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2011年4月24日 (日)

映画「剣」

2009年に見た映画(171) 「剣」

原題名: 剣
監督: 三隅研次
脚本: 船橋和郎
撮影: 牧浦地志
美術: 内藤昭
出演: 市川雷蔵,藤由紀子,川津祐介
時間: 95分 (1時間35分)
製作年: 1964年/日本 [モノクロ]

2009年12月鑑賞
(満足度:☆☆☆☆☆)(5個で満点)

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剣の道に己の全身全霊の全てを賭けて生きる男、国分二郎(市川雷蔵)。
そこにあるのは美学かまたは狂気か。事件は夏の合宿中に起きた。
原作は三島由紀夫。

 

市川雷蔵の役者馬鹿としての美学と狂気。
三隅研次の映画監督としての美学と狂気。
撮影監督、美術監督それぞれの立場の美学と狂気。
原作の持つ(であろう)美学と狂気。

幾つもの"美"と"狂"がギュウギュウとフィルムに詰め込まれた傑作。
閉じた集団(体育会系)が持つ固有の"オーラ"や"匂い"、他者が容易に
入り込めない圧倒的な壁。そういったものを本作ほど完璧に作り出した作品は
これまで鑑賞してきた映画の中では無い。圧倒的な完成度だ。
物語そのものよりも、本作の見所はこの窒息しそうな、防具の汗臭さが
画面から出ているに違いないような『空気』を楽しむことに尽きる。

撮影は永久に語り継がれるであろう名作「座頭市物語」(1962)でも
三隅研治とコンビを組んでいる牧浦地志。美術は同じく「座頭市物語」や
こちらも三隅研治監督の「鬼の棲む館」(1969)、黒木和雄監督の秀作
「TOMMOROW 明日」(1988)などに参加している内藤昭。
剣道場と剣士達の存在によって構成される"横長"の空間構成を映画
スクリーンの比率の類似性に合わせ臨場感を高めようとする意図は明白だ。
優秀なスタッフ達の仕事(狂気)という強力なエンジンの上に三隅研次と
市川雷蔵という天才ドライバー達がアクセル全開で突っ走る爽快感に
嬉しくて観ていて自然と顔がニヤけてきてしまった。

市川雷蔵が演じる国分二郎は単なる剣道馬鹿ではない。剣以外の
"一切"の邪念を断ち切ること、その姿に「無上の美しさ」を感じる
のであって、逆にいうと目的と手段が一致していないものを極めて
醜悪なものとして軽蔑の念を隠さない。それがたとえ美しい女性で
あっても関係ない。それは原作者の三島由紀夫が生涯追い求めた
テーマでもあったであろう。形状の持つ機能と、その機能が最大限に
発揮されないものを醜いとして葬ることすら辞さない"狂"。それは
中盤での飛べなくなった鳥を見る国分二郎の目の狂気に象徴されている。
国分二郎は市川雷蔵によって細胞レベルまで一度分解されて再構成
されているように思われ、他の作品で市川雷蔵が放つキャラクターと
同様に影が強い男になっている。原作ではどのような人格として
描かれているのか興味があるところだ。

監督の三隅研治の視点は他の作品でもそうだが、登場人物達の
生き様に共感し肯定しつつも寄り添うことはなく、少し遠くから大きく包み込む
ような、父性よりもどちらかというと母性のような寛容さを感じる。本作では、
監督の寛容さが作品にスケール感を与えているが、悪乗りをして監督すらも
主人公の狂に便乗してしまっていても面白い作品になったように思う。そして、
三島由紀夫の原作にも、市川雷蔵が作り出そうとして恐らくは成功している
国分二郎という男の狂ともかなり関係ないところで確信犯的に暴走している
三隅研治の狂が本作の決定的な魅力であり個人的には一番評価したい。

邦画・洋画を問わず、今の映画に欠けていて且つ世界中の映画人達が
必死にフィルムに現そうとしている(がなかなかに難しい)アトモスファ
(atmosphere)を見せつけてくれる傑作。

 

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