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2009年6月 3日 (水)

映画「大日向村」

「大日向村」


原作: 和田伝
監督: 豊田四郎
脚本: 八木隆一郎
撮影: 小原譲治
美術: 園眞
音楽: 中川栄三
出演: 河原崎長十朗,中村翫右衛門,市川菊之助,山本貞子,杉村春子

時間: 84分 (1時間24分) [モノクロ]
製作年: 1940年/日本 (東京発声)

(満足度:☆☆☆☆☆)(5個で満点)
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村をあげて満州へ開拓団を送ることになった長野県東部に位置する大日向村
(おおひなたむら)。限られた情報の中で決断を迫られる村民達の葛藤と混乱を
リアリティ溢れる演出と美しい農村の風景を織り交ぜてダイナミックな群集劇
として描く。昭和12年(1937年)に実際に全国に先駆けて満州に大規模に開拓団を
送った実在した同名の村がモデル。

 ドキュメンタリーかと思わせるほどの登場する村民達の自然な言動や家屋、畑、
山々の描写のスケール感が凄い。

 『満州』という誰一人として確かな情報を持っていない異国の土地への入植か
否かの二者択一を突然迫られた長年の貧しい暮らしに疲れきった村民達の
疑心暗鬼と互いの牽制のし合いが一種の密室劇として描かれていて娯楽映画
としての完成度も充分に高い。

 最初は満州という得体の知れない土地へ進んで行く者は皆無だったが、いざ、
誰でも家が持てるとか、食うに困らないとか、定員になりしだいに締め切りという
情報が流れると今度は一転して日頃の生活苦の全てが『そこ』に行きさえすれば
解消されるかのような過剰な幻想
が支配的になり、我先と志願していく集団心理の
描写が実にリアルに描かれている。

 様々な憶測と断片的な情報が錯綜する中で実際に満州で取れた『稲』とその
土地の土が持ち帰られ村民全員で検分するシーンが本作のハイライトとなる。

 我先と争って稲の具合や米粒の大きさ、土の肥沃さを目をさらにして何度も
何度も見て触って確かめる農民達。

 いかに制作費に注ぎこんだと威張ったところでこういった登場人物達の立場の
特異性を描けなければ意味の無い有害とすらいえる駄作に成り果ててしまう。

 製作にあたった東京発声映画製作所は本作と「若い人」(1937)だけでも
邦画史に輝くグッジョブをした
と言える。

 尚、実際に満州に入植した大日向村の村民は、敗戦の混乱時における収容所
入りや逃避行の最中で入植した半数にあたる300人強(375人)の死者を出した
とのこと。

 山中貞雄の遺作にして傑作映画「人情紙風船」(1937)でお先真っ暗の就職活動を
続ける哀しい浪人を演じた河原崎長十朗が本作では村民を満州へ先導する
隊長役を威風堂々と立派に演じている。

 また、撮影を担当した小原譲治は
黒澤明の「一番美しく」(1944)
溝口健二の「雪夫人絵図」(1950)
小津安二郎の「宗方兄弟」(1950)
佐分利信の「叛乱」(1954)
五所平之助の「大阪の宿」(1954)
等々いずれも中身もしっかり詰まっているがその確かな映像美が忘れ難い作品を
多数手掛けている。

 本作は映像の素晴らしさは氏の仕事の中でもかなり上位に位置するのではない
だろうか。また、まだ敗戦が確定していない時代の戦中の作品としてもテーマから
いってとても重要な作品と言える。

 戦後の作品ではないがゆえに木下恵介の佳作「陸軍」(1944)同様に最後の村民
あげて旗を振って入植者を見送るシーンは何ともいえずに哀しくも映画的にどこまでも
素晴らしいシーンだ。

 僅かなシーンを切り取っても、今後どんなにお金をかけてもなかなか出来ない
作品だろう。鑑賞されていくことを願うばかりだ。

 またできることならば大画面で観たい。

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コメント

母が大日向出身でした。
映画が残っていて観られることを初めて知りました。
ありがたい。
「狂おしく悩ましく」にリンクさせてもらいます。よろしく了解下さい。

投稿: 白土kami | 2011年1月 5日 (水) 21時06分

白土kami様、初めまして。
コメントありがとうございます。
感想がお役に立てたようで嬉しいです。
この作品には戦後の日本が失ってしまった
決定的な『何か』が内含されている気がします。
感想にも書きましたが撮影の小原譲治の
仕事も素晴らしくてまた是非観てみたい作品です。

投稿: kuroneko | 2011年1月 5日 (水) 23時36分

この記事へのコメントは終了しました。

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