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2011年9月25日 (日)

観_11_09_24

観_11_09_24  <<  >>

  

 都内某所で映画を観る。朝、いい気持ちでウトウトしながら、
小型スケジュール管理マシーン(機種変更で不要になった携帯)
で今日のスケジュールを確認して、午後からとある作品を観る
予定であったことを思い出す。脳の中の映画部部長による指令の
アラートのレベルは"5"(昨日は"3")で「とっと起きて家出ろや(゚д゚)」
という脳内指令の下にバイクをちょっとだけいじって、正午に外出する。
部屋は密閉度が高いので、玄関を開けると外の方が涼しくて心地よい。

 劇場は後少し遅れれば立ち見となるほどの盛況だった。
鑑賞した作品は70年代初頭の洋画。尊敬するある映画監督の
事実上の初監督作品か。贔屓であることを差し引いても上手くて
「映画」としての香りがきちんとすることに改めて敬意を感じる。
そうは言っても、監督が20代の頃の作品でありやや冗長気味な
後半にウトウト。ついでに足も伸ばして隣りのあんちゃんに怒られる。
この劇場は座席が狭くて、今までは左右が空いている後方の
席に座るようにしていていつかこうなる日が来ると思ったが、
それは今日であった。素直に謝るしかない。

 ニュートリノが光よりも早く進むことが確認されて、"相対性理論"
が覆ったとか、反物質を10数分も閉じ込めることに成功したとか、
宇宙というか地球の周りがゴミでいっぱいだとか、科学関連の
ニュースがここ数日賑々しい。科学で解決できることは、これからも
まだまだ沢山あるわけだが人文学的な、ごく初歩的な順序の間違い
や誤謬がその解決の大きな大きな唯一最大の弊害になって
いることを主に西欧諸国は気付いて右往左往しているが、我が
国日本は部分的には気付いている人もいるとして、全体としては
まだまだで苦しみそうだ。

 今月は諸事において結構頑張れたのではなかろかと自己評価。
大袈裟に言えば、人生のターニングポイントとなる仕込みも
少しだけ進んだ(と思いたい)。


 




 



  
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   

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