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2009年4月 9日 (木)

映画「叛乱」

「叛乱」

監督: 佐分利信・阿部豊
脚本: 菊島隆三
撮影: 小原譲治
音楽: 早坂文雄
出演: 細川俊夫,清水将夫,鶴田浩二,山形勲,安部徹,佐分利信,鶴丸睦彦,
辰巳柳太郎,丹波哲郎,津島恵子,香川京子,永井柳太郎,三宅邦子,外崎恵美子,
木暮実千代,藤田進

時間: 115分 (1時間55分)
製作年: 1954年/日本 新東宝

(満足度:☆☆☆☆+)(5個で満点)
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昭和十一年(1936年)二月二十六日に起こった青年将校によるクーデター事件
所謂「二・二六事件」を叛乱を起こした将校達の視点から描く。

 当時の陸軍内部は、一君万民主義を極端に推し進めた"皇道派"と呼ばれる一部の
青年将校達と、軍の規律を第一義とする"統制派"と呼ばれる人間達による水面下の
抗争が激化の一途を辿り、数年前に起こっていた海軍の青年将校等による五・一五事件
(1932年)と同規模かそれ以上のものが起こることは多くの人間にとってはほとんど避け
がたいほどに予想されていた。国政と軍の在り方への不満が充満していた青年将校達の
主だった者が人事異動によって満州へ赴任する情報が漏れると最早、彼らの怒りは
臨界に達し、決起は「いつ実行されるのか」という問題になっていた。
 
 決起直前から決起後、そして投降し首謀者が全員銃殺されるその瞬間までカメラは
終始決起将校達の側で若干の同情を込めた形で彼らをひたすら撮り続ける。

 観ながらずっと「実録・連合赤軍 あさま山荘への道標」(2007)を思い出していた。
青年将校達の決起までの半分だけの計画と先鋭し続ける机上の計算と理念。
決起後の傾斜を転がり落ちていくような状況の悪化。それでも状況を打開しようと
もがくエネルギー。あさま山荘事件へ至る学生達の暴発のそれと共通点は幾つか
あるように思う。

 特に山形薫演じる磯部浅一と細川俊夫演じる安藤輝三のそれぞれ異なった形の
葛藤と挫折でいながら自らの理論に自らの存在と肉体を全て捧げてしまうところは
陽と陰の対を成しているかのようで見事に青春群像劇として出来上がっている。

 1916年生まれの細川俊夫は二枚目俳優として将来を期待されたが一番いい
時期を戦争に出征することで活躍出来ずに伸びきれず戦後は脇役に甘んじてしまった。
自分の人生に甚大な負の影響を与えた太平洋戦争への道のターニングポイントと
なった事件の首謀者を演じるにあたって何か心に帰するものはあったであろうか。
最後まで決起を迷いに迷う決起将校の中でも屈指の理論家として同僚からも部下から
も信頼が篤かったという安藤輝三に何ともいえない深みを投じている。

 宮口精二が警視庁副総監役で出ているのがとても嬉しい。

 たったワンシーンの出演だが青年将校等の最も基本的なパラドックスを一撃の下に
突く"口撃"はまさに「七人の侍」(1954)で演じる久蔵の剣さばきのようだ。

 「お前達に屈するのではない。俺たち(警察官)とお前達(軍隊)が衝突したら
一体どうなる?被害を蒙るのは周辺の住民、国民だ。だから屈するのだ。

 宮口精二はいつだって人間として正しい。

 青年将校等の精神的な主柱であり事件の首謀者とされた北一輝(事件後逮捕され
死刑判決、銃殺された)に今一つ二つカリスマ性がなかったのが残念だ。もしも北一輝
役にそれなりの俳優が布陣されたら本作の一種妖しいまでの気迫はさらに高まって
戦後の問題作の一つにもなったかもしれない。

 音楽がなんだかしっとりとしていて軽くもなくこの手の作品にありがちな東映調の
妙な重たさもなく品があっていいなーと思って観ていたら担当は黒澤映画の羅生門
(1950)・七人の侍(1954)等でお馴染みの天才作曲家早坂文雄だった。

 決起側の青年将校の一人で出演している丹波哲郎は本作では禄に台詞無し。
この時32才。45年後に製作された同じ事件を扱った「226」(1989)では決起将校等に
一目置かれた真崎甚三郎大将を演じている。まあ演じるというほどのものでもなかった
が。作品の中身も残念ながら本作と比べるべくもない。

 「226」については何だか知らないけど"実録"物として店頭に並んでいるのを見たが
本作こそ将に『ザ・実録』。

 「二・二六事件」は国家の暴力装置である"軍"という組織内部で明治維新まもない頃
から蓄積に蓄積を続けてきたあらゆる矛盾が一つの臨界に達して起こった事件と
言えるのではないだろうか。銃殺された将校等は一種のスケープゴートにされた感
もある。

 青年将校等は何ら抗弁の機会も与えられず弁護士を付けることも許されずに多くは
翌年の夏に刑場の露と消えた。刑の当日、銃声を隠すダミーの為にすぐ側で軍事
演習が行われたという。

 決起した者達に同情と理解を寄せることも見方によっては幾らも出来ようが、彼らが
勇んで襲撃した人間達の主要人物には太平洋戦争の終結に尽力奔走した者達が
多くいた点も見逃してはならない。

 押入れに隠れ難を逃れた岡田啓介(事件当時内閣総理大臣)は終戦末期、東条英機
内閣打倒に動き、側頭部を打ちぬかれ重態となった鈴木貫太郎は戦時の最後の内閣
を組閣し太平洋戦争を終結に向かわせた。

 銃弾を受け瀕死の重態となった鈴木貫太郎に留めを刺そうとする兵士達に最後の
情けをかけるように訴えた妻の命懸けの懇願を聞き入れたのは安藤輝三大尉だった。
それによって生き残った鈴木貫太郎は天皇の信を受け終戦に向けて働き、戦争が
俳優人生に決定的な陰を落とした細川俊夫(事件当時20才)が安藤輝三を演じる。
この映画というフィクションと人間の織り成す歴史というドラマの薄氷を踏むような
偶然と必然が複雑怪奇に交差するリンク。。

 事件後80年近くも経過しようとしているがこの事件は今でも新しい側面に光を当てて
物語を作ることも時代の暗部を告発することも可能であろう。しかし事件そのものの
経過に沿って可能な限り将校達の心情を丁寧に汲み取ってあげたであろう作品は
本作だけで本作を越える作品は二度と作ることは出来ないだろう。

 そのうちDVDを入手して真夜中に一人でゆっくり観たい。

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