映画「トウキョウソナタ」
2009年に見た映画(三十七) 「トウキョウソナタ」
原題名: トウキョウソナタ
監督: 黒澤清
出演: 香川照之,小泉今日子,小柳友,井上脇海,役所広司
時間: 119分 (1時間59分)
製作年: 2008年/日本・オランダ
(池袋 新文芸座にて鑑賞)
2009年 3月鑑賞
(満足度:☆☆)(5個で満点)
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次男で小学生の健二(小柳友)と長男で大学生の貴の二人の息子を持つ
平凡なサラリーマン佐々木竜平(香川照之)はある日突然会社をリストラされる。
竜平はリストラされたことを息子にも妻の恵(小泉今日子)にも隠し職を探す日々を
送る。竜平が家族の行動に目を向けていられない(向けようとしない)中で二男の健二は
黙ってピアノ教室に通い長男の貴は多国籍軍の外人部隊への入隊を決意する。
家族がバラバラになっていく最中、妻の恵は自宅に押し入った強盗に拉致され。。
黒澤清は批評家としては一流だと常々思う。彼の映画批評はまだ断片的にしか
読んだことはないのだけれど映画を観る目は読んだものではどれも概ね確かで
特にスティーブン・スピルバーグについての幾つかの作品での短い批評はその鋭さに
戦慄を覚えた。個人的には彼のスティーブン・スピルバーグ評は他の追随を
大きく引き離していると思う。映画に関する著作もすでに多数あり、じっくりと品定めして
買おうと以前から決めている。
果たして監督としてはどうかというとこれまで観たいと思った作品は無い。
海外では結構前から北野武と並ぶか一部ではそれ以上の一種独特の人気を博して
いるようだがこれまでのところ自分の琴線には触れてきた作品(のインパクト)は無い。
さて本作は予告編での香川照之の平凡なサラリーマンパパ役がとても絵になって
いるので観に行った。伝説となった「ゆれる」(2006)のような嵌り度の高さも期待して。
総じて予告編はなかなか悪くない出来でまあまあ期待出来た。
これまでの黒澤清作品のように評価が激しく分かれるようでもなく
国内外で結構高評価を得ている本作から入るのには黒澤清を
知っておくには調度いいようにも思えたので観に行った。
前半は物凄くいい出来。描写も全体的に細部まで手堅い。四人の家族ぶりも
キャスティング的な問題で若干ギクシャクしているけど不協和が本作の
大きなテーマであるので[結果論的に]プラスに働いてまあ良い。
香川照之演じる負け組サラリーマン振りは予想通り見ごたえがあり適度にコミカルで
なかなか楽しい。同じくリストラされた友人とのやりとりも彼らの心象的な面の描写が
リアルで二人共家族を騙して(と二人は思っている)出社する振りをし続ける共闘の
日々は笑わせられつつも今日的な問題も[結果論的に]提起できている。
自分自身は家族に隠し事をしておきながら子供達へは家長としての威厳を
保つために暴力を平気で振るう竜平のキャラクター造型も自然だ。
こんなダメパパは今も昔もこれからも日本中に一定量存在し続けるでしょう。
しかし、
竜平パパを除く妻と子供二人に何ら性格的にも素行的にも問題が無いのが
逆に本作ではパズルのピース構成として大きな疑問。小泉今日子演じる恵は
美人で夫にも子供にも優しくて二人の子供は充分素直でいい子だ。なのに
香川照之演じる竜平パパがリストラされたとは言え独りで勝手にヤサグレテいるのが
不自然で観ていてイライラする。本当のダメパパだこの男。
イライラするが香川照之の演技は上手くて他の三人も結構いい雰囲気をだして
演じているので後半の展開にかなり期待したのだが。。
役所広司演じる強盗が出てきた瞬間からこの映画は
完璧にぶっ壊れてしまう。全く修復不可能なほど。
ストーリーも完全にストップ。
一刻も早く元の流れに戻ってくれと祈りながら見たが時間はなくなり
映画は壊れたまま幕を閉じる。。
強盗が登場する必然性が何もない。家族の壊れかけた絆の修復への足がかりにも
崩壊の加速への序曲にも何にもならない。
そもそもオープニングクレジットで脚本担当が三人もいるのが気になったのだが
(黒澤清 ・ Max Mannix ・ 田中幸子)
勝手な推測としては強盗のシークエンスは黒澤清が書いたもので
監督ゆえに他の二人は「それやめませんか?( ̄ロ ̄lll)」とは言えなかった
のではないかと思えるが果たしてどうだろう。あるいは黒澤以外の
どちらかの発案に黒澤(と役所)が完全に悪乗りしてしまったのか。。
役所広司が出ている間、映画は全く別のワールドに行ってしまう。
次男健二の世の中の大人を見るシニカルな目や健二同様に大人の
身勝手なエゴに苦しみ多感な心が踏みにじられている健二の友人達の
様子や長男の貴に至っては直接は日本は関係の無い(と大人達が皆
目を背ける)イラク戦争に外人部隊として入隊する決意をする今の
若者の切実・深刻な反抗心をいい感じで描写しているのに
一体なぜこんなもったいない展開にしてしまったのか。。
それが黒澤清だからか。
どうすれば良かったかは流れ的には割と簡単で役所演じる強盗が恵を拉致して
さらに強姦をしようとするのだが(多分劇中では未遂)、シュチュエーション上
当然これをきっちり大成功させて画面でも激し狂おしくエロく描写して
小泉今日子は見事に女優として新境地を開拓して後半は
1) 会社をリストラされて
2) 長男が外人部隊に入隊してしまい
3) 家が強盗に入られて
4) 妻は拉致監禁された上に
5) 強姦されて
6) さらに妻は強盗の男に心まで奪われて密会するようになり
という六重苦(まだ他にもあるけど)を背負った哀れなアラフォー男
"佐々木竜平の一代奮闘記"にちゃんとすれば良かったと思う。
実際には作品はそうはなってなくて監督は出演者と現場スタッフと観客を置いて
途中で独り気持ちよくパラシュートで脱出してしまったかのようだ。
製作スタッフにもキャストにも重い現代的なテーマを撮り切る
力量は充分にあったのにとても残念だ。
「皆この結末(展開)で満足なのか?」と終了後に他の観客達の様子を席に
座ったまま眺めていたらやはり脱力感に襲われている方が多いようだった。
製作にオランダの資本が関っているのがなかなか興味深い。
オランダ映画って不条理を特徴の一つとするらしいとつい
最近知ったばかりだけど本作は"シュール"なのではなく"壊れている"
のが脚本段階では判らなかったのかもしれない。
あるいは実は脚本はもう少し全体の辻褄が合っているのだろうか。
「映像作家」としては黒澤清は今後もきっと活躍していけるだろうが
「映画監督」としては果たしてどうなのだろう。
才能があるのは間違いないと思う。本作でも才能があることは感じた。
今もこれからも邦画界にとって貴重な戦力であることもまた間違いない。
批評は今後ちょいちょい読ませて頂くとして
映画監督としてはまだまだ若い方だし後10年くらい経っても映画作品を
撮っていたらこの作品以後どのような足取りとなったのか確認することにしよう。
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コメント
黒澤清監督は前から気になってるんですけど
まだひとつも見てないですね
投売りでDVDとかビデオとか売ってたらいいんですけど
意外にないですし
いまいちお金たくさん出してまで見てぇーって感じにもならないもんで・・・
投稿: 万物創造房店主 | 2009年4月22日 (水) 21時15分
そうですね。
80分くらいの作品を集中して撮れば
かなりの傑作出来るんじゃないすかね。
二時間はこの人には長いのではないでしょうか。
本作の中盤のオフザケを見てそう思いました。
役所広司は前から好きじゃなかったけど
はっきり言って本作で嫌いになりました。。(ーー;)
投稿: kuroneko | 2009年4月22日 (水) 23時00分