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2010年6月20日 (日)

過去から未来へ

 

「ネアンデルタール人が絶滅した理由」について以前から少し興味
があって、Wカップの試合を見ながら何となくネットで検索していた。

曰く
我々に繋がっているらしい種であるクロマニヨン人よりも道具を作る
技術が劣っていたために絶滅しただとか、
その我々に繋がっているらしいクロマニヨン人に迫害されため
だとか未だに諸説があるようだが、

 

「狩りの時に分業できずに全員で参加することにより最終的に滅びた」
というのが一番説得力があるように感じ、もしそうであれば興味深い事実である。

ネアンデルタール人は狩りをする時に女・子供も"平等に"総動員して狩りをしたと
思われ、そのために体格が虚弱な女・子供の死傷率が高まり、最終的には
種の存続が出来なくなって滅びたというものだ。

"ネアンデルタール人"という種が絶滅した「本当の理由」は置いておいて、
狩りというシステムに対して"最適化して実行できなかったため"というのは
納得が出来る理由だと思う。

「狩り」という名の厳格なゲームを勝つには瞬時の判断力と持久力と密な連携の
全部が必須項目であり、その一瞬一瞬で要求されるカテゴリーもまた大きく異なる。

獲物を取得するという目的が達成されなければ何の意味もなく、
その為には動員されるメンバーは厳選され個々の役割も明確に
しなくてはならない。より、少ない疲労で多くの獲物を得るには自ずと
「思考すること」が要求される。

本質的に手段を最適化しなくては「成果」は得られない。そこに
体力的、思考判断に差がある者をチームに入れてしまえば、不確定な
因子は増大して良好な結果からは遠ざかることは自明である。

狩りをする最前線の実行メンバーを厳選して、不向きな者はただ排除
するのではなく後方支援として実行メンバーと同様かそれ以上の
役割を担わせることで分業が成立して、獲物という果実を"全員"に
分配することが可能になる。

もしも、全員が最前線で狩りをしてしまえば現代の人間であっても
きちんと統率を取れるはずもなく、仮に獲物を取ることが出来ても
その分配は煩雑を極めて全員が報酬に預かることは絶望的だろう。

力のある者が前に出て、力の無い者は力のある者をサポートするか、
そのシステムのループの維持にあたるか何かしらの労働や責務を
負うことにより入り口(狩りをする者達)から入ってきたエネルギーは
関った者全てに分配されて、各々の"明日"はやってくる。

もしも、ネアンデルタール人がそのループに気が付かないことが原因で
滅びたとすれば、脳の使い方に改善の余地があったのかもしれない。

すなわちbit数と同じように"思考する箱"が狩りというシステムに対して"1つ"
しかなかったことが原因ということがいえる。

2のn乗のnがbit数にあたるわけだがn=1の場合は
1 と 0 の二種類しか答えは入らない。

1: =ON   狩りをする
0: =OFF 狩りをしない

思考の選択肢は関る全員がこれしかない(思いつかない)ので、
生きていくためには全員が「狩りをする」しか選択の余地はない。
狩りをしない者は 0 であるから、当然のように報酬はない。行き着く先は
餓死であるか、または狩りという過酷極まりないゲーム中の死。
bit数そのままに死因もまた2種類しかない

思考の箱が二つあればバリエーションは当然、累乗されるので

11:  =ON(1)   狩りをする1 最前線屈強部隊。獲物を追いこむ
10:  =ON(2)   狩りをする2 待ち伏せ部隊。追い込んだ獲物を狩る
01:  =OFF(1) 狩りをしない1 獲物の解体・調理に当る
00:  =OFF(2) 狩りをしない2 その他雑務に当る

となり、社会システムの最小単位が構成されることになる。
女・子供という外見的な枠組みも緩くなり、それぞれの個々のタレント
(=能力)の優劣に応じて上記の4種類のどこかに"職"を見つける
ことが可能であろう。職があれば誰であれ、怪我をしていようと体が
不自由であろうとほぼ全員が報酬を受け取ることができる

「思考の箱」がもう一つ増えて3つになればバリエーションはさらに
豊かになり獲物の捕獲量もまた倍増ではなく累乗されていくだろう。
捕獲量の増加は役割の多様化を生み「思考の箱」の数もまた増加する。
『社会』の誕生である

ネアンデルタール人には埋葬の習慣もすでにあったようだ。
もし「思考の箱」の数の少なさが彼等の種の衰退の原因であったと
すれば、女・子供・怪我人・病人の全てを巻き込んだ凄惨な"全員での狩り"
をして且つ成果も禄に得ることが出来ずに、あるいはその少ない
報酬を分配する術(=理由)を思いつくことが出来ないままに増え続けた
であろう犠牲者を埋葬する時の哀しみはどのようなものであったであろう。
また、狩りを最適化することにより種の数を増やして、武器の精度も上げ、
より野蛮化していく我々の先祖達を横目で見て何を思ったことだろう。
我々は我々で映画「2001年宇宙の旅」の冒頭のシークエンスそのままに、
武器はやがて宇宙空間にまで打ち上げられていくことになるわけだが。
 

種の絶滅の原因を探ることは、その対象の種を知ることが最終目的
ではなくあくまでも「自分達を知ること」が目的である。そして結局
我々は我々を知ることすら出来ないのであろう。

いくらスパコンを使ってシュミレーションしようが全DNAを解明しよが
「思考の箱」の数がちっとも増えない、システムは最適化されずに犠牲者は
増える一方で減る気配がないのがその証拠である。

とりあえず、我が社の社員の多くはせいぜい2bitくらいしか「思考の箱」
が無い。よって斃れる瞬間まで「自分達が敗れた理由」は判らないであろう。
そうか、この記事はリーマン戦記に書くべきことだったかもしれない(^^)

「思考の箱」の数を増やせ!!
岡田JAPANの1次リーグ突破を祈願しつつ。  

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

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コメント

>ネアンデルタール人は~最終的には種の存続が出来なくなって滅びたというものだ。
んー
僕はこれはないなと思いますけど・・・(^_^;)
こういう日常生活において効率の悪いことはしないんじゃないですかね
虫や動物でも分業しますよ
現代の変に知識がついた頭でっかちな人間なら男女同権とかほざいて、やりそうですけど
まぁ
クロマニョンとの争いの結果か、もしくはクロマニョンと混合してなくなったんじゃないですかね
混合してるかどうかはDNA調べたら分かるのかな?

投稿: 万物創造房店主 | 2010年6月21日 (月) 15時29分

 
>これはないなと思いますけど・・・(^_^;)
 
まあ、「狩り」に限定したら無いでしょうけどね(^^;)
"思考(行動)の選択肢の狭さ"が滅亡の原因の一つ
であることはかなり濃厚なのではないかと私は思います。
"彼等"に限らず進化(&滅亡)というのは結局は方向性の
多様性が鍵ですよね。
 
>虫や動物でも分業しますよ
 
ここ最近強く思うのですが今の現代人が
せめて虫や動物並みに"分業"できれば
世界は相当に平和になるのでは。
日本もそうですね。地方も都会も繁栄を謳歌
できると思います。せめて虫並みに賢くなれば(^^;)
 
>男女同権とかほざいて
頭でっかちと頭に栄養が行っていない人ですね。
今の日本を支配しているのはこの両者ですね。
超怖いです。マジで。ナチスに支配されているのと
全く同じかそれ以下ですね。
 
>混合してるかどうかは
これは、一応証拠らしき存在は発見されている
らしいです。両方の特徴を兼ね揃えた特徴を持った
骨かな何か。。
 
数万年単位の人類の"履歴"(足どり)が判ってしまえば
今の現代史は恐るべき嘘と欺瞞に満ち溢れて
いることが判ってしまうので世界を支配している
人間達は戦々恐々ではないでしょうかね。
もうバレ始めていますが。

投稿: kuroneko | 2010年6月22日 (火) 00時35分

>方向性の多様性
まぁ生き物が生き残るための基本ですね
近親相姦がよしとされないのも、このあたりに理由があるとされていますね

>せめて虫並みに賢くなれば
うーん、賢いというのでしょうか・・・
変に賢いから今の人間みたいになるわけで
「阿保になれれば」と言った方が合うかも
ロボトミーとかすれば、虫みたいな社会にできるかもしれませんけど
僕はあんまりそういうの好きじゃないですね

>両方の特徴を兼ね揃えた特徴
だとすると
接触はあったということですね
するとやはり
争いと和合の結果、クロマニョンが優勢でより特徴が残ったというだけな気がします

投稿: 万物創造房店主 | 2010年6月24日 (木) 15時12分

>うーん、賢いというのでしょうか・・・
 
語弊があることは承知ですが
賢いと言えるのではないでしょうか。
"生態系"の一環を担っているのですからね。
破壊と構築と共生を人間以外はしているわけですね。
人間だって出来るし日本人の持つ歴史は
究極のエコともいえるのに
今はそれを捨てることを国が日本人に
強制しているすね。
 
>「阿保になれれば」
 
"主観を捨てる"という意味ではその通りですね。
己のあらゆる虚飾を剥ぎ取るという努力
 
>そういうの好きじゃないですね

何も考えないでそうなるのは勿論不気味だし
ファシズムの何物でもないですが
思考し尽した上でムダの無い動きをするのは
美しいですね。スポーツはまさにそうですね。
サッカーしかりテニスしかり。
日本のデンマーク戦素晴らしかった(^0^)
 
>争いと和合の結果、

争いの痕は思いの他、発見されていないようですね。
まあ、20年後くらいには相当に解明されているのでは
ないでしょうか。その頃には世界も相当にボロボロに
なっている気もしますね。日本人はその頃どこで
暮らしているのでしょう。。
 

投稿: kuroneko | 2010年6月25日 (金) 05時35分

>破壊と構築と共生を人間以外はしているわけですね
人間が動物みたいに弱肉強食になって、奪い合って殺し合ってすれば
数が少なく保たれていいんでしょうけど
もう知恵をつけてしまってますから無理ですよね
そうなると
その中でどうできるかですよね
まぁ僕の場合
人間は十分自然の中にいて、別にはみ出ていない
地球はそんなに軟くない
別に地球のために何かする必要は全くないと思ってます
地球温暖化なんてほんとにどうでもいい
近い将来
食料・資源、あらゆるものが足りなくなったとき、自動的に人間は減ります
そのときに生き残るために
人間は人間のためにがんばってエコするだけです
そのうえで
自然が人間をいらないと思えば自然に人間は消えていくでしょう

投稿: 万物創造房店主 | 2010年6月26日 (土) 14時10分

>別に地球のために何かする必要は
>全くないと思ってます
 
これについては矛盾や誤謬が全然整理
されていないし故意に攪乱しているようにも
見受けられますね。
「地球のためといいつつ人間は人間のため
にしか地球に何もできない」
ということをきちんと把握して事にあたるべき
なのに。
 
人間の言う"自然"や"地球"というのはあくまでも
どこまでも人間にとって都合の良い意味での
それでしかないということを我々はもっともっと
自覚しないといけないですね。
 
>食料・資源、あらゆるものが足りなくなったとき、
>自動的に人間は減ります
 
これは、何とも言えないところですが
恐らく人類が減るとしたら食料・資源、あらゆるもの
の供給が破壊された場合ですね。
足りないかといえば、私は足りることは全く
可能だと思います。ただ、供給をコントロールしたり
独占したい民族や組織が多すぎて減ることも
ないのでくだらない争いを繰り返して
「あらゆるものを供給する"術"を人類は失う」
ことにより大変な目にごく近い将来合うでしょうね、

備えて残っても何だか本当に「北斗の拳」の
世界な感じのような気がしますね(^^;)

日本はそういう点ではリーダーになれるのに
このままじゃもう10年くらいで本当に何もかも
ダメな国になりそうですね。
戦後、ふざけた組織・集団を増やしに増やして
税金を好き勝手に使わせてよくここまで持ったと思います。
BGMは蛍の光。。(ーー;)

投稿: kuroneko | 2010年6月26日 (土) 22時00分

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