サンダー」はクランクアップ出来るのだろうか。。
辣腕プロデゥーサーをこちらも本当に楽しそうに演じきった某大物俳優
のラストでの行動はもう必見中の必見。
カーク・ラザラスと"共演"してたトビー・マグワイアの出演料が
気になって仕方が無い。
こういう馬鹿馬鹿しい作品がしっかりと作られるところに
ハリウッドの産業的な大きさを感じてしまう。
改めてすげー世界だな。
こりゃ世界を騙そうと思えば騙せるわ。
ベン・スティラー グッジョブ!!
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2008年に見た映画(四十) 「リダクテッド」
原題名: REDACTED
監督: ブライアン・デ・パルマ
出演: パトリック・キャロル,ロブ・デヴァニー,イジー・ディアス
時間: 90分 (1時間30分)
製作年: 2007年/アメリカ・カナダ
(渋谷 シアターN渋谷にて鑑賞)
2008年12月鑑賞
(満足度:☆☆☆☆)(5個で満点)
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イラクに駐留する一部隊の兵士達が自分達の駐留する意義を見出せず
やがて罪の無い地元のイラク人の家に侵入し少女を暴行し一家全員を
殺害するまでを追う擬似ドキュメンタリー。イラクで米兵が起こした
実際に起きた事件に基づいている。
リダクテッド[redacted]とは削除済み・編集済みという専門用語
らしいが「スネーク・アイズ」を撮った監督らしく擬似ドキュメンタリー
という形態をとりながら限りなく本物の映像に近いリアリティを
保ちながら極めて政治的な題材を扱いつつこのタイトルを持って
きたところがデ・パルマらしいと思う。
内容が内容だけに大手は本作の製作に名乗りを挙げずに
町山智浩によればHDNet というテレビ専用ケーブルテレビ局が
てがけ撮影はHDビデオですまし予算は500万ドル(5億円程度)で
済ませているとのこと。
無名の俳優を起用し撮影の規模からいえばその程度かとも
思うが映像のクオリティと作品そのもののポテンシャルから
いえばこの事実は驚天動地といっても大袈裟ではない。
最早、映画のクオリティの低さを制作費のせいには全く出来ない
ということを本作は完璧に証明しているからだ。
一体5億円ぽっちでワンカットでも本作に匹敵する画が撮れる
システムを構築できる人間が日本では何人いるだろうか。
心細い限りだ。
その多くは奨学金目当てで志願しているといわれ本来は
実戦に参加する可能性はごく僅かのはずの"州兵"として
登録されているにも関らず碌な訓練も装備もなく運び込まれて
くる"米兵達"。何を守るかも明確でなく、誰が敵なのかも
判らず実弾を込めた銃を持って異国に駐屯する若者達。
そして彼らに監視され銃を突きつけられ時には発砲され
時には人間としての尊厳を踏みにじられるイラクの人々。
デジタルとはいえビデオ撮影とは到底思えない重厚な映像
と共に、兵士達の苛立ちとイラク市民の絶望と怒りと共に
ヘンデルのサラバンドがとても印象的にインサートされる。
規模は小さいとはいえ製作費の安さを感じさせない作り
と現在の社会で起きていることの幾つものファクター
終わらない戦争・情報ツールの氾濫によるの事実の錯綜・
人間社会のボーダーレス化による混沌
を詰め込んでいて作品としても破綻していないのは凄い。
何よりも本作で描かれている90%は当然のことながら
作り物であり絵空事であるがどんな小さなショットもニュース
ソースとして使用されても絶対に判らない。
全てが目の前に展開しながらもその全てが何なのか
事実なのかフェイクなのか一切判らない。
まさに自由とか何とか言われているが[編集"済み"]の社会に
我々は生きてる。
観ておいて全く損の無い作品だろう。
本作のような実験精神が高く社会性にも富み何よりもクオリティも
十分に高い作品を還暦を越えていながら5億円で撮ってしまう
デ・パルマと本作に関った関係諸氏の手腕は本当に凄い。
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2008年に見た映画(三十九) 「人情紙風船」
原題名: 人情紙風船
監督: 山中貞雄
出演: 河原崎長十朗,中村翫右衛門,助高屋助蔵,霧立のぼる
時間: 86分 (1時間26分)
製作年: 1937年/日本
(池袋 新文芸座にて鑑賞)
2008年12月鑑賞
(満足度:☆☆☆☆☆)(5個で満点)
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ある日、長屋で一人の浪人が命を絶つ。
長屋の住人の一人新三(中村翫右衛門)の提案で大家に資金を
出させ弔いと称して長屋の住人一同で酒盛りをする。
住人にはもう一人の貧に窮する浪人の男(河原崎長十朗)がいた。
男は妻と紙風船を作る内職をしてどうにか暮らしていた。
元々の上司であった男に会って事態を打開しようと努めていたが
全く相手にされない。やがて新三はひょんなことから質屋の娘を
長屋の自宅に隠すことになり。。
中国に出征中に29才の若さで病没した山中貞雄の遺作。
「紙屋悦子の青春」、「龍馬暗殺」他寡作でありながらも秀作が
多い故黒木和雄監督が賞賛されていたので見たかったのだが
ようやく見れた。
画面設計と登場人物の自然な演技がとても素晴らしい。
物語はとても他愛なく庶民の暮らしのと共に構築され存在している
権力構造の中で生きる人間達を温かくしかし冷静な視点で描写
している。
浪人の身とはいえ武士でありながら町人達のいざこざに
介入する男が筋がどうも一本筋が"通っていない"のがマキノ映画
等で明確に描かれる理想的な武士像とは遠く型通りでないのが
実に面白く興味深かった。
遊び人の新三が金を工面する為に質屋に商売道具を持ち込む。
番頭は態度こそ穏やかだが新三を下に見て相手にしない。
新三は金を工面できないことよりも下に見られたことを静かな
怒りの表現で言外に含める。番頭の男と新三の「生きる立場の違い」
からの明確な対応の違いが演技として表現されていて楽しい。
浪人の男が生きる望みを無くし雨の中でたたずむシーンも実に
美しい。
20代後半の若さでこの作品の人間表現の重厚さは尋常ではない。
生きていたらどれほど素晴らしい作品を生み出していただろか。
映画界に多大な貢献をしていただろうか。。
戦争が悪だとすれば才能ある人間の命を奪ってしまうことだろう。
才能ある人間を勝手に召集しておいて勝手に病没させてしまう
無能なシステムしか構築できないなら戦争なんてするな。
本作は最近書店でよくみかけるパブリックドメインDVDとして
1000円で購入できるようだ。是非鑑賞をお奨めする。
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2008年に見た映画(三十八) 「復讐するは我にあり」
原題名: 復讐するは我にあり
監督: 今村昌平
出演: 緒方拳,三國連太郎,賠償美津子,小川真由美
時間: 140分 (2時間20分)
製作年: 1979年/日本
(池袋 新文芸座にて鑑賞)
2008年12月鑑賞
(満足度:☆☆☆☆+)(5個で満点)
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クリスチャンである父の複雑すぎる人間性と時代の矛盾を
目撃しながら、その業を一身に背負って成長してしまった
榎津巌(えのきづ いわお)は妻にも裏切られやがて殺人を
犯すことに躊躇しなくなる。
佐木隆三による同名の小説を映画化。
2007年に柳葉敏郎主演でテレビドラマ化されているのを
たまたま観たが、スタッフを指揮したのが相当な映画好き
なのか何だか判らないがや映像もセットもたらと気合が
入っていたのでなかなか楽しく観た。しかし榎津を演じる
ギバちゃんの根の優しさが後半になるにつれどうにも滲み出て
しまって殺人を繰り返しているのに観ている者は心のどこかで
赦してしまうような作品で残念だった。ちなみにギバちゃんも
出演者の多くもなかなか気合入れて演じているので作品
としては全然悪くない。むしろテレビドラマとしては上出来だ。
さて、
今年惜しくも鬼籍に入られた緒方拳演じる本作の方は
心がネジクレ曲がったまましかし鋼のような強さを持つ榎津が
とても良く表現されていて傑作だと思う。
『榎津巌』という一人の人間が殺人鬼に変貌していくまでと
逮捕されて処刑されるまでの軌跡がじっくりじっくり
殺人の詳細な手口も含めて2時間半近く描かれる。
榎津巌が榎津巌という怪物に変貌していく過程を描くことで
人間とは一体何なのか、何のために生きているのかという
ことを問いかけているように思え、その為にはこの長い
上映時間は必要でありほとんど退屈もしなかった。
スタートは物事に異常な執着を見せる性根を持つとはいえ
普通の少年だった榎津がその性根ゆえか幾つかの精神的に
過酷な出来事(家族を含めた榎津への裏切り行為)を全く回避
することなくその身に受け止めることでやがては人の命を
何とも思わない人間になるわけだが、その動機を十分に
描いていながらもだからといって榎津の行為を観客に一切
正当化させずに且つ緒方拳が演じるこの榎津巌という男に
奇妙な愛着を持たせてしまい一種の無常力常態のような
心の心象に持っていかせる力量はとても素晴らしい。
(2007年のギバちゃん版はこの点が残念ながら実に表層的)
榎津巌のその悪魔性にすっかり魅せられ情婦同然となる
宿屋の女(小川真由美)に榎津がビールを飲ませるシーン
がとてもエロティックで実に素敵だ。
詐欺がすっかり板につき大学の教授だといって宿泊を
重ねていた榎津が実は指名手配中の殺人鬼だと知った後、
二人には逆に奇妙な絆が生まれ(たように女は錯覚し)、
女はより一層献身的に尽くすようになる。
榎津に美味しい漬物を食べさせようと一心に漬けている女の
ところに榎津が帰宅して女を眺めながら手酌でビールを飲む
榎津に両手が漬物汁で濡れている女は
「ねえ、飲ませてよ」
と榎津にねだる。榎津は嬉しそうに瓶ビールを自分で一口
飲んだ後、女の口にゆっくり注ぐ。
小川真由美演じる女は実に美味そうに飲む。
この二人に明るい未来は、ない。
この二人が結ばれることなどありえない。
榎津は女を欠片も愛してなぞいない(愛せるわけがない)。
だからこそこのシーンはとてもいい。いつか、真似したろ。
ちなみにこの女の夫もまた過去に殺人を犯しているという
凄まじい設定がこのシーンだけでなく作品全体を多層的なものにして
とても盛り上げている。
榎津が怪物になってしまう根本的な原因を持つ父親役の
三國連太郎もまたとても素晴らしい。
自分はこれまで三國連太郎と言われてもピンとくる作品は
正直浮かばない、知識としては幾つか作品を挙げられるが心に
刻まれた作品には残念ながらこれまで遭遇してこなかったが本作での
ムカツク親父の役作りは実にスゲー。そして、彼に
榎津巌を榎津巌たらしめた責任を押し付けることなど全く
無意味な広い世界の中でちっぽけな弱い人間の一人として
生きるリアルな父親役を最後まで絶妙に演じきっていて
終始見入ってしまった。
絶望的に弱く強かで欲深い人間地獄巡りの旅の果てに
榎津は逮捕され父と面会する。
お互いが、お互いにとって諸悪の根源たる二人は。。
このクライマックスの面会シーンは本当に鳥肌が立った。
緒方拳と三國連太郎が己の役者スキルを全開にして
秒単位で演じスタッフは渾身のシーンを完成させている。
賠償美津子も榎津の妻として人間地獄の一員をしっかり
演じていて良い。三國との絡みのシーン、、エロイなあ(^^)
作品としてどこまでも素晴らしい。全く一見の価値ありの
作品だが「阿波の踊子」「仇討崇禅寺馬場」「張込み」と
かつて確かにあったであろう超絶に美しい風景を描いた
作品ばかり連続で観ていたので70年後半の日本の風景の
汚さに思わず絶句してしまった。製作者達の責任では勿論
無いし味のある"絵"は本作は本作なりに沢山撮れている。
しかし日本はこの時代にもうしっかり道を誤っている。
榎津巌が存在することに何ら違和感はない。
殺人を犯した夫を持つ女が殺人鬼と情事を重ねることに
一切の矛盾はない。
これからも映像化されることであろうが
本作を越えるのは無理でしょう。
しかし、挑む者達は命を削って挑戦して欲しいものだ。
榎津巌は21世紀の今もいる。
これからも生まれるだろう。
ビールでも飲もグビグビーと。
一緒に飲む?
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2008年に見た映画(三十七) 「張り込み」
原題名: 張り込み
監督: 野村芳太郎
出演: 宮口精二,大木実,高峰秀子,田村高廣
時間: ---分 [モノクロ]
製作年: 1958年/日本
(池袋 新文芸座にて鑑賞)
2008年12月鑑賞
(満足度:☆☆☆☆☆+)(5個で満点)
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二人の男(宮口精二,大木実)は九州に向かっていた。
宿に着いた二人は通りの向こうにある一軒の家を注視した。
男達は刑事だった。殺人を犯して拳銃を所持したまま逃げた
犯人(田村高廣)が九州の裕福な銀行家の後妻になっている女
(高峰秀子)に接近すると踏んで東京からやってきたのだ。
二人は猛暑の中張り込みを開始した。。
1955年に発表された松本清張の有名かつ秀作である同名小説の
完全映画家。
つい最近(2002年)も同原作がテレビドラマ化され北野武と緒方直人が
刑事役に扮して熱演した。小説の展開内容としては映像化しやすいと
思われ、今ままで何度も映画化されているのかと思えば
ウィキィペディアによれば9回の映像化のうち映画作品は意外にも
本作のみそ且つ初の映像化でもある。
本作の後、8回も映像化されているのに劇場版は本作一本のみ
なのは観れば明白だが本作の映画としての完璧な「完成度」
のせいであることは容易に想像がつく。
まずはオープニングから10数分続くの蒸気機関車で二人の刑事
が九州に向かうシーンだけでも絶対にお奨めの素晴らしい
シーンが続く。蒸し暑く密集する車内でうな垂れる二人と他の
乗客達のリアリティと機関車の疾走していくシーンの交錯が映画を
観ている満足感を早くも満たしていってくれる。
本編も映像に焦点を当てれば完璧といっていい出来だが
オープニングから序盤の映像の素晴らしさと迫力にはぶったまげた。
そして何と言っても本作の大きな魅力の一つは宮口精二の熟練された
演技がたっぷり見れるということだろう。
言わずとしれた不朽の名作「七人の侍」での無口で腕の立つ侍(久蔵)
の役はビデオで何度も繰り返し観たが本作に出ているのは迂闊だが
知らないで観ていたので刑事役と判ってからはもうエンディングまで
まさに至福の時間だった。
大木実と二人で若手・ベテランの刑事二人という黄金の組み合わせを
演じるがアクションの大きいシーンと感情的な動きは全て大木実に
任せ、しかし存在感では一歩も二歩もリードする余裕と貫禄のある
しかし決して弛緩していない演技は見事の一言に尽きる。
本作の最大の魅力は描かれる舞台のほとんど全ての映像的な
美しさにあると思う。
前述したオープニングの機関車の疾走シーンから狭く暑苦しい車内のシーン、
二人の刑事が張り込む宿と向かいの女の住む家のセットの佇まいの
完璧な日本的風景の"静"の美しさ。
いまでは勿論絶対に再現不可能な東京のロケシーンと登場する車等の
デザインの涙が出てしまう先進的ノスタルジックな大道具・小道具の数々、
中盤での九州佐賀の田園シーンの構図の美しさ、大木実演じる若手刑事が
女を尾行する市場や他のシーンので画面設計の完璧さ、クライマックスの
追跡シーンでの空撮の信じられないダイナミズム。。
全ては失われてしまった桃源郷といってもいい風景。
完成されすぎて失禁しそうだ。
本編の物語そのものについて言えば大木実の演技は何だかもう一歩だと思う。
"犯人の女"の高峰秀子も"阿波の踊子"の可愛い小娘役を見た直後だったので
相対的にそれほど良くも悪くもなく。スタッフとベテラン俳優陣が一流揃い
なので見ていて何の不安もない。
それにしても大木実が相当にマヌケな若手刑事役になってしまって
いるが本人がどこまでそのことを役作りとして自覚して演じている
のか不明なのが観ていてハラハラさせられて面白い(^^)
最後の犯人に二人が"間"をジリジリと詰めていくシーンは今
思い出してもワクワクドキドキしてしまう。当然だけれど結末は知って
いるのに思い出しながら「次の瞬間何が起こるのだろう」
と思ってしまう。あたかも実際にその場にいる一人のような擬似体験
をしたかと思えるほど完成度が高いからだろう。
ネットで調べると犯人役の田村高廣が主役的な扱いをしてあるもの
もある。なかなか印象深く犯人役を演じているが主役級といって
いいかどうかは自分としては疑問だ。色々と「大人の事情」でも
あるのかもしれない。
田村高廣は俳優の田村正和の兄。兄弟にしては歳が違い過ぎるが、、
まあそういったことには興味なし。
今後いかにリメイクされようが良くも悪くも本作を越えるのは残念だが
不可能だろう。
晩年の宮口精二を訪ねてインタビューしていた記事をいつか
読んだことがあったけども歯切れのよい口調で当今の日本映画の
斜陽を嘆いていたが本作を観てつくづく日本は大切な何かを完全に
捨ててしまったと思う。
取り戻すのも到底無理だ。今ある本当に僅かな一握りの価値ある
風景と先人達が積んできたあるいは受け継いできた細かな美意識を
残せるかどうか。
本編の映画としての物語の展開そのものなら☆四つだけど
あまりの映像と背景の素晴らしさを総合すると最大級の満足度。
初めて観たのが映画館のスクリーンでなんて自分はなんて
ラッキーなんだろう。また何としても映画館で観たい作品だ。
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2008年に見た映画(三十六) 「仇討崇禅寺馬場」
原題名: 仇討崇禅寺馬場
監督: マキノ雅弘
出演: 大友柳太郎,千原しのぶ
時間: 93分 [モノクロ]
製作年: 1957年/日本
(池袋 新文芸座にて鑑賞)
2008年12月鑑賞
(満足度:☆☆☆☆+)(5個で満点)
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藩の師範を勤める腕に自信のある武士(大友柳太郎)は御前試合で
不本意な形で負けてしまう。後日試合の相手と遭遇し些細な事から
その場で斬ってしまい家を捨て姿を消す。斬られた相手の二人の兄は仇討ちを
することとなり男を捜す、また逃げた男の方も正々堂々と真剣勝負をすることを
強く望んでいた。やがて三人は崇禅寺馬場で和尚の立会いの下で決着を着ける
こととなる。しかし男は迂闊にも身を寄せていた宿の女主人(千原しのぶ)に
事前にそのことを漏らしてしまう。男の身を按じた女は決闘の場所を必死で探し
まさに三人の決戦の最中に女とその手下が乱入して。。
オープニングの御前試合で画面一杯に描かれる平屋で横に長い日本
家屋がスクリーンの縦横比と調和して実に美しい。
最初は自分達から率先して仇討ちを希望していた斬られた
相手の二人の兄が周囲がその気になり引っ込みがつかなく
なって意気消沈していく様がとても丹念に描かれていてとても可笑しく
且つその描写と展開の確かさが安心して見ていられてやたら嬉しい。
実際に仇の男を捜しに出立する頃には相手の腕を知っているが故に
すっかりやる気をなくしている二人に対して兄弟のうちの一人を
見つけてやっと鬱屈が晴らせると自分から名乗り出て日程と
場所を意気揚々と決めていく男のやり取りの可笑しさ。
後半、自らの迂闊さから"男としての"生きる望みを絶たれ
前半の師範をも勤めた威厳もすっかり消えうせ狂気に墜ちていく
男の様も実にストーリーと演出と調和して見ごたえがある。
女は男を手に入れ満足し、男は生物として生きる以外の
『男の人生』を自分を惚れ抜いている目の前の女の手によって完全に奪われる。
そしてその発端はと言えばまさに男自身の身から出た錆。。
ほんの些細な迂闊さが最後の最後まで自分に"仇"となって
まるで自分を倒さんとするブーメランの如く男に飛んでくる業が
豊かな映像美と役者達の躍動感溢れる演技で素晴らしい
エンターティメントとなって終始描かれている。
完全に狂気に墜ちた男は三度果し合いをせんと崇禅寺馬場
に向かうが、、
全てが混乱のカオスの絶頂を迎えるラストは必見!
なんでこういう映画を今作ることが出来ないのかな。。
つくづく『映画』とはハッタリでは全然ダメで画面設計と
脚本と演出の堅実な積み重ねの上に成立することを思い知った。
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2008年に見た映画(三十五) 「阿波の踊子」
原題名: 阿波の踊り子
監督: マキノ正博
出演: 長谷川一夫,入江たか子,高峰秀子
時間: 71分 [モノクロ]
製作年: 1941年/日本
(池袋 新文芸座にて鑑賞)
2008年12月鑑賞
(満足度:☆☆☆☆☆+)(5個で満点)
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理不尽な代官によって兄を殺され行方を眩ました弟が数年の時を
経て阿波踊りのお祭りの日に帰還し代官に復讐を遂げる。
雨上がりの野外のシーンの多くが光の加減と構図が完全に絵画の世界
になっていてとんでもなく感動してしまった。
ストーリーはとてもシンプルだが堅実に演技と映像で見せている。
こういう作品は大好きだ。
登場人物達と長谷川一夫演じる主人公の兄の仇討ちをしようとする男が
ほどよくニアミスを繰り返しつつ徳島の地元の人々をエキストラとして
大量動員したという阿波踊りのシーンの怒涛のクライマックスは
下手な何十億もかけた大作映画など"屁"でもない圧倒的なパワーに
満ちていて永久に観ていたいとすら思った。
もうこの映画は終わらなくていいと。
宿の女達や旅の男達等脇役達の軽妙なお喋りも簡素で美しいセット
と共に主役達を軽やかに盛り上げていく。
当然架空の話だが阿波踊りという実際にある踊りを映像として
完璧な存在感で描くことで他愛無い物語の展開が奇妙なリアリティを
持って迫ってくる。
こんな美しく内容確かな面白い映画が観れない環境は何だかおかしい
とすら思う。日本を良くしたかったらこんな良作がどの街でも
いつでも気軽に観れる社会であってほしい。
高峰秀子がとても愛らしく好演しているのも楽しい。
「おーい、明日踊ろうぜぇぃ」
「踊ろう踊ろう!」
日本人ならば(日本人でなくとも)死ぬ前に観ておきたい一本。
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休みに入って3日が経過。
ようやく年末特有の静けさが自分の日常を包み始め
たところでいろいろつまらないことでイライラした。
いつもの喫茶店でカレーを食べたりネットで注文した本を
読んだりして気分を落ち着ける。
不況不況不況
と毎日ウンザリするほど連呼されるけど
どう考えても『不況』とは言えない。
お金が入ってこないのは
お金が入ってくる『価値』を作り出せてないからだろう。
とりあえず
ふざけた接客しか出来ない人間を一人残らず解雇して
商品知識をしっかりもった人間
接客がまともに出来る人間
を雇いいれただけで
日本の経済なんて簡単に回復するだろう。
失業率もゼロになるだろう。
教養ゼロの自分のことしか考えていない
人間を窓口に置いて放置していることが
いかに利用者の財布の紐を締めているか
なんで判らないのかどうしても理解できない。
わざとやっているとしか思えない。
金を使わせないような社会にして一体何がしたいんだろう。
やはり資本主義を終わらせたいのだろうか。
社会主義に移行させたいのだろうか。
まあおかげでお金が出て行かないのは
いいんだけどさ別に。
物を売る才能の欠片もない人間達を
勝手に雇いいれて
勝手に集客率を落とし
勝手に赤字だとか
抜かしている図体ばかりでかい百貨店や
スーパーを見るにつけ腹が立つ。
くだらない人間を表に立たせて
買わせないようにしているだけじゃないか。
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リーマン戦記(16)
ラストリーマン・アルティメットエディッション2008
随分前のことだけども
日本人なら多分名前だけなら誰でも知っているであろう
超有名百貨店が歴史的な統合するだか何だか
とにかく大変なことだということで全国区の報道番組内で
特集が組まれ、その百貨店に新米の頃から定年退職するまで
ひたすら勤め上げたという御歳80才越(当時)の老人に裏話を
存分に聞こうということでインタビューをしていた。
しかし、その老人は耳が遠くなったとはいえ
ボケている様子も特には無かったが出てくる話は
裏話とはほど遠い自分のごく身辺の出来事に限られた
凡庸極まりないものだった。
インタビュアーが老人が若かりし頃に確かに遭遇していたであろう
この百貨店の一大変革期をきちんと下調べしていてそのことに
話題を振ったが老人はきょとんとするばかりで
何も知らないで過ごしてきたようだった。
その表情は大変失礼ながら何ら苦悩の年輪を刻んできたようにも
見えずあどけなく子供のようにも見えた。
結局のところ、体制にひたすら従ってきたからこそ排除
されることもなく、することもなくサラリーマンを最期まで
勤め上げることが出来たのだろう。
インタビューを受けながら手にはその百貨店の創業当時の
貴重な?紙袋を持っていたが多分インタビューする前に
持たされたのだろう。何を自分で持っているのか意味も判らないようだった。
その老人にはその老人なりの波風のあった人生では
あったのだろうが、誰かの敵にもならず敵も作らなかった
であろう(そのように意図して立ち回ってきたのではなく)
その風貌はなかなか空恐ろしいものがあった。
今の自分のプロジェクトチームに"なぜか"存在している
推定50才の中年男性の方にダブって見えて仕方がない。
この中年男性は自分の仕事に対する穴が多すぎて、そして
残念なことに悪党でないがゆえに日々我々は苦労している。
この方の故意でないがゆえのミスに対する苛立ちは確実に
今年チーム内に蓄積した。頭を下げながらも自分で解決
する能力は無く、多分心から頭を下げているがゆえに
叱責することも根本的な解決を図ることも難しい。
ある意味最強リーマンだ。
上司はクソ生意気な私を日々追い詰め、クソ生意気な私は
逆に隙あらば上司の代わりになったろうと細かい罠を逆に
仕掛け志を同じにする社内の先輩や後輩にアドバイスを
頂き志を同じくしない方々かたは目の敵にされ今年も
幕を閉じた。
やがて私も上司も志や何かを形にしようとイメージのある者共は
皆、刺し刺され斃れていき結局最期に残るのは、この50才の
中年男性なのではないかと思わずにはいられない。
我々の戸惑いや見えない試行錯誤や駆け引きなど
何一つ感じることもなくただ残ったというだけで
王冠を被ってしまう者。
何も知らなることもなく。
あたかも何事もなかったように。
生き残っているのはどっちにしろ狡猾だからなんだ。
その澄んだ少年のような眼差しが
人間の恐るべき強かさと愚かしさを炙り出してくれて
なによりリーマンとして生きることの下らなさと
馬鹿馬鹿しさと難しさもまた教えてくれた。
今年も学ばせて頂き本当にありがとう。
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会社の近くの喫茶店(東京ではメジャーなチェーン店)で
コーヒーを飲んでいると目の前に一人の初老の男性が座っていた。
明らかに生きることに絶望していた。
絶望しているだけでなく恐らくこれからの生活を思い
恐怖しているような表情だった。
その目は怯えていた。
小さなバッグは明らかに所持品全部という感じだった。
行くところも全く無さそうでもあった。
「今まで何やってきたの?」
思わずそう思った。
上から目線ではなくて、その余りに怯えた表情に
こうなることを人生のどこかで予想して覚悟を持つ
または回避することは出来なかったのかと問いたくなってしまったのだ。
そんなことをこの男性に問うのは酷すぎることは勿論判っている。
ただただコーヒーを飲みつつ新聞を読みつつ
男性の表情と目を見つめていた。
彼の恐怖の表情に気付いたのは自分だけでなかったようだ。
男性の向かいにいた中年の女性が
「おじいちゃん、これで牛丼でも食べといで」
と言って近くのファーストフード店で使える
サービス券を差し出した。
男性は躊躇無く受け取りに女性に近づいた。
その躊躇の無さが私には残念だった。
「この券で食べられるから。味噌汁もつくからね」
男性は券を受け取って何度も会釈した。
正直、受け取って欲しくなかったな。
男性の健康状態はとりあえずは悪くも無さそうだった。
映画のワンシーンのようにただ黙って見ていた。
帰りの電車の改札前では
若い女性達が金きり声を上げてケーキを売っていた。
バナナの叩き売りのように。
全く売れそうもない雰囲気。
皆金が無いから買わないのでなくて
そんな安っぽい売り方をする実際に中身も(味も)安い
ケーキなんて食べたいとも思わないだろう。
ケーキでも何でも食べ物でさえあればいいという
人以外には。
どこもかしこもミスキャストで一杯だ。
それにしてもこのクリスマスの夜に住処も無く
外で過ごす人は一体都下に何人いることだろう?
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某日、
拙ブログ内の某記事へのリンクをコメント付きで
貼って頂いた某ブログを見つけまして
何だか嬉しくて
その某ブログのリンクから自分のブログに
何回も飛んで遊んでいたら
その僅か数日後なぜか某ブログの記事内容丸ごと
差し替えられました( ̄ロ ̄lll)
私のブログへのリンクなぞ跡形もなく
吹き飛びました。
ええ吹き飛びましたとも。
何かよほどの事情が
あったらしい。。
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○ 決勝進出者(決勝出番順)
1. ダイアン
2. 笑い飯
3. モンスターエンジン
4. ナイツ
5. U字工事
6. ザ・パンチ
7. NON STYLE
8. キングコング
9. オードリー(敗者復活)
○ 個人的期待順
1. モンスターエンジン
2. ダイアン
3. U字工事
○ 個人的に良かった順
1. モンスターエンジン
2. NON STYLE
3. オードリー
4. ダイアン
5. U字工事
○ ファイナル進出者(高得点順)
1. オードリー(敗者復活)
2. NON STYLE
3. ナイツ
○ 優勝
NON STYLE
○ 個人的に今後期待したい順
1. モンスターエンジン
2. NON STYLE
というわけで
イマイチ乗り切れなかったとはいえ
モンスターエンジンをあっさり落として
ナイツに思いのほかの高評価を与えた時点で
今年のM-1はいろんな意味で終わった
と思ったが
NON STYLE
オードリー
に色んな意味で番組は救われたと思える。
そして
NON STYLEをファイナルに送り込んだ審査員も
その多くはすっかり富を最優先して汚れていまっているとはいえ
"お笑い"というものを捨て切ってはいないのだと思った。
敗者復活は十分メディアに露出している"オードリー"
というのもどうなんだろうか。
いかに去年の"サンドイッチマン"の登場が事件であり
ある意味で視聴者が期待する真っ当な本来の姿だったかが判る。
オードリーは「笑いの実力」というよりもとにかく場数をこなしてきた
安定感が彼らに有利に働いていたと思う。
"面白い者"がメディアに出てきて勝つ。そして芸を見せる。
つまらない者はさっさ消える。
それだけでいいはず。
NON STYLE 優勝オメデトー!!
先輩達を決して見習わずに。芸を今後も見せてください。
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ネットサーフィンをしていると
色々な時代の色々な人々の色々な逸話が読めて
本当に愉しい。
愉しいと同時に恐ろしくもある。
一個人の人生というものは所詮は周到に仕組まれた
大きくな流れの中では無力としか言いようの無い
儚いものだということを思い知るからだ。
大きな流れに上手に乗って一生を快適に生きることの
出来た人間の自慢話も沢山読んだ。
彼ら『勝者』によって今現在の世の中もいかに巧妙に
操作されているのかということも。
しかし、勝者にも敗者にも共通して訪れるものがある。
それは当然のことだが『死』である。
人生の目的を明確にして世の中の仕組みを理解して
その仕組みを維持する側に周れた人間にも死は訪れる。
全てを勝ち取ったように錯覚できた人々は
死ぬ瞬間に何を思うのだろう?
本当に勝利できたと思ったのだろうか。
自分は自分の意図せざる力と意図してきた力の合力
によって何とかここまで生きてこれた。
とりあえず今年は一つの答えは出せたように思う。
しかしそれは自分の力では決してなく、
自分の個という一つの小さな機構が大きな機構の中で
半自動的に旋廻して導き出された答えのようにも思う。
したがって、その得られた解はさらに何かを解くための
変数の一つに過ぎないようにも思う。
有限である命を結果的にオゾマシイとでも言うしか
ないことに消費する人間の行動様式を克明に図化すること
が出来たら(後世に伝えられている絵画や壁画が
その役割を担っているのだけど)、なかなか愉しいと思う。
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世の中の動向はいざ知らず。
個人的にかなりいい感じの週末。
なぜなら、
とりあえず今この瞬間
憂うことは何もなし。
金曜日の夜に憂うことが無いなんて。。
モッタイナイので寝れず。
因みに
モッタイナイの意味は「物を大切にする」こと
ではなく
「私なんぞにはそんな」
という極めて日本人的な謙遜の意を表す言葉だとか。
でも今の自分のモードは日本語の本来の勿体無いではなく
MOTTAINAIの方で。
寝るのはMOTTAINAI。
でも明日の午後まで寝ているのはもっとMOTTAINAI。
寝よ。
そんな感じで。。
皆様、素敵な週末を!!
Have a nice weekend!\(^^)/
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・第五十話「一本の道」終了。
・全話終了。
まずは現場のスタッフ・キャストの皆様お疲れ様でした。
さて、
前回の第四十九話「明治前夜の再会」はとても良かった。
大体において連続ドラマといいうものは最終回の直前は
いい出来であることが多い。最終回を前にして現場の一体感が
最も増す時であろうし、最終回の視聴率向上に向けてどの回
よりも気合を入れるであろうことも容易に想像できる。
「篤姫」においても中盤以降の主舞台であり「主役」でもあった
"大奥"の終焉が描かれ女達の別れと個人的に今回の大河で楽しみ
にしていたシーンの一つ、主を失った大奥に官軍が踏み入って
来るシーンは全編の中でほとんど唯一及第点を上げたいシーンだった。
篤姫と小松帯刀の碁を打つシーンは特に感慨なし。
*** 以下はネタばれしてます ***
(一応最終回なので書いておきます)
最終回は少し期待して録画しながら見たけど、、
とりあえず内容としては70分拡大版にする必要は全く無かったと思う。
今回の大河の基調そのままにただ単に登場人物達の"その後"が
延々と流されるだけだった。小松帯刀の最期も全くもって台詞
多すぎ。シーン自体も多すぎ且つ長すぎ。最後の最後の台詞も
何だか未練がましい平成の人間っぽい残念な台詞だった。
「沢山の人に会えて幸せでした」(というような台詞)
こういう気持ちは台詞じゃなくて演技と演出とセットと
これまでの観客に与えてきた瑛太版小松帯刀が一年かけて演じて
積み上げてきたsomethingで台詞に頼らないで真っ向勝負して欲しかった。。
天璋院と静寛院(掘北真希)の仲睦まじいシーンそのもはまあ
いいけど彼女達を取り巻いた環境の激変そのものの描写が
寂しい限りなので表面的な確執と和解それだけのものでしかないのは
観ていても寂しいものを感じた。
クライマックスで主役である天璋院の悟ったように語る台詞も残念ながら
冗長だった。ひたすらダイジェスト的にしか物語を描いてこなかった
代償とも思える。
脚本の内容からすれば最終回である今回は通常の長さ+5分くらいで充分だったが
視聴率もいいこともあって70分の拡大にすることはきっとすんなり
決まったのだろう。それに見合うだけの"物語の緩急"がもっともっと欲しかった。
最後まで内容自体の方向性と全体の枠、製作現場の最前線がチグハグな印象は
拭えなかった。
最もガッカリしたのはエンディングが何度か言及している
2004年の大河「新選組!」(以下「!」)と何から何まで瓜二つだったことだ。
メインテーマに合わせて主人公(と主要登場人物)の軌跡を時系列に追って
いくというだけなので「!」の方をことさらにオリジナル扱いする気は
さらさらないけど、「!」を知っっている人は何だか手抜きのようなものを
感じただろう。「!」のエンディングを知らない人は機会があれば見てみたらいいと思う。
そんな細部まで拘らなくてもいいじゃん。
ってことなんだろうな。結局。
歴代大河ドラマで長く人々の記憶に残る作品はラストもやはり
拘っていると個人的には思う。
最終回のタイトル「一本の道」は本編でそれなりの存在感を
放ち個人的に高く評価したい松坂慶子演じる幾島が何度か
印象的に口にした台詞だけどその幾島が最終回に出てこない
のもとても残念だった。明治以後も天璋院と幾島は交流が
あったらしいが。
総括すると
・セットや小道具は要所では豪奢で良かった。
・俳優陣とキャスティングは相当良かった。
・音楽もまあまあ良かった。
・物語の展開は時系列に並べただけ感が終始漂った。
緩急も弱かった。
個人的に高評価したい俳優(評価したい順)
・宮崎あおい (篤姫)
・堺雅人 (徳川家定)
・原田泰造 (大久保利通)
・松坂慶子 (幾島)
・稲盛いずみ (滝山)
・掘北真希 (和宮(静寛院))
・瑛太 (小松帯刀)
・玉木宏 (坂本竜馬)
録画して且つしばらく消去しないだろう回
・第二十二話「将軍の秘密」
・第四十九話「明治前夜の再会」
主役の宮崎あおいちゃんは収録完了後や
その後のスタジオパーク出演時などで何度か号泣したというけど
その涙の理由の細かいところをいつか聞いてみたいものだ。
NHKだけの話しではないけど、
いい俳優は確かに世の中にはいるし各セクションで優れた手腕を持つ
人材もいる。しかし最終的な「面白さ」になかなか
結実しない。それはあたかも決定力不足を克服できない
サッカー日本代表の姿に似ていなくもない。
国民病とはいいたくない。
組み合わせをちょっといじるだけで格段にレベルアップ
するであろうこともまた信じて疑わない。
来年の大河ドラマは今の所とくに興味なし。
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世田谷一家殺害、両親が声振り絞り「今も悔しい、悲しい」
-------------------------------------------------------------
東京都世田谷区の会社員宮沢みきおさん(当時44歳)宅で
一家4人が殺害されてから今月末で丸8年。
捜査が長期化する中、みきおさんの両親が13日、記者会見し、
事件の早期解決に向けた情報の提供や時効制度の見直しなどを訴えた。
(略)
-------------------------------------------------------------
◆世田谷一家4人殺害事件=2000年12月31日午前10時50分頃、
世田谷区上祖師谷の宮沢みきおさん方で、宮沢さんと妻の泰子さん(当時41歳)、
長女で小学2年生のにいなちゃん(当時8歳)が刃物で刺され、長男で保育園児の
礼 ( れい ) ちゃん(当時6歳)が首を絞められて死亡しているのを泰子さんの
母が発見した。
遺体の状況などから、4人は前夜に殺害されたとみられる。現場の遺留物の鑑定から、
犯人は血液型がA型で、韓国で製造されたテニスシューズの足跡(28センチ)から
大柄な男とみられている。現場には凶器の包丁「関孫六」のほか、
トレーナーやヒップバッグ、ハンカチなど犯人の遺留品が大量に残っていたが、
特定に至っていない。警視庁は今も、異例の60人で捜査している。
-------------------------------------------------------------
[http://news.goo.ne.jp/article/yomiuri/nation/20081213-567-OYT1T00358.html]
[読売新聞] 2008年12月13日(土)13:47
残された遺族の方々にとって犯人の逮捕と事件の解決を望むのは当然だが、
"時効の延長"ではなく"時効の無効"を判で押したように訴えるのは、
そして機を一にして大々的にその点ばかりクローズアップして報道する
姿勢には正直言って違和感を感じる。
この事件について言えば時効まではまだ7年ある。そして事件発生当時から
その犯行の残忍性と行動の異常性に反して犯人の特定に繋がると思える遺留品の
多さのアンバランスさが世間の目耳を賑わしてきた。
詳細についてはサイトはいくつもあるのでここでは書かないが
(ウィキペディアが最も簡潔にまとめられているかと思う)
8年たった今では遺留品だけでなく犯人を絞れそうな犯行当時の行動の特異性
も随分詳細に明らかになったようだ。
公表されているわかっている"事実"が全て偽りや誤りでないとしたら
後、欲しいものは犯人の運転免許証くらいと思えるほどの豊富さである。
ありとあらゆる物的証拠といっていいほどの遺留品と長時間の犯人の
滞在時間(夜中の11時から隣りに住む祖母が心配してかけつけた明け方直後
まで犯人はいたと推定される)、指紋、血液、パソコンのアクセス、、
がありながらなぜ逮捕できないのだろう?
そして曲がりなりにも後[7年]という時間がありながらなぜ時効無効の法改正
ばかりがこれほど突出して報道されなくてはならないのだろう。
ここ数年は凶悪な犯罪(幼児の誘拐や目的不明な殺人)に対して犯人が
捕まらないのは常態化しているように思うのは私だけではないだろう。
そして、その後の事件解決への捜査の進展などはろくに報道されず
「○○するためには法改正が必要である」ということばかりが
連呼され無能な政治家の皆様に形ばかりの議論などすらもさせずに
いつのまにか法律が変わり結果的に自分達の生活が窮屈になるばかり。。
事件は解決して欲しいことを願うのは当然だが、こういった報道のスキーム
の形骸化はとても恐ろしいと思うし結果的に犯罪は減らず市民の
捜査への協力も得られない(→強制的に"協力"するように法改正??)
という悪循環を生み続けているように思えてならない。
「景気が良くなったら即消費税を上げよう」
(税率はその時の気分で。議論は全く必要なし!)
というキャンペーンと極めて同質のものを強く感じる。
この事件に話しを戻せば、捜査員達はすでに犯人をほぼ特定し何らか
の事情で逮捕できずにいると思いたい。
もし未だに暗中模索の段階だとすれば時効を無効にしたところで
犯人は捕まらないだろう。
これらの状況の全てから考えれば"時効を無効にすること"が誰にとって
有利なのかほぼ明らかであろう。
税金で生きてる人々は明確に上から下まで仕事をしないで収入を得ることに
舵を完全に切ったのだろうか。はるか昔からそれは公然の秘密だったのかも
しれないけど『それら』を隠すことすらしなくなった権力の庇護の下にある
人々は美しくない。というか非常に醜い。そして国家と国民はますます歪んでいく。
この事件が法改正しなければ解決しないというのなら世の中の犯罪は
最早野放しであると宣言するに等しい。
解決するしかないし、解決できなければおかしい。
他の多くの凶悪犯罪事件もまた然り。
しっかりしてください。所轄の皆さん。
「張込み」(1958 松竹)でも観たら。お勉強に。
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ビッグ3(*1)が破綻する。
↓
(アメリカの)雇用情勢が悪化する。
↓
(アメリカの)国民が物を買わなくなる。
↓
(アメリカの&世界の)景気が悪くなる。
↓
ドル安=円高進む。
↓
日本の企業の業績が悪化する。
↓
派遣社員の削減・リストラが進む
↓
日本の場合は景気悪化よりも
悪質な犯罪が増加する。
↓
どうしようもない
小学生以下か(゚Д゚)
脳細胞一個も使ってねぇよ。
世界はスカイネット(*2)にでも乗っ取られたのか。
世界中に業績の悪い企業=劣悪な企業=消えていい企業
として嘘の資本主義をごり押ししてきた
"先進国"アメリカが嗤わせるヽ(´ー`)ノ
しかも破綻を回避する理由はその某ビッグ3が企業として優れて
いるからでは[なく]
救済しないと物が売れなくなり世界経済が悪化する
からだと。
幼稚園児以下か(゚Д゚;)
世界的に物が売れないのは企業が業績に一切関係なく自分達の
利益を確保する為に商品のクオリティの向上と商品を売る現場の
人間のクオリティの向上のためのコストを何年間も徹底的に
惜しんだからだ。日本の外食産業はその典型中の典型。
皆、不愉快な事・不愉快な商品・不愉快な店
に一銭たりともも出したくないと当然のことをやっと
考え行動に現すようになったからに過ぎない。
景気が悪いから物が売れないだと??
アメリカは資本主義の先進国じゃなくて原始時代
だったのか?
景気が悪い時こそ頭を使って収益を上げるのが
人間だろう。人の首を切るのは3才のクソ餓鬼にも出来る。
最低最悪の策だ。売るスキルの無い人間は全員職変えろ。
日本のメディアはご丁寧にもビッグ3の救済をしないと
日本の雇用情勢が即悪化するような
「風が吹けば桶屋が儲かる」報道(というか洗脳)を連日
垂れ流す始末。
ドル安も景気の悪化とはあまり関係が無い。
アメリカはもう何年も前から世界のリーダーの座は
とっくに揺らいでいてドルも機軸通貨としての
資格があるのかこれもまた何年も前からイエローカードを
先進国からは突きつけられている(飼い犬の日本以外)。
ドル安は世界からのアメリカへの不信の目に他ならない。
そしてアメリカ自身も従来通りの機軸通貨としての
役割は自ら降りようともしている。新しい世界経済の構築
へとアメリカもまた狡猾にソフトランディングを
模索しているのだ。
世界はこうして日々この瞬間も複雑に動いている。
そうした混沌とした2008年の終りの世界の中で
その気になれば自国の通貨を機軸通貨にも出来る力を持つ
この国(人材が皆無だから到底無理だけど)の国権の
最高機関たる国会の最大野党民主党が出そうとしている
法案は。。。
「正当な理由無き内定取り消しは無効にしていい法案を早急
に出して採決を目指す」とか。
il||li▄█▀█●il||li
"正当な理由"って誰が決めるの?
"無効"は誰が決めるの?強制力は?罰則は?その法的根拠は?
双方の損失は誰が負担するの?税金で穴埋め?
日本の企業を本気で全部潰す気ですか??
政治家の皆さん??
民主党はやっぱし政権取る気ないのか?
もしかして。。世界も日本もいつのまにか
脳細胞を一つも持たない"何か"に支配されてしまったのだろうか。。
(ノ_`)
(*2)"スカイネット"
・・・映画「ターミネーター」に出てくる世界を支配する
人間と同等かそれ以上の知能を持った巨大コンピューターシステム。
(*1)"ビッグ3"[ウィキペディア]より
=====================================================
自動車
アメリカ三大自動車メーカー:
1) ゼネラルモーターズ、2) フォードモーター、3) クライスラー
日本三大自動車メーカー:
1) トヨタ自動車、2) 日産自動車、3) 本田技研工業
中国三大自動車メーカー:
1) 第一汽車、2) 東風汽車、3) 上海汽車
テレビ
アメリカ三大テレビネットワーク:
1) CBS、2) NBC、3) ABC
航空
アメリカ三大航空会社:
1) アメリカン航空、2) ユナイテッド航空、3) デルタ航空
鉄道
ヨーロッパ三大鉄道車両会社:
1) ボンバルディア、2) アルストム、3)アドトランツ
=====================================================
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2008年に見た映画(三十四) 「恐怖の報酬」
原題名: La Salaire de la Peur
監督: アンリ=ジョルジョ・クルーゾー
出演: イヴ・モンタン,シャルル・ヴァネル,ファルコ・ルリ
時間: 135分 [モノクロ]
製作年: 1952年/フランス
(渋谷 シネマヴェーラにて鑑賞)
2008年11月鑑賞
(満足度:☆☆☆☆☆)(5個で満点)
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石油採掘現場まで爆破用のニトログリセンリンをトラックで運ぶことに
成功した者に2000ドル払うという話しに命知らずの男達が名乗りを上げる。
採用となったマリオ(イヴ・モンタン)とマリオの伯父等4人は二台の
トラックにニトログリセリンを満載して採掘現場に向けて出発する。
しかしそれは恐るべき恐怖の道程だった。。
前半のろくな仕事もなく気だるい暑さの中で時間と精力を持て余す
男達と後半の次々と道中の4人に襲いかかる"恐怖"の連続の展開の対比が
とても鮮やかだ。
進路を変更する為に崖に突き出した稚拙な仮設台にニトロを満載した
トラックを乗せて転回しなければならないシーンを始めどのシーンも
とても丁寧に撮られていて嬉しく終始ニヤついたり溜息をついたりの
2時間弱。
何十億も製作費をかけているくせに適当にCG処理と細かいカットで
誤魔化してしまう昨今のアクション映画のあざとさは一体何なんだと
見ていて変な怒りを感じてしまった。
中盤の最高の見せ場、崖崩れで道を塞いでしまった巨大な岩をニトロ
を使って爆破するシーンはじっくり仕掛けを作るシーンと4人のリアク
ションから爆破までが描かれていてまるでドキュメンタリーを観ている
ようだ。
そのスタイリッシュな極めて洗練された映像と抑揚のある展開の
完成度の高さに「この作品も戦前のものだったら俺はもう戦後の作品
は観ない!!」と奇妙な逆切れ気分でチラシを確認したら戦後の作品
だったのでホッとした。もしもこの作品まで戦前のものだったら
戦争によって本当に失われたものが余りに大きすぎると思ったからだ。
仲違いしつつ、仲直りし、ついに最後に現場に辿り着くマリオの
無常の表情と燃え狂う石油の火。。無常観漂う素晴らしいクライ
マックスの映像。作品自体は現場に辿り着いた後いましばらく続くが
個人的にはこの業火のような凄まじい炎のシーンで終わってくれても
良かったと思う。
「映画」って"本当は"凄い娯楽なんだということがこの作品を観ると
判る。生涯この映画を忘れることはないだろう。
観なきゃ損。
アクション映画製作に関る者は全てこの映画を必ず観るべし!義務!!
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映画感想一覧>>
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今日は物凄く久しぶりに気持ちを"無為"にして一日過ごせた。
モッタイナイとよく言われるが
時間を無為に過ごせるのって実は贅沢なことだと思う。
そしてそんな休暇が嫌いではない。
無為と言っても何もしなかったわけでもなく
早めの大掃除をとっとと始めて半分は終わってよかった。
さて
昨日のブログネタの記事がアクセス数が50近くもあって
(取り合えずアザーッス\(^^)/)、そのほとんどは検索ワードが"堺雅人"
で来訪された方々で何ら内容らしいこともないでの速攻スルーされて
いかれました。徒労になっていまい申し訳ないっすm(_ _)m
2004年の大河ドラマ「新選組!」について近いうちに
書こうと思っていますので(旧ブログからの続きですが)
そこで堺雅人のことは沢山書こうと思います。
あくまでドラマを観た上での話しだけになりますが。
-----
ヘビーな仕事がやっと一段落してヤレヤレと思って
いるとプライベートで何やら小もないことが起こりそうな予感プンプン。
アンウェルカムなことが重ねて起こると勿論凹むけど
私の人生は不思議と綺麗に順番待ちして順次やって来るから
凹むと同時に我事ながら笑ってしまう(^^;)
「次は俺だー!」って
アンウェルカムな因子達よ。頼むから放っておいてくれ。
自分の人生は充分エキサティングだからこれ以上の刺激は
要りませぬ。
さて、どうっすかなー
やっぱし放置しておこう。。面倒くさいし。
俺悪くないし。多分。
そんな感じで。。
皆様、素敵な週末を!!
Have a nice weekend!\(^0^)/
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多分今日はブロスの日。
明日は何ヶ月振りかに普通に帰宅できるはず。多分。
土曜と日曜は何ヶ月振りかに普通に休みが取れる。多分
そんなわけで今号も集中して読むわけでもなく。
特集のスナックに関する記事はどうでもよく。
その他の特集もどうでもよく。
コラムもどうでもよく。
映画紹介もどうでもよく。
唯一、引っかかった記事は
WORLD Bros from USAから
バラク・オバマが
黒人初の大統領になったことを受けて
----------------------------------------------
[ニューヨーク 青木 杏子]
...(略)
でも黒人の友達は「アフリカンアメリカ
ンの俺たちの世界ではチェンジ間違いな
しだ」と言った後、こう続けた。「俺たちは
黒人だから何やっても許されるんだという
気持ちが、特に若いやつらにあるんだ。
それがもう通用しない。言い訳だできな
い時代がきたんだよ」としみじみ
言っていて、私も考えさせられた。
----------------------------------------------
いい記事だ。
テレビは。。少しだけ気になる番組あり。
・新日曜美術館[再]「アンドリュー・ワイスエ」[12/ 7(日) NHK教育]
・スポーツ大陸 「レッドソックス・松坂大輔」 [12/12(金) NHK]
・篤姫(最終回)「一本の道」 [12/14(日) NHK]
・ETV特集N「記録映画作家 土本典昭」 [12/14(日) NHK]
「篤姫」は義理でランクイン(^^;)。内容はともかく宮崎あおいちゃんを始め
俳優陣、現場のスタッフは本当に良く頑張ったと思う。
つくづくもったない大河ドラマでした。
堺雅人が予想通り"持っていった"のは嬉しい限り。
NHK以外も入れたいけど特に見たい番組も無く。
各局とも判で押したようにドキュメンタリーっぽい番組がゴールデンタイムでも
目立ち例年から見れば異例の番組編成のように見えるが
やっていることは凶悪犯罪も含めた日常の出来事の
徹底的な矮小化とワイドショー化でしかない。
日本テレビの30数年ぶりの赤字転落やテレビに対する
広告費の縮小傾向が全てを物語っているだろう。
予算をケチって局の社員をタレント化させて映しているだけの
オフザケに付き合っている暇も金も、もう誰もないのですよ。
判りませんか?判らないだろうな。。
そんな感じで。
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中原昌也トークショー
11月27日(水)池袋ジュンク堂で行われた
中原昌也トークショーに行った。
予約制だったらしいけど余裕があるらしく入れた。
個人的に今年の大ヒットだった本「作業日誌」で
盛んに「モテナイ」と連呼される氏だが
果たして本人はどんな人なのだろうか。。
トークショーの客層は意外と(?)狭かった。20代後半から
40代中盤といったところか。本好きと思える感じの方々ばかり。
スーツ着ての会社帰り(早退)なんて自分くらい。
ドゥマゴ賞を受賞して生活は金銭的も精神的にも
すっかり一新されたのだろうか。
電気もガスも止められながらもCD&DVD&レコード
を毎日のように買い続けた暮らしは全て『過去』
のものとなったのだろうか。
何だかんだ言って女性に不自由しなくなったのではないか。。
そんなことを思っているとご本人が登場。
『異相』だ。と思った。
風邪を引いていたらしく終始鼻をかんでいた。
とりあえず「作業日誌」で得た賞金は滞納していた
家賃やら何やらに消えてしまったのは本当なようだ。
そしてどうも経済的にはまだトンネルの中におられる
模様。
大里俊晴氏とのトークは何だか音楽のことなら誰にも
負けない中学生二人(失礼!)が部屋でボソリボソリと
喋っているようで微妙さが面白かった。
これからも頑張れ! 中原昌也!
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2008年に見た映画(三十三) 「フランケンシュタイン」
原題名: Frankenstein
監督: ジェームズ・ホエール
出演: コリン・クライヴ,メエ・クラーク,ボリス・カーロフ
時間: 70分 [モノクロ]
製作年: 1931年/アメリカ
(渋谷 シネマヴェーラにて鑑賞)
2008年11月鑑賞
(満足度:☆☆☆+)(5個で満点)
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才能溢れる若き天才フランケンシュタイン博士は使用人を使って葬儀の終わった
後に墓を暴き死体を掘り返していた。甦らせる実験の為に。そして形状が破壊されて
いない脳みそを手に入れるように使用人に命じるが使用人が大学から
盗み出したのは凶悪な罪人の脳みそだった。果たして狂気の実験により
甦った『怪物』はフランケンシュタイン博士の師を殺害し脱走する。
村ではフランケンシュタイン博士の結婚式が華やかに行われていた。。
人は何歳で「フランケンシュタイン」という言葉とあの巨体と青ざめた四角い
顔とボルトのついた首を知るのであろうか(^^)
自分の個人史としてのフランケンシュタインといえば藤子不二夫の
傑作漫画「怪物君」が鮮明である。
さて、『フランケンシュタイン』という名称は死体から甦った怪物を造った
博士の名前なのですねー。本作は元祖だけあって全体的になかなかいい出来です。
死体から甦った怪物はオープニングクレジットには
The Monster ・・・?
とあって(つまり演者は秘密ということ)なかなか洒落ていて良いです。
演じているのはボリス・カーロフという俳優さんらしいけど背が高えー(@_@)
オープニングもなかなか怪しくて素敵。多分夜中観たらかなり怖い。
ここ最近は名作の呼び声が高い作品ばかりを観てきたので本作の
人間ドラマと登場人物の掘り下げの浅さには正直言うと欠伸が出た。
ただし本作を貶して言っているのではない。オープニングの墓場のシーンの
妖しい映像美やフランケンシュタイン博士の館のセットの豪華さ、
驚嘆に値するクライマックスの風車の塔のシーンの素晴らしさなど
怪物映画としては充分及第点以上の優れた出来である。
つまり人間に細かく演出するだけの予算が無いだけの単純な話しなのだ(^^;)
それでも今でもこれからも永久に?続いてく「フランケンシュタイン」
という名を冠した怪物の造型は本作で100%余すことなく完成しているし
婚礼のシーンや少女と怪物が心を通わすシーン、上述の各シーンと
人々が怪物狩りに繰り出す群集シーンなどどれも素晴らしい。
とりわけクライマックスの風車の炎上シーンはもう絵画のように美しく
極めて禍々しく世紀末的で一見の価値はある。クライマックスはもう一回観たい。
作品の展開とテーマは簡単で普遍的だ。"怪物"そのものに焦点があるのではなく
"異端の者"を一切受け付けない、且つすぐに抹殺しようとする人間社会のエゴ
と恐怖そのものである。そして本作はその焦点の定まり具合は元祖ゆえになかなか
いい線行ってはいるがすでに「怪物映画」という狭いジャンルの枠に自らを貶めて
いる点が観ていて残念であり悲しくもあった(登場人物達の人物造型の浅さ!)。
怪物が少女にたいして笑みを浮かべるシーン(妖しく美しい名シーン!)が
それ以上一切の掘り下げはなくただひたすら"凶暴な怪物"としてしか
描いていないのがそれを端的に物語っている。
そしてこのジャンルが元祖からあまり映画としての進化を遂げていない気がした。
勿論名作傑作はいくつも挙げられるだろうけども。
人間達の描写が温いので途中から集中出来なくなったけど
少女とのつかの間の交流のシーンと最後の風車炎上シーンがとても
素晴らしくて作品が引き締まって良かった。
怪物映画・パニック映画はまだまだやり尽くしていないと思う。
星の数ほどの駄作を観るよりは本作はお勧め。
以外と今の腐った社会の中で虐げられていると感じている人は
"怪物"に同情して結構泣けるかもしれない。
繰り返しになってしまうけどクライマックスの映像は素晴らしい。
ここだけなら☆五個。
まあ色々な意味で永久保存すべき作品ではある。
とりあえず観て良かった。
ちなみに紫外線の中の一成分"超紫外線"を浴びせると死体が甦る
のだそうな。人為的に超紫外線を浴びせるには多量の電力が必要
なようだぞ!家でやる場合はアンペア数をよく確認してね(^0^)/
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