映画「父と暮らせば」
2009年に見た映画(150) 「父と暮らせば」
原題名: 父と暮らせば
監督: 黒木和雄
脚本: 黒木和雄・池田眞也
出演: 宮澤りえ,原田芳雄,浅田忠信
時間: 99分 (1時間39分)
製作年: 2004年/日本 パル企画
2009年 8月鑑賞
(満足度:☆☆☆☆)(5個で満点)
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終戦から数年後の広島。原爆投下により父を失い自らも被爆した
美津江(宮澤りえ)は、自分が生き残ったことに負い目を感じ続けて
生きていた。しかし、ある日死んだ父(原田芳雄)は幽霊となって
美津江の前に現れ"生きる"ことに執着することを説く。井上ひさしの
同名の戯曲を映画化。
黒木和雄の作品では、
「龍馬暗殺」(1974)
「紙屋悦子の青春」(2006)
が自分はとても好きだ。「龍馬暗殺」における龍馬演じる原田芳雄は
死ぬほど男臭くてカッコイイ。本作における原田もまたとてもダンディで
素敵だ。幽霊という設定を借りて原爆による被害者そのものとして、
その不当性を叫び、美津江の父として、娘に生きる指針を示し、
幽霊という"存在しないもの"として美津江の恋と生きることの負い目の
整理できない心の葛藤としての解決として父の霊という対話の存在
として三位一体のような存在を原田芳雄はきちんと体現して演じている。
宮澤りえはとても美しく、まだ若く、生き残ったことを喜び、謳歌して
よいのにそのことを頑なに拒否する姿勢に嫌味がない。
「演技」とは人物造型を加算していく行為ではなくて、煩悩に塗れた
実社会の人間共の中からあらゆる無用なファクターを抜いて、抜いて、
ある特徴だけに簡略化したキャラクターをまず作って、そのキャラクター
が現実にいるかもしれないと思わせるように動くことである。宮澤りえは
それを苦心して実行して、結果的に出来ているかはともかくとして、
その苦心の様が彼女の美しさをさらに増して、観る者に感動を与え
るのだろう。黒木和雄は硬派なフィルモグラフィーを遺しつつ女性を
美しくエロく描くのが実は上手いと思う。「龍馬暗殺」、「紙屋悦子の青春」、
「美しい夏キリシマ」(1945)、「TOMORROW 明日」(1988)、、物語の
鍵となる女性は皆美しく撮られていてエロイ。
エロいことは黒木和雄は多分に確信犯的に撮っていると思う。
その生涯の前半生は戦争の時代に丸ごと翻弄された。黒木は
眼の前で親友を機銃掃射でズタズタにされるのを目撃し、しかも
怖くてザクロと化した友人を置いてその場を逃げてしまったことを
生涯負い目とした。黒木和雄の作品のテーマはその全てにおいて
「戦争とはなんぞ」「人間とはなんぞ」という問いかけに満ちている
といってもいいのではないか。戦争とは人が多く死ぬことであって、
生きることとは人が根源的な喜びを謳歌することであってそれは
すなわち性的なものに直結する。答えである性に浸る作品は掃いて
捨てるほどあるが、黒木作品はその答えを肯定するまでの人間の
葛藤を多いに肯定してやまないところに崇高さと今後もファンを
獲得していくであろう作品の奥深さがあるように思う。
そんな黒木作品にあって、本作の浅野君は、残念ながらミスキャスト
であったと思う。ないものねだりでいえば加瀬亮か、または加瀬の
ようなオーラを出せる俳優であった方が良かった。浅野君は勝手
ながら性のアウトプット側としか思えない人間であって、本作は
そのことに偽善であろうと何であろうと、絶対的に何かしらの葛藤を
有して生きていることがまざまざと判ることが演じられる俳優で
なくてはならなかったのはあるまいか。浅野君には罪はないのかも
しれないが極めて重要な役ながら、台詞も動きも余り無いのは、
もしかしたら黒木監督もキャスティングの段階で浅野君演じる
青年の"エロスの表現的限界"のようなものを見透かしたのかも
しれない。本作はどこまでも父と娘の物語であるが、美津江が
淡い思いを抱く青年を、物語を完璧に体現できる俳優が演じた
のであったのならば、父から娘を心身共に完璧に強奪しつつ、
且つ自分の存在の完全なる不浄性に懊悩する若者と父と娘の
トライアングルが描かれ、黒木が本当は描きたいであろう生きる
ことの素晴らしさとその罪の両方を本作で描けたのかもしれない。
「紙屋悦子の青春」(2006)は遺作にして、その点にまで描けている
傑作なのではないかと思う。
本作は何度思い出しても惜しい作品であるが良い作品といえる。
子供が見ても仕方がない。大人が黙ってみて何事かを考え、
感じ取るべき作品。
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