映画「太陽のない街」
2009年に見た映画(四十八) 「太陽のない街」
原題名: 太陽のない街
監督: 山本薩夫
撮影: 前田実
美術: 久保一雄
出演: 日高澄子,二本柳寛,桂通子,多々良純,宮口精二
時間: 142分 (2時間22分)
製作年: 1954年/日本 新星映画社
(東京国立近代美術館フィルムセンターにて鑑賞)
2009年 4月鑑賞
(満足度:☆☆☆☆+)(5個で満点)
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印刷工場で働く職工達は共同体を形成して暮らしていたが、
経営陣との争議は泥沼化し警察が介入する騒動となっていた。
警察は実質的には資本側に肩入れし、職工達の生活と仕事を保障するように
要求する組合と自主性と反発を強める職工達を目の敵にしていた。やがて
経営陣は新たに職工を大量に募り反抗していた人間達を強制解雇しようとする。
一瞬即発の緊張が極限に達した或る夜、工場に火の手が上がった。
警察はそれを口実に共同体に乗り込んで一斉検挙を始める。。
冒頭、仕事を奪われてから長らく経つ職工の一人で今や飲んだくれオヤジに
墜ちぶれ閉鎖された工場の入り口に立ち塞がる警官に暴言を吐く男を
宮口精二が威勢良く演じてこの一大叙事詩と言っても過言ではない大作は
幕を開ける。
宮口精二はどんなに短い演技や端役であってもその演技にはいつも
丁寧さと誠意が感じられ役者としての秘めた情熱も感じられていいなあ。
タイトルの通り、福利厚生なんてものは無く低賃金長時間労働で働かされる
職工達の不衛生で煙突からの煙のせいか曇りが多く太陽の見える日が
少ない陰鬱な住居エリアが舞台だ。
当然、タイトルの太陽は"希望"という意味も含まれているだろう。
監督の山本薩夫は生きるのに充分な権利を持たない職工達(=民衆)を
常に同情的且つ肯定的な視点で演出のメリハリも豊かに描いているものの
彼らの"労働運動"の手法や在り方そのものはかなり冷静な視点でどちらか
と言うと批判的ともとれる描写をしてがいるのが非常に面白かった。
"労働者の権利"と口にし資本家や権力の守護者たる警察に敵意を持ち
ながらも運動家や組織の上層部の人間達のやっていることは徹底的な
秘密主義と密告をも奨励しかねない超縦割りの官僚的な組織運営だ。
彼らは職工達の要求を実現する唯一の窓口と希望でありながらも
常に内部分裂の危機と自動的ともいえる政治的急進化に自分達自身が
呪縛されている。
その呪縛の凄まじさは運動の最末端を担う二十歳前後の女性が
街の暮らしと決別し独りで"あんみつ"を食べたと手紙に書いて送った
だけでも永久に裏切り者の烙印を押されかねないという異常さだ。
労使間の緊張が臨界に達する時、一人の若い女性が逮捕され
厳しい尋問の結果身篭っていながらも命を落す。
職工達と運動家達は彼女の尊い命を無駄にしないことを墓前で
旗を立てて誓うがそこには卒塔婆ですらない一枚の貧弱な木の板と
彼女の生前の写真が置いてあるだけだ。
彼らの要求が晴れて認められた後で、あるいは労働運動の全てを
捨てて街を去り、全く別の仕事で成功した者のなかで、
この時の彼女の貧弱過ぎる墓に心を痛める者が果たして何人
いるだろうか。再訪して現状をその目で確認してみようする者が
何人いるだろうか。もし墓が無いままであれば少しでも率先して
身銭を切ってかつての仲間の下を奔走して浄銭を集め墓を立てて
やろうとする者がたったの一人でもあるだろうか。
権力者側も被権力者側も迫真的に描けば描くほど自ずとどちらの側を
問わず人間の集団が濃厚に所持する"偽善性"と誠実に現状を把握し
現実的な解決に着陸することの到底出来ない"不能"な行動原理が
顕わになる。
職工達の新たな決意表明の集会の中に突入する警察と
その混乱の中を力強い眼差しを持って走っていく女性の姿で
終わるクライマックスは監督のそう単純ではない胸中をも
表現しているようにも思え映像的にも素晴らしい。
権力側の右傾化も組織運営の本末転倒な左傾化も
その中でミスジャッジを繰り返す民衆の憐れさも
本作を観るとそのロジックの生まれる過程が垣間見える。
舞台となる"太陽のない街"の美術と切り取られた空間の
映像的なリアリティと美しさも特筆に値する。
美術担当の久保一雄は黒澤明による中篇「虎の尾を踏む男達」(1952)
も担当している。
集団という負の側面の普遍的な厄介さを緻密で後半は実に
ダイナミックな画面構成で展開している本作は美術・撮影も
確かで映画として充分に傑作といっていいだろう。
今という時代ではテーマ的にも人材的にも何より技術的に
無制限に資金を投入したとて到底作れない作品でもある。
因みに本作公開年の1954年は何度か振れているが
「七人の侍」、「ゴジラ」、「近松物語」等々の超傑作郡が
こぞって公開された奇蹟の年である。
今後はこの年公開された映画を「花の1954年組」とでも呼ぼうか。
(「花の1954年組」についてご興味ある方は
映画「山の音」の稿をご参照のこと)
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