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2011年1月19日 (水)

観_11_01_18

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都内某所で久しぶりに新作と呼べる映画を観る。アメリカと
イギリス資本による特殊な育てられ方をした少女と何一つ
として突出した物を持たないと思いこんで生きてきた青年の物語。
内容的に一人で観るのもどうかと思ったので年下の友人を
誘っての鑑賞。中盤までは予想以上の暴力描写の連続で
その意図もやや解しかねる展開に「独りで観るべきだったか?」と
思ったものの最後は恐らくは若者を中心にしてヒットしている
作品だけあって今の殺伐とした"殺人狂時代"と呼ぶに
相応しい時代における大団円?であった。鑑賞後は余り普段
感じない高揚感のようなものもあり、その理由は過剰な暴力に
彩られながらも反暴力の骨格があるからなのだろう。「傑作」だ。
テンション低めでどうしようかと思っていたがこれで今月は
乗り切れる気がする。友人にこれから何の作品を勧めていく
べきかという点においても極端な方向の作品を観てもらう
ことで逆に方針も固まったので良かった。明治期の文豪
夏目漱石はすでにその時代において若者達の傲慢さと孤独を
憂いて「彼等若者をここまで追い詰めたのは我々大人である」
という主旨の言葉を残したがこの作品を観ていてもしみじみと
氏の言葉を思い出した。今や大人も子供も青年も皆孤独で
粗暴でズタズタのボロボロである。それでも"光"はないかと
いうとどこかにきっとある。


 

 





 





   
   



 






 

 





 




  
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 


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