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2009年8月 9日 (日)

映画「山椒大夫」

「山椒大夫」

原題名: 山椒大夫
監督: 溝口健二
撮影: 宮川一夫
音楽: 早坂文雄
美術: 伊藤憙朔
出演: 田中絹代,香川京子,花柳喜章,進藤英太郎

時間: 124分 (2時間4分)
製作年: 1954年/日本 大映京都

(満足度:☆☆☆☆+)(5個で満点)
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人がまだ人として形成されきらない平安の世の時代の物語。安寿と厨子王と
その母(田中絹代)は人売りに騙され散り散りとなる。安寿と厨子王は山椒大夫と
呼ばれる悪徳高い地主の下で長い年月を奴隷として過ごし成長する。
厨子王((花柳喜章)はやがて脱走に成功し権力者となり
安寿((香川京子))と母を救おうとするが。。

『映画』としての完成度がどこまでも素晴らしく拡張高い逸品中の逸品。
監督・撮影・美術の各セクションの責任者達は今や神様扱いの
方々ばかりで実際に作品のレベルもとても高い。

特に親子が引き離されて拉致されてしまうまでの前半の映像は
幻想的で近代=物質文明がまだまだ先であることを暗喩する
かのように画面に映る何もかもが柔らかで緩やかな線で表現
されていてただひたすら見惚れるしかない。

本作はこれまでにたびたび言及してきたの1954年組」
(戦後の邦画作品の最高峰が多く排出された奇蹟の年)に属する。
同じく名作の呼び声がとても高い溝口健二監督作品「近松物語」
も同じく1954年なのだからまったくもって恐ろしい年だ。

製作スタッフにとってだけでなく子の安否を最期まで気遣い続ける
悲壮な母を演じる田中絹代にとっても最高傑作ではなかろうか。

物語そのものは母子が拉致された以降は歯痒い展開が続く。

人が人になる前の時代と断りを冒頭に入れるだけあって
奴隷を当然のように使役する山椒大夫(進藤英太郎)の
非道振りの描写は当然のこととしても厨子王と奴隷達の
権力者への屈服ぶりが見ていて腹が立つ。

全ての制度が未成熟な時代ゆえに奴隷達の扱いもまた隙が
十分にあり(恐らくはきちんと企画上意図されたもの)、
脱走や反旗を翻す企みを立てる機会は幾らもありそうだが
奴隷となった人間達もまた未成熟であり山椒大夫の意に
沿わない者は熱した篭手を額にあてられ焼印されるという
恐怖だけで反逆しようとしない。

権力者も被権力者も等しく未熟な時代であるという描写は
すなわち製作者側に成熟した視点と教養がなければ描き
ようもない。

ただ山椒大夫を悪とするような幼稚な視点は本作にはなく
奴隷として服従する者達がいるから山椒大夫という人間も
またのさばり奴隷であることを潔しとして過ごしてしまった
厨子王が権力者となっても私憤を晴らすことは出来ても
制度を改善することは必ずしも出来ないというごく当たり前の
常識的な視点(今の日本には無くなってしまった)を揺ぎ無く
描いている。

制度を改善するには物事の仕組みを理解し且つ改良を
実行する具体的なプランニングがなければならない。

この物語で悲惨極まりない運命を辿る者達に誰が責任を
負わなくてはいけないかといえば権力を濫用する山椒大夫
ではなく厨子王に象徴される無力な善にあるなのだ。
悪がのさばのは悪のせいではなく脆弱な善にこそある。
その皮肉な構造は今も本質的に変わることはない。

それゆえに数多ある邦画の中でも恐らくは最高に美しく
哀しい本作のクライマックスは観る者の胸を打ち世の無常を
思わずにはいられない。

人が人だった時代なんてあったのだろうかと。
現代という時代まで"時"が進んで来て果たして人は人に
なったと言えるのだろうか。

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コメント

>権力とは、悪いやつが欲しがるものであり、
正しい者には不要であった.
 
 
悪が欲しがるとすれば、奪われないように
しっかりと権利を取得しないといけないという
面もありますね。

不要かもしれないが悪用されないために
しっかりキープすると。

投稿: kuroneko | 2015年4月16日 (木) 00時06分

ま、何が正しいかなんて時間軸や縦横軸によって変化するものなので
正しい人とか言うこと自体
なんかアレですよね
ヒトラー的というか
 
世の中に絶対的な正義とか
絶対的に正しいこととかは存在しないですよ

投稿: 万物創造房店主 | 2015年4月16日 (木) 22時06分

>名前忘れました.ごめんなさい.
 
入れておきました(^-^)

 
>権力そのものを無くさない限り、
良い世の中にはならないのだ.
 
「権力そのものを無くす」
自分としてはこれまでにないご意見です。
 

>天皇の権力に頼ろうとする、その考えが間違っているのです.

まあ、某クズ太郎君にそこまで深い考えがあったとは
思えませんが(^^;)
明治以降、太平洋戦争中も天皇に権力があったかは
甚だ疑問です。戦後は世界に誇れる「国民の象徴」
だったと思いますよ。
 
 
>『にっぽん泥棒物語』
 
もの凄~く
もう一度観たくなりました。
ご意見ありがとうございます!(^o^)/
 
 
>権力と権利とは、相反するものなのです.
 
考えてみたいと思います。

投稿: kuroneko | 2015年4月17日 (金) 00時48分

>世の中に絶対的な正義とか
絶対的に正しいこととかは存在しないですよ
  
突き詰めていくと
"無"になりますね。
 
絶対的な~
って思考実験的には好きで
通勤の行き帰りにぼんやり考えたりしますが、
 
政治や社会ルールや経済にコレ持ち込むと
まあ碌なことはないすね古今東西(。。)ゝ

投稿: kuroneko | 2015年4月17日 (金) 01時01分

>「権力そのものを無くす」
昔からたまにいますね
こういう人
俗に言うアナーキストです
 
ま、現在の日本においては無理ですから
中東かアフリカに渡るといいですね
ジャスミン革命とやらで権力が失墜して
無政府状態のとこいっぱいありますから
 
大好きな感じだと思います
 
そもそも
よい世の中ってどんな世ですかね?
 
>明治以降、太平洋戦争中も天皇に権力があったかは
甚だ疑問です。
 
全く持って同感です
戦時、世界でもっとも民主的すぎて
世界でもっとも国際法守りすぎて
負けた国ですから
 
>権力と権利とは、相反するものなのです.
 
実際問題
権力に権利守ってもらわないとどうしようもない状態が多々あると思いますが…
 
例えば海外旅行するとき
権力に守ってもらいたくなければパスポートとらないで
密出入国すりゃいいんですけど
反権力だからってそれやってる人見たことないです

投稿: 万物創造房店主 | 2015年4月17日 (金) 19時47分

>俗に言うアナーキストです
 
とりあえず、60年代、70年代の
世代には本当のアナーキストっていないみたいですね。
 
親の世代への反発から「革命」叫んでいるだけで。
 
 
>よい世の中ってどんな世ですかね?
 
ちょっと寝かせてあるネタがあるので
GWの時にでも書こうかな(^o^)
 
>権力に権利守ってもらわないと
どうしようもない状態が多々あると思いますが…
例えば海外旅行するとき 
 
ジャーナリストの宮嶋茂樹が昔からシャウトしてますね。
日本人は
世界中どこでも自分達の権利が無償で保持されていると
思いこんでいるけど
 
・ジャパンマネーのパワー
・自衛隊の長年の海外派遣の神レベルの不祥事の無さ
とお行儀の良さと仕事のレベルの高さ
・長年のODA等による「日本」の信用
・列強相手に孤軍奮闘した先輩達のオーラ
 
これらに守られているお陰で世界のほぼどこに
行っても歓迎されているに過ぎなくて、
我々のような圧倒的なアドバンテージを持たない
多くの国の国民がいかに世界各国で言われ無き
差別を受け、馬鹿にされ、自国通貨も何も通用
しなくて大変な思いをしているのが『普通の国』
なのかを。
 
我々は、そんな自分の国を蔑み、自分達の政治家を
徹頭徹尾馬鹿にして、自衛隊を解体しろだの、
武器は要らないだの、『世迷言』を言っているか、、
それでも、自衛隊も、警察も、各国に詰めている
領事館も、日本人一人一人の為に日々奔走してくれている。。
文句一つ言わず、不平一つ言わず、いかに自国民に
罵られても、、時には嫌がらせを受けても、、

他の職種と一緒で一握りの人間以外は決して突出して
待遇面で恵まれているわけでもない人が圧倒的に
多数であっても。

今、この瞬間も、我々は、守られている。
海でも、空でも、山でも。
都市でも、田舎でも、海外でも。
明日も。明後日も。その次の日も。
 
そんな、人達が、赤の他人の為に命を落としても
我々は省みようともしない。
感謝しようともしない。
「当たり前だ。権利だ。」といって平然としている。。
 
(-_-)

投稿: kuroneko | 2015年4月18日 (土) 00時15分

>明治以降、太平洋戦争中も天皇に権力があったかは
甚だ疑問です。
  
>全く持って同感です
 
これまでも何度も出てきたテーマですから
近々ミニ記事にしておこうと思います。
 
戦後の邦画の背景としても
とても重要なテーマですし。
  
 
>中東かアフリカに渡るといいですね
ジャスミン革命とやらで権力が失墜して
無政府状態のとこいっぱいありますから
 
 
「第9地区」(2009)
http://tokyo-kuroneko.cocolog-nifty.com/blog/2014/03/post-82eb.html
 
SF映画の体裁をとって
「現代社会」をまんま描いてますよね。
権力も権利も消失して、物質消費社会"だけ"が残っている
超怖い世界(≒現代社会)を描いている秀作です。
 
クソ政権が続いてしまっていたら、
日本もこーなっていただろうし、日本でも凶悪犯罪が
やたらと続発している特定の地域はこーなっているのかも
しれないです。
 
  
「山椒大夫」(1954)
の描く世界は、自分としては記事にある通り、
権利と権力が未分化な社会を許容してしまっている
『人間の弱さ』を描いてると自分は思います。
 
溝口健二の描く人間はいつも
ずるくて、弱くて、男も女も保身に走る。
でも、そこで、人間を神視点で批判したり、蔑んだりせずに、
寧ろ、応援しているところが
溝口健二が巨匠中の巨匠として評価される所以であり、
今後も、世界中でファンを獲得していくであろう理由でしょう。

投稿: kuroneko | 2015年4月18日 (土) 17時13分

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