映画「その土曜日7時58分」
「その土曜日7時58分」
Before the Devil Knows You're Dead
監督: シドニー・ルメット
脚本: ケリー・マスターソン
撮影: ロン・フォーチュナト
音楽: カーター・バーウェル
編集: トム・スウォートウート
プロダクションデザイン: クリストファー・ノワク
衣装デザイン: ティナ・ニグロ
出演: フィリップ・シーモア・ホフマン,イーサン・ホーク,マリサ・トメイ
時間: 117分 (1時間57分)
製作年: 2007年/アメリカ
(満足度:☆☆☆☆+)(5個で満点)
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それぞれ異なる理由でまとまった金が必要な兄と弟。兄(フィリップ・シーモア・ホフマン)
は、実の両親が細々と経営する宝石店を襲う計画を立て弟に実行するように迫る。
計画では、犯行予定日は両親は不在で店員を脅して金品を奪って逃げるだけで
被害者も出ずに店には保険が降りるので両親にも実質的な被害は及ばない。
それは、「何の問題も無い完璧な計画」のはずだった。弟は実行を承諾する。
「その日」の朝、弟(イーサン・ホーク)は、一人で実行する自信が無くなり知人を
同伴して車で店に向かった。知人の男は銃を持って店に押し入った。銃は脅し用に
使うだけの予定だった。だが、そんな日に限って母が店番をしていた。。
監督は陪審員制度の危うさと人々の良心を描いた名作
「十二人の怒れる男」(1957)を手掛けたシドニー・ルメット。
一度狂いだした兄弟の人生の歯車が決して止まらずに
救い難いカオスに拡散していく様を丁寧に描いている。
音楽がなかなか素晴らしい。特にメインテーマは聞いているだけで
心拍数が上がってきて映像が鮮やかに頭に浮かび単独で聞くレベルに
充分達している。そのうちサントラを手に入れよう。
根本的に利己的な性格でリストラ寸前の中年サラリーマンの兄役を
演じるフィリップ・シーモア・ホフマンと世渡り下手で気も弱く
妻にも娘にも愛想尽かれ馬鹿にされてしまっている悲しい父親で
弟役のイーサン・ホークのキャスティングもとても良い。
二人とも堅実に出来た脚本にしっかりと演技で肉付けして作品に
きっちり貢献している。なかなかグッジョブだ。
傲慢で冷酷な兄と意思の弱い情けない弟。
どちらも性格設定が"個性"として完結しているだけでなく誰もが
もっているであろう普遍的な本性を滲ませて上手く演じているので
最後までどちらにも感情移入が出来て集中して楽しめた。
ただの出来の悪い兄弟の転落というワールドだけで終わらずに
後半は彼らを生んだ父親のキャラクターが次第にクローズアップされ
物語は家族の中に長い時間をかけて沈殿した汚泥を明らかにしていく。
この兄弟は、堅実な人生を送れるチャンスが幾度もあったはずだった。
しかし、
兄は、早くから自分よりも弟の方が可愛がられていると感じ家族の中で
疎外感を募らせ続け生きてきた。
弟は、その人の良さから兄を含めた他人の言いなりのままに生きてしまい
自意識がきちんと成長することなく大人になって家族の長にもなってしまった。
二人の父親はそんな彼らの幼少時あるいは青年時の重大な躓きに気付くことは
決してなかった。いや実は父親もその心の奥底には重大な陰を忍ばせて
生きてきていたのだ。父親もまた大人になる前に構築すべき大切なパーツを
欠いたまま生きてきたのだった。
昨今のトレンドである細かいカット割りやむやみに時間の前後する
シーンがあるけど脚本は正攻法でなかなかいいのでそんな小細工は
不要なのに観ていて残念だった。音楽も役者も脚本もスタッフも腕が
確かな一流なのだから堅実によりオーソドックスに撮った方がきっと
最終的な評価はさらに上がっただろう。
さて、気になったのは邦題である。
犯行の瞬間を時間で表現し、ある時点からの人生の永遠の分水嶺を描いた
作品であることを強く暗示させる題であり題名そのものだけについて言えば
センスがあると言っていいのかもしれない。
原題が日本人にインパクトを与えることが難しい訳しずらい題で
あることは理解できるけど、この邦題は本作にはそぐわない。
別に兄弟が犯行に手を染めなくても失敗しなくくてもこの最初からメタクソな家族が
崩壊するのは時間の問題だった。きっかけは何でも良かったんだ。
この邦題は
「あの事件(ミス)さえ起こらなければ全てが上手くいっていた」
という主旨の作品にピッタリはまるけど本作の内容は幾分異なる。
元々ボロボロで、グズグズだった家族が、
そのまま一直線にボロボロになってく様を追っている作品だと思う。
邦題に比べ原題は内容に非常にマッチしたいい題だと思う。
どういう意味なのだろうか。
検索してみると、アイルランドの慣用句から取った言葉らしい。
May you be in heaven half an hour before the Devil knows you're dead
BEFORE THE DEVIL KNOWS YOU'RE DEAD
訳そうとすると微妙に意味が異なる訳が幾つも出来そうで良いセンテンスだ。
そして、その意味する所は作品のある部分だけを指すのではなく主要人物全員に
少しずつ当てはまりそうな、観客も自分のことのようにも考えられそうな、
リングのループの最後を意図的に開けて元には戻ってこれないような
「因果応報」という言葉も浮かんできそうな不安定な突き放されているイメージ。。
悪魔から逃れられないと先に告げてしまっている言い回しが実に恐ろしい。
ある行動が偶然の産物による発端ではなくその行動はずっと前から
避けられないものとして人間たちを奈落に落とすべくじっと待機していた。
ずっとずっと遥か以前から色々なことが間違っているまま誰もが放置してきてしまった。
壊れていく家族に拍車をかけていくのはアメリカの病理的な徹底的な
拝金主義の社会構造だ。子供は親が金を納入しなければ遠足にすら
参加出来ない。
墜ちていく人間を冷静に描きつつその原因の重要な一端である社会の歪も
まさに表裏として的確に描いている。シドニー・ルメット、流石だ。
久しぶりに見たイーサン・ホークの余りの駄目男振りと美少年時代とは
変わり果てたやせ細りに演出を超えて心配してしまったけれどクライマックスで
兄貴に銃口を突きつけられた時に瞬間眼光鋭く兄を見返す表情を見て安心した。
いい役者になった。これからも素晴らしい作品に出会って存分に全身全霊で
演じて欲しいものだ。役者馬鹿になっておくれよ。
どうか悪魔が君の死に気付くその30分前に、
君が天国に辿り着きますように。
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