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2010年1月30日 (土)

漫画「ちんまん」(後編)

漫画(3) 「ちんまん ~中村珍短編集~」(後編)

短編集の前編ではなくて、
読んだ後に少し書いておこうと思う意味での後編。

中村珍という漫画家(♀)については前半で少しの述べているので
そちらをどうぞ。

概ね予想通りの短編集だった。
中村珍という一個の人間に興味を持ちその壮絶なる漫画道に
エールを贈りたいという邪道とも言える買い方であるので
当然であるが中身そのものは特にどうということもなく。
ただ中村珍という女性はブログを見る限り相当に"女"である
つまり情念というものはが感じられ、この短編集からは
確かに期待した通り情念は感じられた。

情念=女であり、したがって女性の描き方はデッサンがどうこう
いう前に"上手い"と思う。この人が本気でエロ漫画描いたら
相当にエロイだろうな。

漫画というものは"ペンとインクと紙さえあれば描ける"ものでは
『断じて無い』。漫画というものは""が物を言う世界、つまり
いかに優秀なスタッフを馬鹿にならない資金を投じて雇い彼らを
回転させ紙面を埋めていくかで悪くもなり良くもなる。
という
誰しもがあまり大きな声では言わないがごく常識であり、誰も
大きな声で言わないがゆえの卓見である。

金が物を言うことをコマの実例を上げて繰り返しブログで述べている
作者の作品であるので、必然的に物語の接合部分の捨てコマ
(場面移動や抑揚のバランスのために置かれる本質的ではないカット)
に自ずと目がいって、それほど上手くもないスタッフが具体的な
指示もなく(?)描いたであろう何気ない夜景のカットや全くどうでもいい
街の風景のカットを面白く見た。

それらの「これくらい俺でも描けんじゃね?(勿論描けない)」的な
たったの一コマでも、そのコマを10秒でも眺める読者が果たして
この世界に何人いるのか心もとない絵でも一人の恐らくは漫画のタマゴ
が思案にくれながら下書きをしてペン入れをして作者のチェックを
受けて場合によっては書き直しをして(さらに場合によっては作者
自らが全くゼロから描き直して)ようやく世の読者の目の前に送られて
いくのだ。

短編集を読んでいて思ったのは中村珍は結果論的に漫画家という
職業に就いた人間なのだろうということで絵を描くことそのものは失礼だが
あまり上手くない。しかし彼女の放つ"情念"が作品を作品たらしめて
いるわけでその情念こそが最終的には決定的に分つものであろうと
思う。

彼女には彼女の持つ技を最大限引き出す編集者なり助言者なりが
必要であることも読んでいて強く感じた。どの作品にも迷走が感じられる。
勿論、その迷走ぶりも初期短編集というものの魅力といえば魅力であるのだが。

とにかく今後是非とも大化けしてほしいものだ。


中村珍女子の運営サイト"珍村"
http://ching.tv/

漫画棚通信さん(ブログ版)のサイト
http://mandanatsusin.cocolog-nifty.com/blog/

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「ちんまん ~中村珍短編集」
中村珍(なかむらちん)著
日本文芸社

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

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コメント

金銭的な問題は映画にしても、音楽にしても同じだと思うのですが
どんなものでも時間と制作費が無限にあれば無限にやりたいことが広がり切りがない
それを期間内・予算内で最大限の効果をあげるのが才能のひとつなわけで
可哀想ですけど彼女にはその部分の才がなかったのでしょうね
同じモノを作るものとして気持ちはわかりますけど
パトロンでも見つけない限り、そういうこだわりのモノを作るのは難しいと思います
こいうい人は
他で資金を稼ぎつつ
趣味で極めるのがよろしいかと思います

投稿: 万物創造房店主 | 2010年2月 6日 (土) 12時46分

>可哀想ですけど彼女にはその部分の才がなかったのでしょうね

まだ若いですから過去形は早計っす(^^;)
「羣青」(ぐんじょう)に関する一連の残念な経緯と結果は
半分は確実に今の日本の漫画(&漫画家)大量消費システムの
負の部分に起因するものですしね。
今年は彼女にとってはリベンジの年になりそうです。
私は彼女自身を応援したいが彼女の描く漫画そのものには
今のところ特に興味がないという邪道なスタンスですが
応援していきたいですね。
 
>こだわりのモノを作る
私の記事は説明不足もいいところですが問題の一つは
それなりのボーダーの作品を描くには最低限の経費
(スタッフを雇って背景をそれなりに埋める)ことが今の
日本の漫画には当然のように求められ、その結果
「ペンと紙さえあれば出来るものでは絶対に無い」と
中村珍に言わしめているわけで私はかなり共感するもの
があります。こだわりたくなくても質は下げられないと。
まあ某メジャー週刊誌の一部某作家はこの点に
果敢に挑戦した結果編集側に干されたりして
それがまた読者に違う意味での楽しさを提供したりと
日本の漫画文化はそういう意味では間違いなく
成熟していると言えますかね(^^)

投稿: kuroneko | 2010年2月 7日 (日) 22時31分

まぁ本来なら
「この金じゃこれしか無理!」って言えば済む話なんですけど
干されるのが怖くてそれが言えないと・・・
結局のところ
制作費・クオリティ以前にどちらかというと搾取形態に問題がありそうですね
こういった問題はマンガ家の労働組合でも作らないとダメですね

投稿: 万物創造房店主 | 2010年2月 9日 (火) 17時37分

>結局のところ
>制作費・クオリティ以前にどちらかというと
>搾取形態に問題がありそうですね
>こういった問題はマンガ家の労働組合でも作らないとダメですね

アニメーションの世界も漫画の世界も映画製作の現場も
こういった側面にメスを入れずに文化大国をほざく
お偉いさんには呆れるほかないすね。
まあ中村珍女史はとりあえずこの件からは復活を
遂げられたようで良かったです。

投稿: kuroneko | 2010年2月13日 (土) 00時52分

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