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2011年7月 9日 (土)

映画「バグダッド・カフェ」

2010年に見た映画(九) 「バグダッド・カフェ」

原題名: Out of Rosenheim
監督: パーシー・アドロン
音楽: ボブ・テルソン
出演: マリアンネ・ゼーゲブレヒト,CCH・パウンダー,ジャック・パランス
時間: 108分 (1時間48分)
製作年: 1987年/西ドイツ [2008年 ディレクターズカット版]

2010年 1月鑑賞
(満足度:☆☆☆☆)(5個で満点)

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「バグダッド・カフェ」そこは、人生という旅に疲れ傷ついた者達が寄り添う場所。
どうして人は「バグダッド・カフェ」を必要とするようになったのか。全ては
一人の女性が降り立ったことから始まった。。

 

ジェヴェッタ・スティールによる挿入曲
「コーリング・ユー」"Calling You"が本作における
A to Z
であり、

他に一切何も書く必要はない

のだけれども、蛇足ばかりの何事かを書き付けてみよう。
"蛇"すらおらず"蛇足"しか残っていないのもそれはそれで面白いと思う。

"癒し"がこんなに詰まった作品は余りないのではないかと思う。
ほとんどヒーリング映画といっていいのではないだろうか。
絵空事でも何でも構わないのであるが、どちらかというと『映画』という
総合芸術に『毒』を求め且つ観たい自分としては、ほぼ最後まで"癒し"に
徹した本作はちょっと不満があったりした。今回観たのは監督自ら
色調から何から何まで見直したという製作20周年のディレクターズカット版
で公開時のオリジナルよりも10分以上長いのではるが、確かに色調は
かなり綺麗で良かったと思うけど、後半の手品シーンは全く蛇足で
無くてもよかったと思う。

「主人公ジャスミンが起こし続けた奇蹟よ、再び」
という所で映画は幕を閉じてよかったはずでその先を描くのはどうかな。
よほど心に傷を負った人は嬉しいであろうが文字通り"映画のマジック"
の方は減退してしまい少々食傷気味となってしまったのではなかろうか。

ただ、この作品が我々の住む極めてやっかいな「現代社会」という奴の
肯定すべき着地点の一つであるということは確実で、世界中でヒットした
というのは大変好ましいことだと思う。
本作を心の底で嫌いだという人は
きっとそれほどいないはずで自分だってこのバグダット・カフェの住人
または常連になってジャスミン&ブレンダのショーを見て"ひととき"
を過ごしたいことに変わりはない。
ただ、周囲を地獄にしながら、
当事者の一人でありながら自分だけバグダット・カフェの住人でございます
という人がどうしても気になってしまうのだ。そして、当事者ではない
人間が案外相当に少ないということもまた残念であるが事実である。

我々は全てを見過ごして平気でいる。そして自分の存在が見過ごされて
いることには大いに腹を立てる。「バグダット・カフェ」はおとぎ話で、
幸いにして今現在の自分にはまだそれほど栄養分として必要ないようだ。

本作が存在していい社会であるならば、「フィルムによる映画上映」も
なくならないで欲しい。フィルムも無くなって、面白い映画が作れなくなって、
クリエイターが創作意欲を失くす社会で幾ら小さな円盤の中に数百・数万・
数千万の映像や音楽や写真が詰まっていたって何ら意味ないのでは
ないだろうか。

「、、、で。この沢山の人々は一体そうしてどこに消えたの?」
となるだけではなかろうか。

我々はどこへいくのか
我々は何者なのか

何回・何百回呟いても、やはりまた呟いてしまう。

我々は何者なのか

原題名の意味まで調べて書いてみるのは本作に限っては
流石に蛇足の蛇足の蛇足くらいでどうでもいいことなのかもしれない。

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コメント

完全版が同じく108分なんで、内容的には完全版で、色と構図(トリミング)を新たに調整し直したという感じなんですかね
 
個人的にはやはり最初に見た「オリジナル版=91分」が一番好きですね
完全版は蛇足気味でした

投稿: 万物創造房店主 | 2011年7月11日 (月) 20時32分

>完全版は蛇足気味でした
 
ですね。
まあ良作であることには違いないので
製作者側も観客側も一緒になってワイワイ
語り合って好きなバージョンを
楽しんだらよい作品ではと思いますね。
 
結論から言うと
「オリジナル版(91分版)を"先"に観るべき」
作品ではありますね。ブログに書いた通り、
私の観たディレクターズカット版は
色調の調整とかの素敵な感じは出ているけど
尺の長さには余り必然性を感じなかったですね。
特に後半の手品のショーは正直蛇足過ぎて
痛かったなー。やはり、映画は多くの点で
色々不備があったとしても「最初の公開版」
がいいですね。
「映画館で最初に観たのがオリジナル」
という点を映画人も観客もこれからも大事に
すべきですね。
(^^)

投稿: kuroneko | 2011年7月11日 (月) 23時58分

>「映画館で最初に観たのがオリジナル」
後発の完全版の方がよかったものがないかを考えてみました・・・
 
んー
 
スプラッター系の劇場版で残酷描写がカットされてるヤツは明らか後発の解禁モノの方がいいですね
 
そういや「グラインドハウス」は完全版の方がよかった
 
それから「レオン」も年齢を超えた愛を感じる完全版の方が好きですね
人によってこのVer.はロリコン色が強くてイヤという人がいますけど
最初からそういう映画ですし・・・

投稿: 万物創造房店主 | 2011年7月12日 (火) 21時37分

>後発の完全版の方がよかったものがないか
 
そういえば
「ブレードランナー」は
興行主の「明るくなきゃダメ!」の勝手な判断で
"劇場版"がアカンかった好例ですね。
 
『編集権』が公開時までに監督の手に充分に
委ねられなかったものは後発の方が良くなるのも
仕方無いのかもしれませんね。
  
>スプラッター系
 
これは仕方の無い面があるかもしれませんね。
どこまで残酷描写を許すかで売り上げが結構変わって
きそうですしね。

>「グラインドハウス」
 
まだ観てないんですよねー
まあこれからも観るチャンスはありそうです。
 
>「レオン」
 
そうですか。完全版の方がいいですか。
劇場で観たクライマックスのドキドキ感は
今でも記憶に残っていますね。
当時の臨場感を失いたくないので
まだ当分は観なくていいかなー(^^)
それにしてもリュック・ベッソンは
微妙な人生を送りましたね。
「フィフス・エレメント」(1997)の時が
彼の絶頂期かな。。
でもまだ52歳かー
 
>ロリコン色が強くてイヤ

気になりますねー(^^)
まあでも最初の公開版も
ナタリーちゃんの存在自体が
ロリですよね。
 

投稿: kuroneko | 2011年7月12日 (火) 23時17分

>「ブレードランナー」
やはりこれに関してはワークプリント版がいいっすよね
劇場公開版は最下位

>残酷描写を許すかで売り上げが
本来は残酷なほど売り上げが上がるんでしょうけど
やり過ぎると18禁とかになっちゃって、ターゲット層が入れなくなっちゃう
すると売り上げが・・・
そういった感じでしょうね

>完全版の方がいいですか
クライマックスの方は全然変わってなかったと思いますよ
途中のナタリーポートマンとの生活シーンが色々増えてるだけな感じです
確か、殺人稼業も手伝わせてたり、性的なシーンはないものの男と女を匂わせるシーンもあり、どちらかと道徳的にどうかという意味で蛇足とする人も多々いた感じです
 
レオンはロリじゃない!と信じたい人が多いみたいで・・・特に女性に
 
>ナタリーちゃんの存在自体がロリですよね
明らか最初からロリを狙って作ってますよね
なんたってベッソンですから
 
>彼の絶頂期かな
最近の「アンジェラ」もなかなか面白かったですよ
最近は若手の育成のためか
プロデュースにまわることが多いんで目立たないですし、プロデュース作品の中には微妙なモノも多いですけど
本人が撮ったモノはやはり今でもいいですよ

投稿: 万物創造房店主 | 2011年7月14日 (木) 16時53分

>やはりこれに関してはワークプリント版がいいっすよね
 
いいっすよねー(^-^)
自分はワークプリント版の"粗削り感"が好きですね。
 
>劇場公開版は最下位
 
ですねー。劇場公開版の調子はずれのラストも
要請があればきちんと撮るのが時に露骨なまでに
"ショービズ"に過ぎない「映画」の面白い所でもありますね。
  
>やり過ぎると18禁とかになっちゃって、
 
自分みたいな
「そんなに好きでもないが嫌いでもない」
という層を取り込むための匙加減も結構
ありそうな気もしますね。
 
>特に女性に
 
まあ「世界は女で周っている」とも言いますしね。
ただ「ほとんどの男はロリコンである」とは言えますね。
"ロリータコンプレックス"という概念は一種の
発明で、画期的だと私は思います。
案外、容量の大きい言葉(概念)で、もしこの言葉が
無いと分類分けが細分化され過ぎて(←?)
大変窮屈な世の中になると思いますね。
"ロリコン"の一言で片付けておけば無害な
人間をイタズラに刺激しなくても済みますし(^^;)
  
>なんたってベッソンですから
 
ベッソンは"ロリ認定"ですね(^^)
明らかにその感じがします。
 
>プロデュースにまわることが多いんで
 
個人的な勝手な推測ではベッソンは自分の監督としての
力量に不安を持っているのではなかろうかと思います。
自尊心は高そうですね。
「グランブルー」(1988)はとても良かったと思います。
「レオン」と「グランブルー」には共通点を感じますね。
根底にあるのは同じ"澄み切った透明感のようなもの"
でしょうか。ベッソンは少年のような純粋な気持ちを
きっと多く持っているのでしょう。
 
スパイク・リーとリュック・ベッソンって
同じ指向性を感じるんですすね。スパイク・リーも
自尊心があって且つ自分の監督としての"HP"に
どこか自信なさげな・・・二人共頑張って"後進"を
育てたらいいと思うなー。当然のことながら
映画愛は人一倍持っているだろうし。
二人共プロデゥーサー向きかもしれませんな。

投稿: kuroneko | 2011年7月15日 (金) 00時11分

昨日、レオンが急に見たくなったので完全版、見直しました
前からレオンは「子連れ狼+ロリータ」で発想したんじゃないかと思ってたんですが
昨日新たな発見がありました
ラストでレオンが射殺されるとき、カメラ自体がレオン視点になって、グラッ・・・バタリってなるんですけど
コレそう言えば子連れ狼で使われてました
子連れ狼では拝一刀と侍の一対一の対決時にですね
勝負が決まった瞬間、侍視点になって、ボトンって落ちて、ゴロゴロ転がっていくんですよ
これだけのためにカメラ何台も壊して、投げ転がして撮影したらしいんですけど
このオマージュかなーとか思ったりしました
 
>「ほとんどの男はロリコンである」
同時にマザコンでもあると
 
>ベッソンは自分の監督としての力量に不安を持っている
それもあってか
ある程度成功したので自分は気の向いたときに好きな映画を撮るだけにしてる感じがしますね
 
>スパイク・リー
僕のイメージだとスパイクリーの方がいまいち映画を量産してるような気がしますが・・・
 
まぁベッソンの方も最近公開した
「アデル ファラオと復活の秘薬」はけっこう人によってはクソミソにけなしているので、どうなんでしょうね
僕みたいなB級好きにはピッタリの作品かもしれませんけど
そういや
「アーサーとミニモイ」シリーズも子供向けかと思い、見てないです

投稿: 万物創造房店主 | 2011年7月15日 (金) 14時40分

>「子連れ狼+ロリータ」
 
充分有り得ますね。←本当か(^^)
ここ数年、放射能を浴びるように
邦画を観れるだけ観て来ましたが
恐らく日本人が想像する域を遥かに越えて
邦画が世界の映画諸作品に与えた影響は
大きいですね。アニメも、映画も、絵画も、
日本は世界で最高峰の文化と文明を持ちえた。。
  
震災に乗じて姑息な化け物達が全てを
破壊したい気持ちは
よ~~~~~~く判りますね。
原爆を落としたい気持ちも
よ~~~~~~く判ります。
『嫉妬』ですね。要するに。( ̄▽ ̄)
よ~~~~~~く判ります。
  
私達と後輩達が世界に対して、
今後どのように向かいあっていくのかは
何よりも私達の財産と先輩達の偉業に
どのように向かい合っていくのかに
他なりませんね。世界中の盗賊共と
今後どう向き合っていくか。。
偽者達がどんどんタダどころか
土下座して大金まで付けて日々
この瞬間も譲渡し続けていますが。。(ーー;)
 
>カメラ何台も壊して、投げ転がして撮影したらしい
 
これは素敵なエピソードですね。
「子連れ狼」シリーズは都内でたまに特集が
組まれるのですが、これまでは余り食指が
湧いてこなかったのですが今後観たい気が
してきました(^o^)
 
>このオマージュかなー
 
この点については私は違う気が。。(^^;)
「レオン」のクライマックスの本人視点での崩れ落ちる
カメラワークは、鑑賞当時、劇場で鳥肌が立ったのを
覚えています。感動が昨日の事のように今でも鮮やかです。
このカメラワークについては"もっと近い元ネタ"が
ありそうな気がしますね。別の邦画である可能性も
勿論ありますしね。
  
>同時にマザコンでもあると
 
私の人間観察における考察としましては
ロリコンは無意識下で"我々"の深層心理下に
かなり普遍的に脈々と有り( ̄∇ ̄;)対して、
マザコンは有意識下において且つ"具体的な理由"
があるのではなかろうかと思います。マザコンが
時に映画などで重要なキーワードなり得るのは、
実にその理由を脚本上に具体的な体験として
描き易い理由に他ならないのではと愚考します( ̄ー+ ̄)
 
どちらにしろ、ほとんどの男共はドイツもコイツも
「軽度のマザコンであり軽度以上のロリコンである」と。
「認識」した上で法の秩序にしっかりと入って
"生きる"のが正しい男の子ですね。←断言
頑張ろう!日本男子諸君!!ヽ(^。^)ノ
 
>自分は気の向いたときに好きな映画を撮るだけ
 
ベッソン君はこれまで「批評」に相当に傷ついて
しまってきたのではないかと思います。まあでも、
映画監督は心臓に毛の生えているような人間が
やるべき職業かなーと常々思っていますが。多分、
いわゆる"いい奴"なんでしょうね。ベッソン君は。
友達思いな感じがします。ちょっとくどそうだけど(^^)
 
>いまいち映画を量産してるような気が
 
リー君は黒人至上主義の「革命家」ですから
『その日』の決起の為にしこたま映画作って
しこたま貯蓄をしているのだと思います。
でも、この人の主張は危ういなーと以前から
思いますが。粗製乱造気味なことと関係あると
思います。恐らく絶頂期だった「マルコムX」(1992)の
頃から、リー君の心境に何か変化はあったかな。。
今、54歳かー
 
ベッソン君といい、リー君といい、
我々が学生の頃に"新星"として現れた方々は
今ちょっと頼りない感じがしますね。
充電期ですかね。50代は。
後、10年くらい逆に沈黙して、老成して、
大暴れして欲しいですね。
 

投稿: kuroneko | 2011年7月16日 (土) 00時13分

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