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2009年3月21日 (土)

映画「最後の人」

「最後の人」
Der letzte Mann

監督: F・W・ムルナウ
撮影: カール・フロイント
出演: エミール・ヤニングス,マリー・デルシャフト,マックス・ヒラー

時間: 90分 (1時間30分) [モノクロ]
製作年: 1924年/ドイツ

(満足度:☆☆☆☆☆)(5個で満点)
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 一流ホテルでポーターを務めることが自慢であり、誇りであり、且つ生きがい
そのものである老齢に入った男(エミール・ヤニングス)は支配人から突然、
洗面所の雑用係になるように命じられる。配転先を知り余りのショックに男は
剥ぎ取られた制服を盗み出して、娘や妻には配置転換になったことは内緒で
帰宅する。今や男にとって誇りそのものであった職場は恐るべき「屈辱の象徴」
となった。。
  
  
 本作の製作年である"1924年"とは、一体どんな年であったろうかと少しだけ
検索してみますと、、
 

2月 ソビエト連邦を英国・イタリアが承認。
4月 イタリア総選挙でファシスト党が勝利。
7月 阪神甲子園球場完成。
8月 ドイツ賠償問題に関するドーズ案成立。
 

なんてことが起こっている。
第一次世界大戦が1918年に終結して、講和条約が締結されてから数年が経ち、
そろそろ第二次大戦へ向かう芽が出てこようとしている時代。

 イタリアでは、ファシスト党が勝利し、ムッソリーニが台頭し、ドイツが返済しきれない
ような莫大な賠償金と冷酷な領土割譲(ドイツ国民にとって)が決定されたドーズ案に
よりドイツでは、そのうちにナチスとヒトラーが国民の不満に応える形で颯爽と登場
する。。かの甲子園球場が出来た年でもある。

この年に生まれた日本人を見てみますと、
岡本喜八(映画監督),
竹下登(政治家),
安部公房(小説家),
高峰秀子(女優)なんて方々がいる。

 で、何でこんなことを書いたのかと申しますと、本作では都会に暮らす人々の軽薄さと
薄情さ、花形の職業であるポーターと洗面所の雑用係の社会的地位的賃金的格差、
事実上のリストラをされた人間に対する世間の冷たさと、ご近所のおば様達の残酷
極まりない陰口&噂話、、かれこれ90年以上前(!)の作品だが高度情報化社会なんて
言われてすでに久しい現在社会とまるで寸分も違わぬ当時の都市社会が完璧に
描かれていることにただただ驚愕した
からだ。

 雨に濡れる舗装された道路と建物が街灯に照らされ光沢を放つ。朝が来て高層
アパートで暮らす人々が起き出して挨拶を交わし布団を干し始める。街と人々の暮らし
ぶりの描写も21世紀の今となっては返ってモダンに映る。ほとんどSF映画のようにも見える。

 全編台詞は一言もなし。状況説明もオープニングとラスト以外なし。しかし主演の
老人を演じるエミール・ヤニングスの迫真の演技とその豊かな表情(主に恐怖に打ち
ひしがれる顔)からはリストラされた老人の悲哀と絶望はほとんど全て余すことなく伝
わってくる。

 絶望のあまりほとんど正気も失う寸前の老人の視点から映る世間。長年勤めた
ホテルは歪み老人目掛けて倒れ掛かって怪物のように襲ってくる。ご近所のババァ達は
老人がリストラされたことを家族に隠してポーター時代の制服を着て帰宅していることを
容赦なく暴きインターネットよりも速く!次々とアパート全棟に伝えていく。

 本作は原作があり唯一ラストにだけ「不本意だけど原作がそうなっているので仕方
ない」
と断りの文字が入ってちょっとした急展開が入る。製作者側がわざわざ不本意
だと書いているだけあって観ていても拍子抜けの要らないラストだった。そうそう、
オープニングでも説明が入る。タイトル「最後の人」の意味についてだ。
 

  将軍や国家元首やその周辺の人々にとって圧倒的多数の
  不安定な被雇用者達の気持ちなぞ判らないだろう

 

というような説明が挿入される。一番の人から順番に次々と奪っていって当然のように
何も手に入らない人々。手に入らないどころかあともうすぐで「送られ人」になってしまう
人々のことだ。実際、製作年の1924年の10数年後に世界中の膨大な数の人々が強制
的に「送られ人」となるのだ。女子供容赦なく。

 90年経っても『世界』は根本においては、ほとんど何も変わっていない。

 監督のF・W・ムルナウ(1988-1931)は本作のような酸いも甘いも知り尽くしたような
成熟した視点を持つ作品を僅かに30代の半ばで撮っていて、「サンライズ」(1927)の
ような豪奢な"超大作"等も手掛けた後に42歳の若さで交通事故により死去している。

 当時の撮影舞台のベルリンの街の描写とエミール・ヤニングスの演技、主人公の
心象を映像表現の的確さは必見と言える。

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