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2010年8月14日 (土)

映画「博奕打ち 総長賭博」

2009年に見た映画(132) 「博奕打ち 総長賭博」

原題名: 博奕打ち 総長賭博
監督: 山下耕作
脚本: 笠原和夫
撮影: 山岸長樹
出演: 鶴田浩二,藤純子,桜田弘子,富山若三郎,金子信夫
時間: 95分 (1時間35分)
製作年: 1968年/日本 東映
 
2009年 7月鑑賞
(満足度:☆☆☆☆+)(5個で満点)

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ヤクザの世界の本質中の本質である『ゼロサムゲーム』(=合計ゼロ)を
整合性の高い脚本で描いていて傑作。三島由紀夫が賞賛したと
いうのも全く納得の出来だ。

"「悪」とは一体なんだ"という問いかけの回答は簡単そうで
なかなか難しいが本作では「善」は抽象的にしか描かれていないが
が悪は鮮明・明快に描かれている。

「悪」とは"それ"が存在する限り人が故意に死に続けることであり
その死によりさらに"それのみ"が繁栄することであり"それ以外"は
衰退し続けること
だ。要は今の日本の政権与党とその一味を思えばよろし。

その悪が誰なのか判るまで主役の鶴田浩二は我慢し続け耐え続ける。
そしてその悪を倒した鶴田扮する男は人殺しでしかない。

仁義だ任侠だといったところで俺は人殺しだと言い切らせることに
監督山下耕作の社会に必要悪が存在することへの怒りを感じ
作品への観客のシンパシーもより高まる。

殺し・殺されのスキームが克明で生々しい過ぎるので多分、所謂
「ヤクザ映画」「任侠映画」が好きな人からは敬遠されるのでは
ないかと思われるほどのリアル感が全編隅々まで漂っていて
自分としては大満足だ。もっとリアルでもいいくらい。

庇い続けてきた総長になるはずだった杯を交わした富山若三郎と
関係を反故にする杯を砕くシーンの完成度は任侠映画の中でも
屈指の出来だろう。

人のシマから少しでも何かを獲ったら報復される。獲ってなくても
獲ろうとしただけでも因縁をつけられたかられる。克明にヤクザの
世界を描けば描くほどその無法な世界は"堅気の世界"と微塵も
変わらないことに観る者は戦慄を覚える。

脚本を担当している笠原和夫はマキノ雅弘の任侠映画や深作欣二の
仁義なき戦いシリーズを多数手掛ける"その道"のプロである。
著書の「映画はやくざなり」「破滅は美学」ってそのまんまやないか(^^)
でもちょっと読んでみたい気はする。「二百三高地」(1980)や「大日本帝国」(1982)
など独特オーラ溢れる東映戦争物もガッツリと担当。「二百三高地」は
若い頃レンタルで観て脳味噌がすっかりやられたとです。

kuroneko的任侠映画暫定一位作品。
任侠映画・ヤクザ映画を製作する人間にとっては鑑賞必須の作品であろう。
もう一度観てみたい気がする。因みに三島由紀夫が自決するのは本作の
公開から二年後のことである。  

 

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