« 映画「切られ与三郎」 | トップページ | 終りと始まり »

2011年4月17日 (日)

雑誌「文藝春秋」3月特別号

 
 

雑誌「文藝春秋」3月特別号

政治家・小沢一郎に生前葬を

元内閣総理大臣(第76代・77代)である海部俊樹が間近で見た
小沢一郎という男について手記を寄せているので書いておきたいと思う。
海部俊樹については特に深い印象を持っていなかったが、この号に掲載
された手記は非常にわかり安い平易な文章で書かれており好感を持てる。
一方、小沢一郎という男については自分は政治家としては認めない。
権力のパワーバランスの均衡をコントロールして自分の地位を保全してきた
この男は今後も日本に害悪以外何ももたらさないであろう。
2011年4月時点での現在の日本の深刻な問題は、国民が幾度も
レッドカードを渡しているにも関らず政権の座に居座っている
愚連隊による機能麻痺"だけ"が原因であるといっても決して
過言ではなく思想信条、党派を越えて良識ある日本国民の
常識となりつつある事実である。

この度の震災によるものではなく、政治的機能麻痺による明治維新以来の
(太平洋戦争よりも遥かに今回の方が深刻な危機である)最大最悪の
人災による危機の中で小沢一郎はまたしても人心を巧みに利用して
自己保身に走ろうとしている。ほとんど故意である政治的な機能不全
による国家システムのメルトダウンに加えて小沢一郎という男に
今以上の権力を握らせてしまえば数百年の時を育んできた
「日本」という国家概念は根本から解体されてしまうだろう。

と、長い前置きになったが以下は海部俊樹による手記から
汲み上げる小沢一郎という男についての羅列他である。
海部俊樹については「墓場まで持っていかない」として2010年
に出版された「政治とカネ」も読んでみたいと思う。

政治家・小沢一郎に生前葬を (P106-P115) から要点抜き出し

・"私"は海部のこと)
・太字は私kuronekoがより重要だと思われる点
------------------------------------------------

○ 小沢氏は政界から潔く身を引くべきである。

○ 小沢氏の権力を維持する手法は旧態依然としている。

○ 「政治とカネ」の問題を解決しない限り日本の政治は前進しない。

○ 三木武夫(海部の政治の恩師)の口癖は
  「政治家のもっとも大切な資質は、一億国民の倫理観に耐えうること」
    だった。

○ '72年、三木武夫と田中角栄等が自民党総裁を争った際には
    当時クリーンと思われていた三木も各派に金を配った。

配られる金の出所は官房機密費からの場合もあった。

審議を拒否する野党に審議に応じてもう為に金を配られる場合もあった。

○ '91年小沢氏の幹事長辞任により海部の政治改革法案が頓挫する。
  『彼のその後の態度を見るにつけ、「やれなかった」のではなく
  「やらなかった」のだと痛感しています。』(P108)

○ 小沢氏の政治手法が原因で羽田内閣は総辞職に追い込まれる。

○ '94年私が党首、小沢氏が幹事長という体制で新進党が結成される。

○ '95年12月に小沢氏が新進党の党首になるが同志が次々と離党する。
    '95年末に小沢氏は唐突に解党宣言をする。

○ 「自自公連立」が安定してきた頃、小沢氏は連立離脱をいい始める。

  『私は「今度ばかりはそうするな」と説得しましたが、彼は「それでは
  相手になめられてしまう」というばかり。』(P109)

○ 最後まで民主党にしがみつくのではないか。仮に離党することに
    なっても小沢氏に従って党を出るのは20人くらいではないか。

○ 「政治とカネ」の問題にけじめをつけると大見得を切った管直人は
    小沢氏を切るべき。

○ 内閣改造(第二次管内閣)では小沢と関係を絶った藤井裕久に 注目。

○ 札束は最低三百万はないと"立たない"。

  『竹下さんや金丸さんから「海部、選挙の前は立つほどやれよ、
   立つほど」と言われました。』(P112)

○ 私は自分で集めた金を配ったが小沢氏の配る金の大半は
    天下の公金(税金が原資の政党助成金)である。

小沢氏は理想を掲げて政治を行う政治家ではなく、
    権力を維持するのが自己目的化している政治家である。

○ 総理在任中にゴルバチョフ大統領と北方領土問題について
    交渉していたが、小沢氏がモスクワに行ったが海部に対して
   電話で 「会えなかった」の一言で終りにした。

  『モスクワの小沢氏から夜晩くに電話がかかってきてた。
      「総理、悪かったけど、あの話はなかったことにしてください」
   「どうしてだ」と聞くと、「会えませんでした」という返事だった。
  要は話が通っていなかったのです。しかし、これだけ重要な
  案件を電話で伝える神経もわかりませんでした。
』(P115)

------------------------------------------------

最後の北方領土の返還交渉に関する記述は特筆に値する
であろう。海部内閣は四島が返還されれば280億ドル(1ドル90円と
すると2兆5千2百億円)もの経済援助をする段取りだったと
海部は述べている。「金で買ったのかと批判されても構わない」
というのは将に政治的決断で、その真意や是非は別としても
2011年4月現在のロシアとの交渉の余地の無さから思えば
遥かに評価されて良い。
それをたった電話一本で「ダメになった」
と伝えてオシマイとする小沢一郎の"軽さ"は今の政権与党の姿勢
と全くもって同じものだ。疑わしきは果たして、小沢氏はモスクワで
本当に北方領土返還に向けた交渉の糸口を見つける為に奔走
していたのだろうか?実際のところモスクワで一体何をしていたの
だろうか?

政治家にとって「言葉」はとても大切なものである。また、不言実行でも
有言実行でもどちらでもいいのだが「行動」もまた等しく大切である。
しかして言葉は綿毛よりも軽く、その行動は国民の為でも日本の為
でもありえず自己保身の為でしかない小沢一郎と現政権与党には
やはり国政の場を去って頂かなくてはならないだろう。















 
 
 
 
 
 
 
 

|

« 映画「切られ与三郎」 | トップページ | 終りと始まり »

書籍・雑誌」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 映画「切られ与三郎」 | トップページ | 終りと始まり »