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2009年12月20日 (日)

映画「日本侠客伝」

2009年に見た映画(九十) 「日本侠客伝」

原題名: 日本侠客伝
監督: マキノ正博
出演: 高倉健,中村錦之助,三田佳子,藤純子
時間: 98分 (1時間38分)
製作年: 1964年/日本 東映
(池袋 新文芸座にて鑑賞)

2009年 5月鑑賞
(満足度:☆☆☆)(5個で満点)

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材木運搬業の縄張りを巡っての沖組と木場政組の抗争を描く。

高倉健のその後の方向性を決定ずける任侠映画の初期の作品。
だが、予備情報が無い状態で観ると作品自体が形骸化しているように
感じられ後で作品の製作された年代位置を確認してみると逆に
面白かった。

形骸化されていると思ったのは高倉健や中村錦之助の立場や
描かれ方がややあやふやで描写も淡白であるという事がまずあるが、
まだジャンルとして完璧には確立していない黎明期の終りの作品
ということが言えるのかもしれない。それでも二人の芝居は実に
メリハリが利いていてその後、延々と手を変え品変え量産されていく
のも頷ける。

形骸化していると思ってしまった最大の原因は若手の某二名の芝居が
かなり酷くて目も完全に泳いでいるのが目に余ったからである。

基本的な体の使い方がなってない。ドスの握り方もふらついていてダメ。
一番いけないのは"目"だと思う。焦点がしっかり定まっていないことが
自分で判っていない。芝居に自信が無いせいかもしれないが、きちんと
した訓練を受けてないか先輩達に放置されているかのどちらかであるか
両方であろうと観ていて痛々しくもあり腹立たしくもあった。

マキノ正博を筆頭にスタッフも流石に充分に判った上で放置していたのか、
この某二名は変に出番が多い割には物語の根幹には関らずに、
任侠映画の最大の見せ場の一つである臨終の場面も芝居も出来ない
代わりにカメラも遠めで二人の出番をさっさと終わらせるという異例?の
ショットとなっているのは面白かった。

音を立てて日本映画が崩れ堕ちていく。

そんなことを観ていて思ってしまった。

しかし実際には本作は大ヒットを飛ばし、その後傑作・名作も生まれて
いくことになる。

しかし、根腐れもまたこの時期確実に始まっていただろう。

黒沢明は80年代に入って急速に顕著になる邦画界の質的及び興行的な
斜陽を見て

・第一にいい俳優がいない
・第二にいい脚本がない

というような主旨の発言をしていたかと思うが
いい役者の枯渇が始まっていたのかもしれない。

本作に近い年代の他の作品でも"彼ら"の芝居は基本的に関心できない。
「新人ですから」では済まない基本的な、撮られることへの怯えを隠せない
覚悟の欠如。

そんな彼らも今はすっかり大御所として扱われているが、年齢的としては
成熟したはずだがその言動は今もってどうも関心できないのが
何だかスタート時の姿と綺麗に符合してそれはそれで興味深い。

フォローしておくと、そんな彼らも中年時代は割りといい芝居している
作品も幾つもあることはある。ぼつぼつ老齢期に入ってきて新人時代の
仕込みの甘さが露呈したといえば言い過ぎか。

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