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2010年10月31日 (日)

映画「日本の悲劇」

「日本の悲劇」

監督: 木下恵介
脚本: 木下惠介
撮影: 楠田浩之
美術: 中村公彦
出演: 望月優子,桂木洋子,田浦正巳,上原謙,高杉早苗,佐田啓二

時間: 116分 (1時間56分)
製作年: 1953年/日本 松竹

(満足度:☆☆☆☆+)(5個で満点)
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終戦後まもない混乱期における一つの家族の"断層"を名匠木下恵介が描く。

 本作が製作された1953年というのは戦後日本における極めて重要な
端境期といえる年である。1951年9月に世にいうサンフランスコ講和条約が
締結されて日本は主権を回復した。国を挙げての戦争そのものは1945年8月に
事実上終了し、その後1951年(または1952年)までは所謂"Occupied Japan"と
よばれるGHQによる占領下の特異な時代であった。1951年9月の同条約により
映画製作の場における多くの制限も正式に取り払われてその華々しい成果が
開花するのが1954年である。1954年に製作された邦画一覧の凄さは正式に
別途記事にしたくて仕方がないがとりあえずは、成瀬巳喜男の傑作「山の音」
の記事で多少触れているので興味のある方はどうぞ。

さて、そういうわけで954年以降の作品には意識的も無意識的にも、

戦争を過去のものとして、戦争のない時代から見て描く

という下地が入っていることはそれぞれの作品から見ても痛切に感じられる。
本作はサンフランスコ講和条約という巨大な断層を国民が自覚できる前の
最後期の作品であるといえる。それゆえに精神面の上で家族に起こった
戦争による傷痕にはリアリティがあり、母と娘と息子のそれぞれに起こった
"悲劇"が当然のことながら三者三様に異なる点も上手く描けている。
そして、曲がりなりにも日本国内においては国際法的に"平和"が宣言
されたこの後の時代では家族の描写も戦争の描写もその解釈も全てが
グダグダでいい加減になっていくのは何たる皮肉であろうか。

また本作の凄さは描かれている家族の断層は"戦争によるもの"とは
単なる口実に過ぎず、登場人物は皆一個の人間としてのエゴイズムの
正当化を戦争という混乱のせいにしているということではないか。

母は戦争を口実に子供たちを放置して、そのことが彼等の心にどれほど
大きな傷を遺しているかに気付かない。

娘は母への抵抗としてあるいは自己防衛として、男達に近づき
または狙われ、その結果として母を責めまた自分も傷ついていく。

息子は、母の世代そのもの全てを否定する口実に母の素行をひたすら
責める。

後半の親子の救い難い関係の修復の不可能性の描写、母の絶望と娘・息子の
母に対するドライさは半世紀以上の戦後の混乱期末期の作品であるのにも
関らず、戦後幾度となく訪れる日本の精神的な断層と家族の崩壊に
ダイレクトに繋がっていく問題そのものであり、今の2010年までも根本的な
解決作を見出していないどころかさらに深刻になっている点を完全に
トレースしているという面で驚きを禁じえない。

悲劇であろうと喜劇であろうとやはり何かを表現するということはその対象の
本質を射抜く眼を持つ事であり恐らくは射抜いただけでなく、解釈して
再構築して他者に提示するには"ある種の良心"=才能と呼ぶべきものが
必要不可欠だと思う。

桂木洋子は本作では戦争(秩序の破壊)における"女性"としての最大・最悪の
悲劇を被る大人の女性になる直前の役を愛らしく哀しく演じているが、同じく
木下恵介による「破れ太鼓」(1949)では、何もかもが楽しくて仕方がない元気
一杯の多感な年頃の彼女が見れて楽しい。伝説の名監督マキノ雅弘による
「武蔵と小次郎」(1952)は本作の前年の作品でありながら「破れ太鼓」の時
よりも幼いとしか思えない美少女ぶりが謎である。サンフランシスコ講和条約
による一つの時代の終焉と次世代の爆発を1954年として見ると「武蔵と小次郎」
も前近代的な匂いが感じられないこともなく興味深い。

佐田啓二の弾き語り役も出番はとても少ないながらも印象深さは圧倒的で
今の時代に決定的に欠けている演出的な何かを感じる。

高校卒業とか、成人式とか、独り暮らしの開始とか、個人における大きな"断層"
を迎えるときに本作を見ておくことは有益ではないかと思う。小難しい時代背景など
何も事前に知る必要もなく寧ろそうした若い世代に観て感じて欲しい作品である。
その後の人生にプラスになる栄養を得ることが出来るであろう。

[日本国との平和条約 Treaty of Peace with Japan (サンフランシスコ講和条約)]
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この条約によって正式に、連合国は日本国及びその領水に対する日本国民の
完全な主権を承認した(第1条(b))。なお、第1条(a)にあるように国際法上では
この条約の発効により、正式に日本と連合国との間の「戦争状態」は終結した
ものとされ、ポツダム宣言の受諾を表明した1945年8月14日や国民向けラジオ
放送を実施した8月15日、降伏文書に署名した1945年9月2日以降にも
戦争状態は継続していたものとして扱われている。
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(ウィキペディアより)

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