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2008年12月30日 (火)

映画「復讐するは我にあり」

「復讐するは我にあり」

原題名: 復讐するは我にあり
原作: 佐木隆三
監督: 今村昌平
脚本: 馬場当
撮影: 姫田真佐久
美術: 佐谷晃能
編集: 浦岡敬一
音楽: 池辺晋一郎
出演: 緒方拳,三國連太郎,賠償美津子,小川真由美

時間: 140分 (2時間20分)
製作年: 1979年/日本 松竹

(満足度:☆☆☆☆+)(5個で満点)
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クリスチャンである父の複雑すぎる人間性と時代の矛盾を目撃しながら、
その業を一身に背負って成長してしまった榎津巌(えのきづ いわお)は
妻にも裏切られやがて殺人を犯すことに躊躇しなくなる。佐木隆三による
同名の小説を映画化。


2007年に柳葉敏郎主演でテレビドラマ化されているのを
たまたま観たが、スタッフを指揮したのが相当な映画好き
なのか何だか判らないがや映像もセットもたらと気合が
入っていたのでなかなか楽しく観た。しかし榎津を演じる
ギバちゃんの根の優しさが後半になるにつれどうにも滲み出て
しまって殺人を繰り返しているのに観ている者は心のどこかで
赦してしまうような作品で残念だった。ちなみにギバちゃんも
出演者の多くもなかなか気合入れて演じているので作品
としては全然悪くない。むしろテレビドラマとしては上出来だ。

さて、
今年惜しくも鬼籍に入られた緒方拳演じる本作の方は
心がネジクレ曲がったまましかし鋼のような強さを持つ榎津が
とても良く表現されていて傑作だと思う。

『榎津巌』という一人の人間が殺人鬼に変貌していくまでと
逮捕されて処刑されるまでの軌跡がじっくりじっくり
殺人の詳細な手口も含めて2時間半近く描かれる。

榎津巌が榎津巌という怪物に変貌していく過程を描くことで
人間とは一体何なのか、何のために生きているのかという
ことを問いかけているように思え、その為にはこの長い
上映時間は必要でありほとんど退屈もしなかった。

スタートは物事に異常な執着を見せる性根を持つとはいえ
普通の少年だった榎津がその性根ゆえか幾つかの精神的に
過酷な出来事(家族を含めた榎津への裏切り行為)を全く回避
することなくその身に受け止めることでやがては人の命を
何とも思わない人間になるわけだが、その動機を十分に
描いていながらもだからといって榎津の行為を観客に一切
正当化させずに且つ緒方拳が演じるこの榎津巌という男に
奇妙な愛着を持たせてしまい一種の無常力常態のような
心の心象に持っていかせる力量はとても素晴らしい。
(2007年のギバちゃん版はこの点が残念ながら実に表層的)

榎津巌のその悪魔性にすっかり魅せられ情婦同然となる
宿屋の女(小川真由美)に榎津がビールを飲ませるシーン
がとてもエロティックで実に素敵だ。

詐欺がすっかり板につき大学の教授だといって宿泊を
重ねていた榎津が実は指名手配中の殺人鬼だと知った後、
二人には逆に奇妙な絆が生まれ(たように女は錯覚し)、
女はより一層献身的に尽くすようになる。

榎津に美味しい漬物を食べさせようと一心に漬けている女の
ところに榎津が帰宅して女を眺めながら手酌でビールを飲む
榎津に両手が漬物汁で濡れている女は

「ねえ、飲ませてよ」

と榎津にねだる。榎津は嬉しそうに瓶ビールを自分で一口
飲んだ後、女の口にゆっくり注ぐ。
小川真由美演じる女は実に美味そうに飲む。

この二人に明るい未来は、ない。
この二人が結ばれることなどありえない。
榎津は女を欠片も愛してなぞいない(愛せるわけがない)。

だからこそこのシーンはとてもいい。いつか、真似したろ。
ちなみにこの女の夫もまた過去に殺人を犯しているという
凄まじい設定がこのシーンだけでなく作品全体を多層的なものにして
とても盛り上げている。

榎津が怪物になってしまう根本的な原因を持つ父親役の
三國連太郎もまたとても素晴らしい。

自分はこれまで三國連太郎と言われてもピンとくる作品は
正直浮かばない、知識としては幾つか作品を挙げられるが心に
刻まれた作品には残念ながらこれまで遭遇してこなかったが本作での
ムカツク親父の役作りは実にスゲー。そして、彼に
榎津巌を榎津巌たらしめた責任を押し付けることなど全く
無意味な広い世界の中でちっぽけな弱い人間の一人として
生きるリアルな父親役を最後まで絶妙に演じきっていて
終始見入ってしまった。

絶望的に弱く強かで欲深い人間地獄巡りの旅の果てに
榎津は逮捕され父と面会する。
お互いが、お互いにとって諸悪の根源たる二人は。。

このクライマックスの面会シーンは本当に鳥肌が立った
緒方拳と三國連太郎が己の役者スキルを全開にして
秒単位で演じスタッフは渾身のシーンを完成させている。

賠償美津子も榎津の妻として人間地獄の一員をしっかり
演じていて良い。三國との絡みのシーン、、エロイなあ(^^)

作品としてどこまでも素晴らしい。全く一見の価値ありの
作品だが「阿波の踊子」「仇討崇禅寺馬場」「張込み」と
かつて確かにあったであろう超絶に美しい風景を描いた
作品ばかり連続で観ていたので70年後半の日本の風景の
汚さに思わず絶句してしまった。製作者達の責任では勿論
無いし味のある"絵"は本作は本作なりに沢山撮れている。

しかし日本はこの時代にもうしっかり道を誤っている。
榎津巌が存在することに何ら違和感はない。
殺人を犯した夫を持つ女が殺人鬼と情事を重ねることに
一切の矛盾はない。

これからも映像化されることであろうが
本作を越えるのは無理でしょう。
しかし、挑む者達は命を削って挑戦して欲しいものだ。

榎津巌は21世紀の今もいる。
これからも生まれるだろう。

ビールでも飲もグビグビーと。
一緒に飲む?

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コメント

この前緒形拳の訃報を知った時は大変驚きました。

実は私、息子さんの緒形直人のことはずっと前から存じていましたが、緒形拳という名優のことと彼が緒形直人の父親であるのは今回緒形拳の訃報を通じて初めて知りました。

私がロマーヌ・ボーランジェと彼女の父親である名優のリシャール・ボーランジェのことを知ったのも最近のことです。ウィキペディアに感謝しなければいけません。

一応緒形拳の画像を検索してみると、ジャン・ポール・ベルモンドやジャン・ルイ・トランティニャンのように暖かくて優しい眼差しと微笑が印象に残りました。

私はこんな偉い男優のことを今になって知るのはあまりにも遅すぎて、彼と彼の作品と共に人生を歩むことが出来なかったことに対して悲しみと後悔を感じます。

気品と貫禄があってとてもハンサムでセクシーな方だと思います。最近は緒形拳、エリック・ロメールやクロード・シャブロルなど素敵な方の訃報を矢継ぎ早に耳にするので、本当に感無量です。

投稿: 台湾人 | 2011年1月19日 (水) 22時13分

野村芳太郎監督作品「鬼畜」(1978)
での人間の"弱さ"を完璧に体現する
緒方拳の演技は素晴らしいので
是非ご覧ください。この作品(「復讐するは我にあり」)
も優れた作品ですが、「鬼畜」は役者、映像、、美術、
音楽、全てが素晴らしい"完璧"に近い作品です。
(^-^)

投稿: kuroneko | 2011年1月19日 (水) 23時13分

浅野ハルは本気で榎津巌のことを愛していたのに、彼女まで殺すとは私は唖然となり絶句しました。ある意味麻薬中毒みたいに彼は殺人中毒だったのかな?と考えさせれます。

榎津巌には到底人を愛することが出来なかったのかもしれないと思う私です。

投稿: 台湾人 | 2011年1月20日 (木) 17時59分

浅野ハル殺害シーンは
この作品のハイライトシーンでしたね。
他の殺戮シーンと少し違う意味での
"哀しい"場面として作られていましたね。
榎津巌は他の人間には明確に憎しみや嘲りの
殺意を持って犯行に及んでいたと思われますが
浅野ハルだけには感情の発露として
「殺すことしか出来ない」という結論に至った
ように私には思えました。緒方拳の演じた
榎津巌は心の奥底ではきっと人を愛していた
だろうがその表現としての手段を全く
持たない男だったのではないかと思います。
そうなった過程と理由も大きな原因の一つ
となっている父親を三國連太郎がまた
見事に演じていますね。傑作ですね。
   
クロード・シャブロルは
「女鹿」(1968)しか観ていませんが
とても優れた作品だと思います。
 
http://tokyo-kuroneko.cocolog-nifty.com/blog/2009/04/post-f258.html
 
スティファーヌ・オードランとジャクリーヌ・ササールの
美しさと二人から"同時に"愛されるジャン=ルイ・トランテニャン
の嫌味の無い二枚目っぷりもカッコいいですね
(^-^)

投稿: kuroneko | 2011年1月21日 (金) 01時12分

イタリア語とフランス語のGoogleで緒形拳を検索してみるとやはりこの作品に関するページが多くありました。

日本の映画はイタリアやフランスでも愛好者がいるのですごく感動しました。って言っても私は日本人じゃないのに何の空騒ぎをしているつもりなんだろうと言われるかもしれませんが。

あるイタリア語のページにコンタクトのメールアドレスがあったので、そのイタリア人にメールを送って緒形拳と「復讐するは我にあり」について語り合いました。

緒形拳の逝去に対する悲しみを伝えるとそのイタリア人も緒形拳は大変優秀な俳優だと言っていました。

私は昔の時代と文化が懐かしいと思うのなら、自分なりの力でその昔の素朴でピュアな暖かさと感動を再現できるように頑張ろうと決心しました。

投稿: 台湾人 | 2011年1月24日 (月) 17時59分

 
>私は日本人じゃないのに何の空騒ぎをしているつもりなんだろうと
>言われるかもしれませんが。
 
全くそう思いませんよ。
小津(安二郎)も、溝口(健二)も、恐らくは
加藤泰も、山中貞雄も、黒澤明も、木下恵介も、
石井輝男も本当に誰も彼も国内よりも海外で
高く評価され作品分析も細かに行われて
いるのが現実ではないでしょうか。
かくいう私も映画が好きだなんて言いながら
ほんのここ数年でやっと彼等の作品に
"初めて"出会えたところです。出会えなかった
確率の方が遥かに高いのです。そう思うと
とても恐ろしいことだと思います。
 
>緒形拳は大変優秀な俳優だと言っていました。
 
下積みが長くて苦労したようです。
 
>自分なりの力でその昔の素朴でピュアな暖かさと
>感動を再現できるように頑張ろうと決心しました。
 
是非頑張ってください。私も自分の出来る事を
頑張ろうと思います。このブログに書いている
映画の感想が少しでもお役に立てば幸いです。

投稿: kuroneko | 2011年1月24日 (月) 23時58分

やっぱり
自分が好きな監督や俳優を好きな人がいることはうれしいですよね
それは自分の国の人だからとか関係ないです
例えば「ダリオアルジェント監督好きなんだよー」とか「ジミーウォンいいよねー」とか言ってたら
やっぱうれしいです

投稿: 万物創造房店主 | 2011年2月 9日 (水) 16時49分

同感ですね。
好きな事を共感し合えるって
本当に素晴らしいことです。
o(^o^)o

投稿: kuroneko | 2011年2月10日 (木) 00時22分

急に大変失礼ですが、本日の大地震で東北地方で多大な被害を蒙ったそうですが、そちらの方は大丈夫でしょうか?

テレビで見ていると心が痛み本当に残念に思えます。

投稿: 台湾人 | 2011年3月12日 (土) 00時13分

僕は京都なんで全く大丈夫なんですけど
クロネコさんは・・・
 
東京はそんなに被害ないようなんで大丈夫なんじゃないでしょうかね・・・
 
よっぽど運が悪くない限り・・・

投稿: 万物創造房店主 | 2011年3月12日 (土) 02時48分

台湾人さん、万物創造房店主さん、
書きこみありがとうございます。
m(_ _)m
3月12日13時現在無事生きております。
おかげ様でかすり傷もないです。
お二人の書き込みを見て熱いものが
こみ上げました。
本当にありがとうです!

投稿: kuroneko | 2011年3月12日 (土) 13時03分

自宅まで5時間半ほどの道のりでしたが
夜中に休憩で入った某施設で
初めてテレビを見て全容を知った時は
涙が出そうになりました。
東宝系のパニック映画
「日本沈没」(1973)
「世界大戦争」(1961)
を思わず思い出しました。

投稿: kuroneko | 2011年3月12日 (土) 13時19分

あの津波の映像は衝撃でしたね
インドネシア沖地震のときなんか比べ物にならないぐらい・・・
 
ある意味
恐ろしく荘厳で美しい破壊映像でした
昨今のパニックモノ映画のCGニセモノ津波がゴミに思えました
 
津波に追い詰められていった車の人々が生きておられることを祈ります

投稿: 万物創造房店主 | 2011年3月12日 (土) 14時04分

>あの津波の映像
 
私は自宅に戻って
静かに寝ようと思った時に
見ました。ごく普通の田畑を
静かに静かに家や車や船が
一部炎上するままに流されている。。
恐らくはその中には人も。。
これほど絶望的な黙示録的な
映像は無いですね。
お子さん達は見ない方が良いのでは
とすら思えました。
 
さしあたっては
"祈る"ことしか出来ません。
人間の持つ希望を。
被災者の皆さん挫けずに
頑張ってください。
m(_ _)m

投稿: kuroneko | 2011年3月12日 (土) 16時41分

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