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2011年4月 9日 (土)

呟_11_04_09

呟_11_04_09

   
   

震災以降、何とはなしにツイッターを見る(読むでなく"見る")
ことが多くなった。自分のライフスタイルとしてはツイッターを
リアルタイムに"見る"必要は全くないのでブログとか幾つかの
お気に入りのサイト同様にただURLを取っておいてパソコンで
クリックするだけ。

「こういった社会状況だから情報を少しでも得たい」

という大袈裟な考えではなくて、ある特定の人の考えを知りたい
という素朴なものだ(まあ同じようなものだが)。気がついてみると
あくまでも気ままに選んだつもりが漫画家さんのツイートが多い。
多いとっても総数で10個程度しか見ていないのだが。年中
紙に向かって孤独と戦っている人々だから、その"呟き"に惹かれる
からだろうか。たった数行の内容に関心することも非常に多い。

大災害以降、ツイッターによるデマが深刻化しているのか、少しは
沈静化したのかしらないが、本質として『確固たる情報源を持って
発進されるシステム』ではあり得ないのだから(どっちかというと
その真逆を楽しむもの)デマは流布されて当たり前だし津波の如くに
拡散をするもの無理からぬことだろうと思う。そもそも自明のことだが
ブログとか所謂ホームページなどと決定的に異なるのは、

文章を構築する手間と時間を避ける
= 思ったことをそのまま呟ける

ことにこそありそれが醍醐味なの(だろう)から正確性を求める
のは少し違うのではないだろうか。それでも今回の一連の
大災害でツールとしての機能は充分に役立っているといえる。
社会のあらゆるインフラがかなりの速度で破壊が進行しているから
"速度"という点を重視して使うのであれば対抗する強力な武器になりうる。
実際、震災に特化した情報を流して有効に利用していると思われる
人々が心がけているのも何よりも速度と、そしてその速度に相応しい
情報の内容だろう。これからも一年か二年は活躍するのだろう。
その後は判らない。

被災者の方々や原発付近にいる方々の呟きやブログを
見たり読んだりしたいと思う。原発の"安全"が嘘であったように
高度情報化社会なるものも今回の震災で嘘であったことも
また明白ではないだろうか。情報を発信したい人々はツールを
奪われたまま与えられることはなく、情報を受信したい人は
その内容を自分で納得いくまでチョイスすることが出来ない。

インタラクティブということの意味を考える良い機会ではある。

 




 
 

 




  
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 





  
  
  
  
 
 
 
 





 

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