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2012年1月

2012年1月30日 (月)

観_12_01_29

観_12_01_29  <<  >>

  

 都内某所で映画を観る。部屋の窓の"内側"が水滴が溜まって
凍っているのを確認。部屋内部が凍るなんて上京して初めてのこと
ではなかろうか。北の方面出身なので基本的に東京の冬は"へいちゃら"
であるが、ここ数日の冷え込みは毛糸の帽子が必要だとふと
真剣に思う。本当に寒いのか、老いただけか。。

 映画の中で描かれているエピソードが物語の"上"に単に
乗っかっているだけなのか、創造された劇中の登場人物の
醸しだす諸行動の原理の結果なのかで観客の満足度は
まるで変わってしまう。昨日観た作品の余韻が心地よく続いて
いるのは後者だったからだろうと思いながら都心へ向かう。
昨日買った本が割りと"当たり"で気分もよし。

 鑑賞した作品は邦画の新作。スルーの予定だったが、
ネットのレビューでの評判が良いのが持続していることと、
参加しているスタッフが優秀と思われるので観に行くことに
決定。今後の邦画の力量を計るという生意気な目的も
隠れテーマの一つ。作品自体は裏切られると哀しいので
期待しないで鑑賞。

 昨日は鑑賞中に地震があったのは気のせいであったが
今日は気のせいじゃなくて本気で揺れた。あと少しで上映
中止になるかもしれないレベル。作品はそれなりにレベル
であることを認識し展開も中盤を越えていたので、上映中止
によって無料招待券でも配布されたらもう一度最初から
観れると嫌らしいことを考えながら揺られていた私。場内は
割と騒然とした雰囲気となり、中腰になりかける人も。結果的に
特に中断もなく揺れは数秒で収まる。帰宅して調べると震度は
4程度だった模様。映画館で地震に合うのも3月の震災以降、
慣れっこになってしまった。

 作品は予想以上に良く出来ていて、最近のテレビドラマや
映画の秀作の出現頻度を考えると、現場に優秀なスタッフが
きちんといて世代交代もそれなりに起こっているのだと思いたい。

 方向性としては、

「映像に幾ら金をかけて豪奢にしてみた
ところで『脚本』と、『何を撮りたいのか
(演出とは違う)
しっかりしていないとどうしようもなく、逆にそこさえ抑えれば
評価と観客は着いてくるのだ」 by kuroneko

ということによ~~~~~~~~~やくにして邦画界も気付いて
きた模様(←何様)で今後がとても楽しみだ。加工して得られる映像そのもの
については得られるクオリティに対しての費用というのはここ10年
ずっと工夫次第で下げられる方向に変わりはないのだから。
それなりに満足して帰宅。

 揺れている気がして仕方が無い。地震酔いなのか。
気のせいか。。いや、確かに揺れている。。

 明日も出来る限り「生きて」みようか。

 

 


 
  

 
 
 







 



  

   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   

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2012年1月28日 (土)

観_12_01_28

観_12_01_28  <<  >>

  

 都内某所で映画を観る。昨夜から、今朝にかけては
体感的には今シーズン一番の冷え込みのように思える。

 地震で部屋が揺れているのを確認しつつ「さみー」と
呟いては毛布を被る。

 朝食を摂りながら、今朝の地震の規模と、ここ数週間の
日本列島の主だった地震の地点を連続してプロットして
見ると、何度も何度も報道されてきた通り、日本列島の
太平洋側に列島と平行するように大きな断層のような
ものが在りそうだということははっきり判り、東日本大震災
以降、プレートの状態が不安定になっていることが数ヶ月
も続く余震の原因と思われることも素人的にも何となく判る。

 このプレートの不安定な状態がいつ次の大規模な震災に
繋がるのかは誰にも判らないことであるが、日本人の多くが
はっきりと自覚したことは、次の災害では3.11大人災以上の
人災が再び起こるであろうということだ。放射能の建材を
無策のままに日本中に流出させてしまい、対策会議を乱立
させて議事録も禄に残していない化け物達が今も、これからも
我々の頭上に胡坐をかき、日本人の税金を壮大に浪費し、
国防も文化も経済もガタガタにさせているのだ。その「禍」
は震災の比ではなく戦争の比ですらないだろう。戦後という
欺瞞が醜い化け物達を産んでしまい、日本を蝕んでいる。
何とかして化け物達を隔離してしまえば、経済的疲弊も、
3.11大人災による復興の遅れも同時に回復して、先食い
してしまった子供達の未来をほんの少しでも返してやれる
ことが出来る。が、今のところお先は真っ暗な"闇"だ。

 寒い中、久しぶりにバイクを洗車した。今日を逃すとまた
しばらくいじる時間は持てそうにないので。動かしてみると
未だかつてなくやたらと重く感じた(乾燥重量400kgくらい
なので重いのは重いのだが)が運転してみると調子は
すこぶる良い。自宅周辺を少し走る。随分とバイクで遠出
していないので旅に出たい。行き先はすでに決めてある。

 映画館の近くにある贔屓にしている古本屋で店の人と
話しをして色々物色したりして大変癒される。

 古本屋に寄ってから映画を観る。
 これぞ正しい休暇の過ごし方(←?)。

散財したい衝動を必死に抑えて二冊だけ購入。合計1000円
ちょっと。他にも買いたい本を見つけたが我慢。次回まで
残っている気もする。来週買いにこよう。

 鑑賞した作品は50年代の洋画を一本だけ。世界中の人間が
グローバリズムという熱風によって「茹で蛙」のようにされて
しまって久しい日常の中で生きているので、第二次大戦後と
いう束の間の安定の雰囲気が漂う静かな画面に思わずウトウト
してしまった。フィルムの状態も良く内容も秀逸であったが
主人公の行動には共感するものは自分としてはなく、少々
長く感じた。

 上映中にも揺れを感じたが帰宅して調べてみると気のせい
だったようだ。"今"も揺れている気がして仕方が無いが
気のせいか。。いや、確かに揺れている。。

 

 


 
  

 
 
 







 



  

   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   

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映画「箱の中の女」

2010年に見た映画(三十四) 「箱の中の女 処女いけにえ」

原題名: 箱の中の女 処女いけにえ
監督: 小沼勝
脚本: ガイラ(小水一男)
撮影: 遠藤政史
音楽: 山川繁
美術: 川船夏夫
出演: 木築沙絵子,蔡令子,田村寛
時間: 82分 (1時間22分)
製作年: 1985年/日本

2010年 3月鑑賞
(満足度:☆☆☆☆☆)(5個で満点)

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実千代(木築沙絵子)が乗せてもらった車に乗っていた夫婦
には恐るべき秘密があった。拉致・監禁された実千代に待ち
受けていた運命とは。。

 

 セミロングの娘が肌も露わに鎖に繋がれて、『箱』の中に
入れられて首だけ出しているショットはまだ10代の学生の頃、
持っていた映画のビデオカタログで知った。

 作品自体は遥か遠い昔?から見知っていたがただのポルノ
映画なのだと思って鑑賞していたが(前半の展開だけを見れば
相当にハードなポルノ)、これが後半の展開の鮮やかさと世相に
込めた皮肉、シニカルな大人のウィットの詰め込み具合はなか
なか見事で知的水準が高い。クライマックスについては拍手もの
で前半の余りに酷な展開(サドッ気が標準レベルの人間にとっては)
に途中退席しようかと思った自分の予想能力の無さを恥じた。
主演の木築沙絵子も可愛らしくて、可哀相で、エロくて裸もとても
綺麗で素晴らしい。

 蔡令子と田村寛が演じる異常な夫婦もなんだか妙に絵的に嵌って
いる。蔡令子は顔が四角っぽくて、それが"責め側"のキャラとしては
完璧で、「実録・連合赤軍 あさま山荘への道標」(2008)で永田洋子
死刑囚(2011獄中で病死)を演じた並木愛枝を思いだした。こちらも
ドSな役柄と顔立ちの"四角さ"がマッチしていたように思う。"S"は
男も女も四角であるべきか(笑)。
 
 本作は無修正で公開されるべきだと思う。低俗愚劣なことを理由に
言っているのではない(←本当か)。『映画』として高水準な構成と痛烈
な社会的メッセージを持つ傑作であり、恐らくは「愛のコリーダ」級の
作品であり問題作でもあるのだから。
 
 主演の木築沙絵子さん、ご苦労様でした。撮影中は失神も何度か
あったとか。。関連諸氏の方々グッジョブ!!本作の権利関連所有の
方々、邦画の未来のために、低脳馬鹿の侵略をこれ以上(これ以上って
もうないけど)許さないためにも『リマスター 無修正版』の公開希望!
 
 「実録・連合赤軍~」において坂井真紀が演じた遠山美枝子の
壮絶なる最期も思い出してしまった。人間はいつの時代も愚かで残酷だ。
映画は私達の愚かさと残酷さと儚さを焼き付けるツールなのだ。
 
 実千代、君もまた儚く、美しい。残酷なまでに。
夕焼け、小焼けの赤蜻蛉。
負われて 見たのはいつの日か。。

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2012年1月22日 (日)

映画「夜汽車の女」

2010年に見た映画(三十三) 「夜汽車の女」

原題名: 夜汽車の女
監督: 田中登
脚本: 宮下教雄
撮影: 山崎善弘
音楽: 坂田晃一
美術: 川崎軍二
出演: 田中真理,続圭子,桂知子
時間: 71分 (1時間11分)
製作年: 1972年/日本 日活

2010年 3月鑑賞
(満足度:☆☆☆☆+)(5個で満点)

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 幾つかのシーンにおいて、人体の"ある部分"を如実に表現して
いるのが楽しい。庭で姉妹がチェスに興じるシーンで、階段を下りる
何気ないシーンで、森を彷徨うシーンで、画面を構成している事物の
一つ一つが具体的にそれぞれのパーツを示している。

姉は形式美のエロスを、
妹は肉体美のエロスを、
家政婦は抑圧とその開放によるエロスを、
それぞれ"分担"していて、彼女達の肢体よりも前の準備段階が極めて
秀逸であり充分にエロイ。

 女性の肉体美そのものだけの映像に頼らず且つ結果としてエロく、
且つ映画としての完成度も高い総合バランスの高さでエロ系作品としては
かなり高く評価できる。世の中にエロを供給する人間にも映画界を志す者
にも是非とも見て欲しい作品だ。

 撮影監督の山崎善弘は傑作バイオレンス「濡れた荒野を走れ」(1973)
でも安定感があって作品の内容ともあった緩急のある映像が作られて
いる。山崎善弘の携わった作品をもっと観てみたい。

 その映像の具体的なエロ描写においてではなく映像表現の格調高さと、
頭の使いようの素晴らしさにおいて、もう少し早く本作に出会いたかった
ものだ。本作ほどの緻密で精巧な作品であれば女優達もその体を見せる
ことに誇りも持てるのではなかろうか。本作は田中登版の「鍵」であり、
「女鹿」であり、「アバター」でもあろうか。冒頭から最後まで真面目に見
入ってしまった秀作。

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観_12_01_21

観_12_01_21  <<  >>

  

 都内某所で映画を観る。昨夜は雪が散らついて、
今日は冷たい雨が降ったり止んだり。が、今日もそれほど
の冷え込みでもない。またしても考え事をしていて色々
勘違いやらかし、時間をやや無駄にした。

 "冷たい雨"というフレーズが思いつくと、自動的に
リドリー・スコットの傑作「ブラック・レイン」(1989)が、
松田勇作の長ドスを構えた雄姿とハンス・ジマーのスコア
と相まって脳内で再生される。

 鑑賞した作品は70年代の邦画を二本。一本は確かな
"腕"を持つプロが作った作品で、もう一つは現場の力量
は高いものの、描こうとしている何事かの背景にあるものの
病魔のようなものに作品が侵食されていると思われ嫌な
気分になる。小説そのままのような脚本による、"間"の
取りかたの失敗を俳優達や現場スタッフが必死に取り繕って
いるように見えて、その点についても60年代後半からの
邦画に顕著に見え始める極めて深刻な"病"を感じた。
何かが狂いだして、その狂いは80年代、90年代で何度か
胎動して、今もこの国を蝕んでいる。

 日本が"シャブ中"のようにされていく過程を眺めることは
とてつもなく哀しく、憐れで、滑稽で、その渦中でもがく
人間像を本気で捉えられれば、それはそれで立派な作品
となり傑作にもなり得る。


 
  

 
 
 







 



  

   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   

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2012年1月20日 (金)

観_12_01_19

観_12_01_19  <<  >>

  

 都内某所で映画を観る。もの凄く珍しくも会社の仕事が
順調に終わったので、そそくさと劇場に向かう。

 いわゆる冬の底冷えをするような寒さは今シーズンは
首都圏ではほとんどなく、今日も夜は当然のことながら
寒いは寒いが春が近づいているような気配を感じる。
実際に春が近づいているのか、地下の次なる破滅に
向けての活発な動きによる気温の緩和なのかは判らない。
多分後者であろう。天災も怖いが人災の方が数千倍も
数万倍も深刻で悪質極まりないことを今、日本人は
毎日毎日思い知っている。昨日も今日も明日も。

 鑑賞した作品はほぼ新作に近い洋画。個人の心の"襞"
に触れようとするかのように見せて、、というフランス映画の
ような香り高いアメリカ映画。初めて観る作品だが中盤
以降は観たことあるような既視感(デジャヴ)に襲われる。
既視感は錯覚だけど作品の展開そのものとも合って二重に
楽しめた気もする。今日は会社でも妙に想定通りに事が
運んだせいか、以前に全く同じ光景を見たような瞬間が
あった。会社でデジャヴなんて珍しくもないが。

 日々別の場所に向かう小船に細かく乗り継いでいる
ようなもので大きな大河のような流れの中にいるには
違いないが、渦に巻き込まれて難破したり、波止場に
長居し過ぎたりと禄でもないことになりつつ脱兎の如くに
逃げ出したりしながら人は"死"に向かっていく。明日も
"逃げモード"で週末という箱にささっと避難しよう。

 傑作と呼べる作品に立て続けに出会ったせいか、
街が少し美しく見えた日。

 
  

 
 
 







 



  

   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   

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2012年1月19日 (木)

観_12_01_18

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 都内某所で映画を観る。欧州のユーロ安やギリシャを
筆頭にした国債の暴落による経済の混乱と低迷は収拾の
目途が全く見えないようだ。ユーロという統一貨幣の導入と
経済の連動・一体化という壮大な実験は失敗と終りそうだ。

 深刻な問題は、スケープゴートを作らないで解決の方向に
向かわせる"手段"を持っていないということだろう。「誰か」が
間抜けにも自分からスケープゴートとなるか、自分達が製造
した訳でも頼んだわけでもないというエクスキューズの下に
やはり何処からかスケープゴートが降ってくるかしない限り
混乱は続くのだろう。あるいはこれが民主主義社会の限界なのか。

 鑑賞した作品は70年代の洋画。予備知識を一切持たずに
鑑賞するのは久しぶりだったが、無駄を削ぎ落とした辛口の
酒のような"ソリッド感"に満足。燃料が切れかかっていたが
しっかり注入して貰った感じ。大変有難い。

 たまたま"桜田門外の変"が少し気になったところから、幕末の
時代を舞台にした作品を多数残した吉村昭を個人的に"再発見"
する。20代の頃は氏の幾つかの作品を読んだだけで判った
気になって手仕舞いにしてしまったが改めて大きな存在として
自分の前に現れている。とある些細な発端から繋いでいくこと、
繋がっていること。今までもこれからも。

 
 
 







 



  

   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   

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2012年1月15日 (日)

観_12_01_14

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 都内某所で映画を観る。今年の冬は自分の生息圏内、
行動圏内においては朝晩の冷え込みがやや厳しいか。
昼は案外寒くない。雪はまだ降ったというほど降りは首都圏
ではないのでは。

 特に根拠もなく(全くないわけでもなくもない)、色々と
"ケリ"が着いた感じがあり落ち着いて迎えられた週末。
とても有難い。幾つかの駅で降り、幾つかの所要を済ませ
ながら劇場を目指しつついつものうどん屋でいつもの饂飩を
食す。

 鑑賞した作品は90年代の邦画。案外良く出来ていて
サラリーマンの人間模様を戯画化してある演出であったが
自分の日常的に発している事や行動している事が観ていて
次々と思い起こされ勝手にいたたまれない思いしつつ
鑑賞。自分が監督するとしたらきっと撮りたいと思うシーンも
幾つかあって少し羨ましい思いも。数日前に買ったパンが
賞味期限が切れていたのか?体調をやや崩す。

 
 







 



  

   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   

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2012年1月14日 (土)

映画「生きるべきか死ぬべきか」

2010年に見た映画(三十二) 「生きるべきか死ぬべきか」

原題名: To Be or Not to Be
監督: エルンスト・ルビッチ
脚本: エドウィン・ジャスタス・メイヤー,レンジェル・メニヘールト
撮影: ルドルフ・マテ
音楽: ウェルナー・ハイマン
出演: キャロル・ロンバード,ジャック・ベニー,ロバート・スタック
時間: 99分 (1時間39分)
製作年: 1942年/アメリカ [16mm] [モノクロ]

2010年 3月鑑賞
(満足度:☆☆☆☆)(5個で満点)

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ナチス・ドイツに翻弄され、風前の灯と化したポーランドの
ワルシャワを舞台にしたコメディ作品。

 

 カリスマオーラの"全く無いヒトラー"には思わず苦笑。
オーラの無さ自体が当然の意図的な演出だと思うのだが
どうだろうか。

「ハイル マイセルフ!」(Heil, myself!)

の必殺ギャグも苦笑「俺、万歳!」というところか
(「俺、万歳!」が過去のギャグになっていないところ最新の、
近々の我々アジア圏の政治状況であるところが何とも言えない
ところではある)。ヒトラーの肖像には皆敬礼をし、目の前の
当の本人は全く相手にしない完全に「その他大勢の中の一人」
として扱われている様にも爆笑。これも完全に意図的なものなのだろう。
「お前はそんなに偉くない」ということなのだろう。

 鑑賞していて何となく思い至ったのは、恐らくはファシズムでも
デモクラシーでも、庶民レベルにおいての善行、悪行は"等しく
行われるのであろう"
ということだ。

 チャップリンの「独裁者」(1940)が本作よりも二年も前の製作
であることは映画史において大いに着目すべき点であろう。また、
21世紀の今に延々と受け継がれ続ける"ナチス物"(表層的なテーマ
としての反ファシズム)としてのフォーマットが決定的に固まる
「死刑執行人もまた死す」(1943)と実際の国際政治状況の変化との
流れは改めて検証する価値が大いにあるように思う。
ナチス・ドイツがポーランドに侵攻を開始するのは1939年のことである。

 wikiによれば、監督のエルンスト・ルビッチはアメリカの女優
メアリー・ピックフォードの招きにより渡米した(メアリはチャールズ・
チャップリンと親交の篤かった女優)。ビリー・ワイルダーはルビッチの
弟子であり、本作を含めてルビッチの作風は、ビリー・ワイルダー、
小津安二郎らに影響を与えハリウッド・コメディの礎を築いたとのこと。

 またwikiによれば本作の日本公開は1989年6月となっている。戦後体制が
十二分に敷かれての日本での初公開にはそれなりの意味があるだろう。

 

「ハイル マイセルフ!」 (俺、万歳!)
今やお隣の某国を始めとした僅かに残る負の遺物なのか、
はたまた、超個人主義が吹き荒れる21世紀の世界を生き抜く為の
我々自身の必須のキーワードなのか、、

では、皆様ご一緒に唱和しませう。
Heil, myself! ! (゚д゚)ノ
Heil, myself! ! (゚д゚)ノ
Heil, myself! ! (゚д゚)ノ

・・・

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2012年1月 8日 (日)

観_12_01_07

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 都内某所で映画を観る。新年も早々に仕事関連のある
局面において目出度く?ピークオブピークを迎える。まあ
迎えるべくして迎えたので歓迎すべきこととして今後の
傾向と対策を考えながら劇場に向かう。

 鑑賞した作品は戦前の邦画を三本ほど。三本目は集中
できなくてウトウト。二本は人生における"陽"が描かれ、
残りの一本は"陰"が描かれていた。

 帰りは考え事をしていて地下鉄を二回ほども乗り間違えて
しばし彷徨う。帰宅して、出演してた方々について検索して
みると、若くして亡くなっていたり、存命していると90歳近く
に達していたりと、つい数時間前に観た銀幕上での輝きを
思い何事かを考えさせられる。

 







 



  

   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   

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2012年1月 4日 (水)

観_12_01_03

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 都内某所で映画を観る。年末に欲しい古本を適当にネットで
選んで取り寄せ、適当に読んでいたつもりがフト冷静に考えて
みたら、遥か昔から考え続けてきた件と綺麗に繋がっていることを
再確認して初心を取り戻せた気がした。良い正月となる。

 今日は昨日とは変わり人混みが確実に戻ってきて電車は混雑。
眼の前にいたフランス語を喋っていた外人カップルを何気なく眺める。
(喋っていた内容は判らないが発音からフランス語だとは判る)
女性の方が降りようとした時に手すりに触れ静電気が起こり叫んでいた。 
mal!
とは叫ばずに
ouch!
と叫んでいた模様。
検索したところmalはフランス語で"痛い"の意味だが単語だけ
使用して叫ぶかどうかはよく判らない(多分使用しないのだろう)。

 鑑賞した作品は70年代の洋画でこちらはイタリア語だった。
ロシア語も少し出てくる作品だったが"Niet"(ニェット:No.)
くらいしか判らず(Где?グジェー?:Where?もあったか)。ほんの
少しでも言葉が判ると映画鑑賞はグッと楽しくなる。内容は文句無く
秀作。

 スルーの予定だった某邦画の新作がネットでまあまあ評判が良い
ので前売り券を購入。自分が頻繁に利用していた映画の前売り券を
取り扱う店が軒並み閉店してしまって若者が集うオサレな場所で買う
しかなくなり少々辛いものがあるが立地場所と店員との噛み合わない
やり取りも含めて少し慣れてきた。仕方ないね。。

 明日から仕事(っていうか今日も仕事したけど)、仕方ないね(ーー;)。。

 







 



  

   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   

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2012年1月 3日 (火)

観_12_01_02

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 都内某所で映画を観る。今年の首都圏の冬は朝の冷え込み
がやや厳しくて昼・夕はそれほどでもないという傾向にある。まだ
帰省中にあるのか人は少ない感じ。

 日本国内で起こっている諸問題のほとんど全ては"インテリジェンス"
の低さに原因があるように思う。個々の問題の事例に困難な課題
があっての"結果"ではなく、問題解決能力が極めて低い連中か、解決
する気がサラサラ無いか、解決しないことを厳命されていて事態を
故意に悪化させている連中が鍵を握っていることこそが問題である。
ゆえにどれも日本人にとってのより良い解決は困難であろう。

 鑑賞した作品は50年代の洋画を二本。一本はタイトルだけは
遥か昔から知っていた作品でもう一本は"ついでに"観たのだが
どちらも優れた作品で満足。内容としても今の自分の年齢くらいから
が楽しめる内容だった。映画は究極的には大人の娯楽であってよいと
思う。子供はすぐに大人になるわけだし。

 今年も"年末進行"は大変であったが、脳味噌を使って苦境から
無理やり脱出して去年のような惨状は何とか避けられた。
余りだらけ過ぎないようにしないと。キリキリマイも辛いに違いないが
だらけた生活から戻していくというのもまた辛い。

 帰りに近くのスーパーでお刺身なぞを買って喰うてみる(西村賢太
「苦役列車」風に)。日本と日本人にとって数百年来の試練の、もしか
したら最期の年となるであろう2012年よ、ようこそ。



 
 







 



  

   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   

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