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2012年1月14日 (土)

映画「生きるべきか死ぬべきか」

2010年に見た映画(三十二) 「生きるべきか死ぬべきか」

原題名: To Be or Not to Be
監督: エルンスト・ルビッチ
脚本: エドウィン・ジャスタス・メイヤー,レンジェル・メニヘールト
撮影: ルドルフ・マテ
音楽: ウェルナー・ハイマン
出演: キャロル・ロンバード,ジャック・ベニー,ロバート・スタック
時間: 99分 (1時間39分)
製作年: 1942年/アメリカ [16mm] [モノクロ]

2010年 3月鑑賞
(満足度:☆☆☆☆)(5個で満点)

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ナチス・ドイツに翻弄され、風前の灯と化したポーランドの
ワルシャワを舞台にしたコメディ作品。

 

 カリスマオーラの"全く無いヒトラー"には思わず苦笑。
オーラの無さ自体が当然の意図的な演出だと思うのだが
どうだろうか。

「ハイル マイセルフ!」(Heil, myself!)

の必殺ギャグも苦笑「俺、万歳!」というところか
(「俺、万歳!」が過去のギャグになっていないところ最新の、
近々の我々アジア圏の政治状況であるところが何とも言えない
ところではある)。ヒトラーの肖像には皆敬礼をし、目の前の
当の本人は全く相手にしない完全に「その他大勢の中の一人」
として扱われている様にも爆笑。これも完全に意図的なものなのだろう。
「お前はそんなに偉くない」ということなのだろう。

 鑑賞していて何となく思い至ったのは、恐らくはファシズムでも
デモクラシーでも、庶民レベルにおいての善行、悪行は"等しく
行われるのであろう"
ということだ。

 チャップリンの「独裁者」(1940)が本作よりも二年も前の製作
であることは映画史において大いに着目すべき点であろう。また、
21世紀の今に延々と受け継がれ続ける"ナチス物"(表層的なテーマ
としての反ファシズム)としてのフォーマットが決定的に固まる
「死刑執行人もまた死す」(1943)と実際の国際政治状況の変化との
流れは改めて検証する価値が大いにあるように思う。
ナチス・ドイツがポーランドに侵攻を開始するのは1939年のことである。

 wikiによれば、監督のエルンスト・ルビッチはアメリカの女優
メアリー・ピックフォードの招きにより渡米した(メアリはチャールズ・
チャップリンと親交の篤かった女優)。ビリー・ワイルダーはルビッチの
弟子であり、本作を含めてルビッチの作風は、ビリー・ワイルダー、
小津安二郎らに影響を与えハリウッド・コメディの礎を築いたとのこと。

 またwikiによれば本作の日本公開は1989年6月となっている。戦後体制が
十二分に敷かれての日本での初公開にはそれなりの意味があるだろう。

 

「ハイル マイセルフ!」 (俺、万歳!)
今やお隣の某国を始めとした僅かに残る負の遺物なのか、
はたまた、超個人主義が吹き荒れる21世紀の世界を生き抜く為の
我々自身の必須のキーワードなのか、、

では、皆様ご一緒に唱和しませう。
Heil, myself! ! (゚д゚)ノ
Heil, myself! ! (゚д゚)ノ
Heil, myself! ! (゚д゚)ノ

・・・

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