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2011年7月30日 (土)

観_11_07_30

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都内某所で映画を観る。
結構な期間通い詰めている某劇場だが、自宅からの
行き方がかなり遠回りだったことを今日知った。
最短経路だと時間を短縮できるばかりか、最寄り駅で
降りてから劇場までの道が時間帯によって色々発見が
ありそうな道のりであることも知って得をしたような、
これまで知らずに遠回りして当然であるが損をしたような。

今、自分が抱えている主に会社での仕事と人間関係における
諸問題は"信心"というキーワードが絡んでいるとウダウダ
考えつつ劇場まで行ったわけだが、鑑賞作品の一つは
将に『信心』がテーマの全てで少しばかり、いや大いに
来週からの自分の人生に参考になってしまった。
映画というのは、最終的には監督の物であるとはよく
言われているが、多くの人の叡智を結集しなくては面白い
作品には成り得ず、面白い作品であるということは、すなわち
それなりに予算とスタッフの才能と映画の神様の悪戯による
叡智の結集であるから、普遍性を含んでいて、予言的
であり世の中の方向性を決めることすらある。

また、映画も人々の生き様も『履歴』であるということに寸分の
違いもなく3.11以降そしてその数年前から陰湿に断続的に
続いている日本のあらゆるジャンルに関する履歴の隠蔽は
犯罪以外の何物でもないと思う。

履歴は後から書き直しても何の意味もない。間違っていても
当時の人が自分で書いた記録(=人生・映画)だからこそ
意味があるのだ。他人の履歴を大切にしない奴、蔑ろにする奴は
「超極悪人」と言って差し支えない。『平和』とは何か?平和とは
国籍・人種・理由の如何を問わず、あらゆる履歴が大切に保管され、
後世に伝えられることであり、履歴が消失しているものについては
少しずつ復仇し、その過程と詳細をまた後世に伝えていく事を言う。

そういう意味で、3.11以降、その遥か前から日本は深刻且つ
悪質極まりない戦争を仕掛けられていると言って間違いない。
誤った、まるで嘘のファナティックな教義のようなものにより
何一つとして反撃も出来ないし、奪われ尽くされるまでただ
奪われるだけであるが、ただ一つ、ほんの僅かでも履歴を
できるだけ正確に遺していくことが後世の日本人(我々の後輩達)と
心ある世界の人々に出来るほとんど唯一の事(武器)であろう。

繰り返す。履歴を捨て去る事を奨励する者は人間ではない。
注意しよう。今の世の中は人間ではない者が多すぎる。
人間ではないから人間の所有する物の大切さ、思いなど
理解できるはずはない。官邸に居座り続ける"変な奴"と
その一味をよくよく注視すべし。何もかも失う前に。
決して自分の履歴を捨てるな。
決して他人の履歴を消すな。





 
 




 
  
  
  
  
   
 

 







 





















 
 








 

 





 





   
   



 






 

 





 




  
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 





  
  
  
  
 
 
 
 

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