« 観_10_10_15 | トップページ | 映画「襤褸と宝石」 »

2010年10月17日 (日)

映画「意志の勝利」

2009年に見た映画(143) 「意志の勝利」

原題名: Triumph des Willens
監督: レニ・リーフェンシュタール
脚本: レニ・リーフェンシュタール,ヴァルター・ルットマン
音楽: ヘルベルト・ヴィント
時間: 112分 (1時間52分) [モノクロ] [DLPによる上映]
製作年: 1934年/ドイツ

2009年 8月鑑賞
(満足度:☆☆☆)(5個で満点)

---------------------------------------------------------------

1934年9月4日からニュルンベルクにおいて6日間行われたといわれる
国家社会主義ドイツ労働党の全国大会の模様を記録したプロパガンダ映画。

製作に"アドルフ・ヒトラー"が名を連ねているのがどうにもインパクトがある本作。
ベルリン・オリンピック(1936)を記録したドキュメンタリー映画「オリンピア」と共に
プロパガンダ映画として見事なまでに機能した作品として名高いとのことで
観るのがとても楽しみだった。

前売り券を数枚購入して場合によっては一週間毎日観に通うようかと
真剣に考えたくらい。控えめに考えて、最低でも二回は通うことになりそうだ。

さあ、とくと洗脳してください。

期待大であったが、自分が想像したよりも作品の完成度としての"アルコール度数"は
高くなくて酔えなかった。正直なところ大戦以後の反ナチスというか資本主義経済を阻害
したり規制するものはとりあえず全部『ナチ』または『アカ』ってことで
ヨロシク~~~~~っね(*^ー゚)b
という反プロパガンダのプロパガンダ的諸作品の絶え間ない徹底的な洪水に
慣れすぎているせいか、

「。。こんなものか」

というのが正直なところだ。

ただ、以前より実際の映像として見てみたかった自己陶酔してガナリたてる演説を
するだけではないヒトラーや、いつの時代でも存在するごく普通の若者達が惹かれて
その若者達の集合体によるナチスという組織の映像を見てみたかったので
その点については本作は、ごく個人的な興味本位の点においては及第点で
永久に悪魔の権化の烙印を押されてしまうとは恐らく夢にも思っていない彼等の
実に屈託の無い笑顔を捉えた映像は逆にとても貴重だと思う。下手をすれば
そのまま本作を見せても"あの"ナチスの党大会でしかも後の世界の混乱に
決定的な役割を果たした歴史的な大会であるとは判らないかもしれないと思える
ほどに"魔力"は感じられなかった。時代は良くも悪くも変わったのだと言える
かもしれない。

ナチスのシンボル逆十字や鷹の意匠だとかでゴテゴテと作った旗だとかを掲げて
行進する人々の姿はどこか知らない国の余所者が参加しても面白くも何ともない
田舎くさい運動会というイメージがぴったりで我が国で毎年行われる夏の甲子園大会
の行進の方がよっぽど精神的に崇高なものが感じられ、一糸乱れぬ様にはある意味で
由緒正しいプロパーなものを感じる。レニ・リーフェンシュタール女史の計算されぬいた
カメラアングルやヒトラーを政治的指導者以上の存在に高めた演出等が絶賛される
本作だが率直な感想として正直そうでもない。温い。ご立派なプロパー作品であると
予め肯定して観てあげなくては失笑しないで観るのはかなり難しいだろう。

つまるところ、本作自体については人を煽り立てる触媒そのものとしての機能は
案外かなり弱いということがいえる。ナチスという組織に対して問答無用で心酔する
者があくまでも自己満足として観て喜ぶだけのプライベート・フィルムか、または
同じくすでに心酔した浅墓な者がより浅墓になっていく為の効果はあるとのだろうと
思う。本作でプロパーされる者ならば結局のところどんな勧誘にも引っかかり
何色にも染まってしまう者なのだろうと思う。そして、もう一つ実に強力に
圧倒的に作用する効能としては、本作の中でもっとも出来の良い数十秒程度の
シーンだけを抜き出して「こんなに酷いプロパガンダ映画を"ヤツラ"は作って
いた」という反ナチスのプロパーに利用する時だというのが何よりも皮肉だ。

本作は今後、永久に反ナチスの旗印の下に「好き勝手に振舞う連中」の
印籠として立派に機能し続けるだろう。本家の為にもアンチの為にも、
有害であっておよそ何の役にも立たないということ自体がプロパガンダ映画
の罪であることを見事に証明しているという点を評価すれば、本作はなかなか
よく出来たプロパガンダ映画だといえるかもしれない。

本作自体は全く危険でも何でもない「ファニーな」ドキュメンタリーに過ぎない。
そして、このような作品を血相変えて観ることを強制する人間こそ、肯定するに
せよ否定するにせよ極めて危険であり、全体主義を心のどこかで待ちわびて
いるのだろう。

レニ・リーフェンシュタールの他の作品は是非観てみたい。彼女がこの作品を
どのように感じ、他の作品を監督し第二次大戦後の世界をどう考えて生きた
のかはそれなりに興味がある。個人主義も社会のシステムも同時に崩壊して
しまった21世紀の今という時代においては本作が女性によって撮られたことを
検証する意味は大いにあるだろう。

結局前売り券は一枚購入で一回鑑賞のみ。
ヒトラーとナチスについてはちょこちょこと断続的に文献にあたっているので
今後、参考用の作品としてもう一度観てみたい気はしている。観て楽しむ
ためではない。観る目的を人文学的見地から楽しみは当然ある。

本作の主題である党大会が開かれた時、すでにヒトラーは
国民の圧倒的支持の下に大統領と首相を兼務する地位に合法的に就いていた
独裁者は権力の掌握を目指し、ドイツ国民は自らの意志に基づいて"その全て"を
喜んで差し出したのであった。

歴史は繰り返すのだろうか。地球の裏側の人間とも瞬時にコミュにエーションが
取れるツールを得た今という時代さえも。

 

---------------------------------------------------------------
映画感想一覧>>

 
    

[関連記事]

映画「帝国オーケストラ ディレクターズカット版」(2008) >>
映画に見る歴史の綻び (09/06/22) >> 
ある人間の履歴(一) (10/09/05) >>  

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
  
 
 
 
 
  

|

« 観_10_10_15 | トップページ | 映画「襤褸と宝石」 »

映画」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 観_10_10_15 | トップページ | 映画「襤褸と宝石」 »