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2011年2月13日 (日)

映画「罪の天使達」

2009年に見た映画(166) 「罪の天使達」

原題名: Les Anges du péché
監督: ロベール・ブレッソン
脚本: レモン=レオポルド・ブリュックベルジェ神父,ロベール・ブレッソン,
        ジャン・ジロドゥ
台詞: ジャン・ジロドゥ
撮影: フィリップ・アゴスティーニ
音楽: ジャン・ジャック・グリュネンヴァルト
出演: ルネ・フォール,ジャニ・オルト,シルヴィー,マリー・エレーヌ・ダステ
時間: 96分 (1時間36分) [モノクロ]
製作年: 1943年/フランス

2009年12月鑑賞
(満足度:☆☆☆☆+)(5個で満点)

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元服役囚を受け入れるドミニコ会女子修道院で働く理想に燃える若き修道女
アンヌ=マリー(ルネ・フォール)と元服役囚のテレーズを軸にして修道院で日々を
過ごす女性達を描く。ロベール・ブレッソンによる長編の第一作。

 

アンヌ=マリーは"陽"、元服役囚のテレーズは"陰"、修道会は"社会そのもの"
として、副院長は社会の秩序維持の巨大機構(=権力)としての"善"(正論故の悪)、
そして修道女達はあたかも労働の義務と秩序に服従する責任を有する"市民"
として描かれる。

理想の実現に邁進し上層部との対立も辞さないアンヌ・マリーは必ずしも善人
ではない。時には怒りに身を任せる"人間"である。副院長は時に修道院という
"世界"を司る"神"の如く振る舞い"市民"の顔色を時にコントロールし時には
意見を採用し世界の秩序が壊れないことを最上位目的に生きる。

アンヌとテレーヌは互いを分かり合うことはないが、組織から疎まれる
"アウトロー同士"という共通点からいつしか同一の方向へと向かい、運命は
同じ着地点に二人を誘っていくことになる。ジャン=ジャック・グリューネンヴァルト
の手掛ける音楽が"外"に向かって開かれている感じがあって大変よい。

特筆すべき点の一つは本作はナチス・ドイツ侵攻後のヴィシー政権(1940-44)下
における作品であるという点。といってもヴィシー政権は5年も続いており、この
5年は世界史的視野で見ても今の世界情勢に実に膨大な点においてダイレクトに
繋がっている非常に長く且つ決定的な5年であるので、本作や他のフランス映画
にどのような影響があるのかは当然ではあるが簡単に述べられるものでは
ないだろう。

蓮實重彦(はすみ しげひこ)は「ヴィシー政権下のフランス映画はある種の繁栄を
誇っていた」として、本作においても「「繁栄」を遥かに越えた妖しい美しさが
みなぎっている」と述べているが"ある種の繁栄"とは優れた作品が作られることで
ナチス・ドイツの強い影響下にある同政権の維持に強力にプラスに働いてしまう
皮肉と、またそのことを誰よりも熟知していたのはアドルフ・ヒトラーと恐らくは
ゲッペルスとまた優秀なテクノクラート達であったであろう。作り手側もまた
そういった諸事情を知りぬいた上で製作したに違いなく結果としての"見事な"
果実であり"妖しい美しさ"を放つことになる。やがり映画は社会と人を写す
『鏡』の役割を偶然的にも必然的にも持つ。

何年かに一回は観なおしたい作品だ。見る度にきっと異なる感慨を持つのでは
ないかと思う。

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