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2011年9月 2日 (金)

観_11_09_01

観_11_09_01  <<  >>

  

 都内某所で映画を観る。蒸し暑い日がここ数日続いた。
嫌な縦揺れの地震がここ最近多いように思う。友人に寄れば、
近いうちにまた巨大な地震が来るとのことだが、地震などの自然災害
なんぞよりも遥かに深刻且つ被害甚大である問題は、ごく特定の国の
日本に対する悪質・陰湿・執拗極まりない、戦争状態と呼んでもよい
内政干渉にあるのだと我々日本人は「知った」。
だから、地震が来ようが
来まいが余り関係ないように思う。そして、流言飛語によりまたしても発生
するであろう特定の年齢層の人々による物資の買占めの方が、これまた
恥ずかしいことだと思うが、こちらも避けようもないことを我々は「知った」。

 鑑賞した作品の方は、例によって何も先入観を持たずに観た
わけだが、オープニングからの数十秒間は期待出来たものの、
その後の幾つかのカットが予算が少ないのが理由ではなく、撮る
ことと絵作りそのものが"お上手"とは言えないのだと悟り、
主人公の男のキャラについてもどうにも許容し難いことが判明した
瞬間に、エンドロールまでの長い長い苦行の旅となった。

 他の観客も中盤までは、

「きっと何か驚きのトリッキーな仕掛けが用意してあるだろう」

と頑張って集中してみていたようが、後半に入り"そんなもの"は
ありはしないのだ
ということがほぼ明らかになるとごく若干では
あったが不穏な空気が場内に流れた。
 
 ラストについても、まさかココで終りではあるまいのーと思って観ていた
シーンであっさり終了した。一刻も早く終了して欲しかったので、
まあどうでもよい。
 
 今年の鑑賞映画の暫定ワースト確定であるが、破綻した
台詞と脚本と中途半端な演出と演技の集合体であるその
恐らくは「悪意の無い駄作っぷり」、に大したイベントも起き
ないのにやたらと長い時間を生きて死んでいく我々凡人の
人生に奇妙にもリンクしてしまうところがやたらと沢山あって
癒し効果がある作品であった。不満タラタラで劇場を後に
したけど、電車に乗って思い出してみた段階からすでに
怒りは欠片もなく、同情もなく、嘲りもなく、上等な酒では決
してなく、絶妙に不純物の無いミネラルウォーターという
わけでもないけども、癖の無い、平坦な、お行儀の良さを
感じる。「人間を描いた映画」ではなくて、映画そのものが
間の抜けた人間そのもののような。。
「奇作」だ。

 帰りには作品同様に実に中途半端な降りの雨がパラパラ
と降った。そして、この中途半端な雨の夜でさえも、明け方
まで見つめていれば、きっと美しく輝きを放つ瞬間が
訪れるのである。生きとし生けるどんな人間達の人生も
そうであるように。

 だから、今日、この作品を観たことはきっと失敗ではなかった
のだろう。
明日の一日位は、きっといつもより少しだけは人に
対して優しくなれる気がするから。

   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   

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