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2012年4月 7日 (土)

映画「奇蹟の家」

2010年に見た映画(四十二) 「奇蹟の家」

原題名: Tenda dos Milagres
監督: ネルソン・ペレイラ・ドス・サントス
脚本: ネルソン・ペレイラ・ドス・サントス
撮影: エーリオ・シルヴァ   
音楽: ジルベルト・ジル
出演: ウーゴ・カルヴァーナ,ソニア・ディアス,アネシー・ローシャ
時間: 148分 (2時間28分)
製作年: 1977年/ブラジル

2010年 5月鑑賞
(満足度:☆☆☆☆☆)(5個で満点)

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「人種の混合こそ民主的な社会を作る」と主張した19初頭を
生きた異端にして混血の学者ペドロ・アルカンジョのキャラクターを
掘り下げながら、混血であることのアイディンティと、白人VS黒人と
いうような差別の構造についてというよりは、「実情に削ぐ合わない
支配構造」とでもいうべきものについて考察された学術論文のよう
でありながらもスケール感のあるドラマ。

 歴史上において、後塵を排した者としての卑屈さはなく、
自分達が占有し、その権利の正当性を広大な空間において
揺ぎ無いものにしたというある人種達の安逸で怠惰な"垂れ流し"
のようなものではなく、サンバのリズムに合わせて矛盾に満ちた
空間を確信犯的に切り裂こうとする「楽器」そのものである
主人公の声とその叫び・主張にただ圧倒される。

 アルカンジョという人間を無責任にをイコン化していく彼を
知る者達と知らない大衆の様子もユーモラス。演出における
遊び感覚にゴダール的な匂いを感じた。 構成も秀逸。是非もう
一度観たい作品。

 

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コメント

>「人種の混合こそ民主的な社会を作る」
まぁこれって一面的ですよね
日本を見ればわかるけど
人種の混合だけじゃなくて同化と長い歴史が必要ですね
 
DNA的には同じでも文化の違いで民族はいくらでも分かれますし

投稿: 万物創造房店主 | 2012年4月11日 (水) 18時45分

>「人種の混合こそ民主的な社会を作る」

"ペドロ・アルカンジョ"で検索しても、
適度にまとまったサイトが見つからなくて
 
「確かにトルコとか(混血は)美人多いよね。
アルカンジョの指摘は正しい」( ̄∇ ̄)
↑"民主的"から逸脱
 
みたいな"温いコメント"しか見つからなかった
すね。まあ、いいんですけどね(^^;)
 
>まぁこれって一面的ですよね
 
最近、気になってきているのは、
例えばペドロ・アルカンジョの言っていることを
訳すと、本当に
「人種の混合こそ民主的な社会を作る」
ということを言っているのかという点ですね。
大意は外れていないのでしょうが、、
 
学校で当たり前のように教わってきた
著名人の発言の意味とか、歴史的大事件でも
Wikipedia等でで少し調べただけでも
 
「そういう解釈ってありかな。。(分析者の)性格
悪いんちゃうん。わざと曲解してるんちゃうん」
(一_一)

と思う事が多いですね。
 
映画を観れば観るほど
人は解かり合えない
人は人を理解せず曲解しようとする
真っ直ぐに物を見るには高い教養と鍛錬が必要
と思いますね。
 
3.11大人災
以降の世界を見ても将に
何も理解し合えない
何も共有し合えない
社会すねー
日本は世界と相対的に見れば相当にマシだと
思いますが改善の余地はありますね。

投稿: kuroneko | 2012年4月12日 (木) 00時59分

>そういう解釈ってありかな。。
訳や編纂が入ると、その人の意思がどうしても反映されますし
最終的には原著(オリジナル)を読むしかないんですが
それには
相当な語学力やその国の感性・雑学が必要で
まぁなかなか難しいですよね
 
だから、結局、どれも話半分で読んで、残りは勝手に想像するしかない
僕はそんな感じです
 
古い日本のものの場合は
できるだけ原文と現代語訳が併記されているものを買うようにしています

投稿: 万物創造房店主 | 2012年4月17日 (火) 20時15分

>相当な語学力やその国の感性・雑学が必要で
>まぁなかなか難しいですよね
 
そうですね。
でも、本当に「優れている物」というのは
シンプルで理解することは難しくても
感じることは出来るように思いますね。
 
>残りは勝手に想像するしかない
>僕はそんな感じです
 
多くの先人たちも同様の主旨のコメントを
残していますよね。遺されている半分の形から
残りの半分の形状を想像してみる。あるいは
自分で残りをデザインして作ってみる。
 
オリジナルの型を禄に調べもしないで、
見もしないで、感じもしないで、失われた、
あるいはそもそも存在しない残りの半分の
形状を強制的に刷り込ませたり、捏造したり
することが、これすなわち『罪』であり、
それこそがオリジナルであると高らかに
宣言していることが『歴史』の恐ろしい側面
ですね。
 
>併記されているものを買うように
 
優れた宮大工のように過去の履歴を
徹底的に、誠実に保存し、記録しつつ、
自分たちの時代の最大限の叡智を結集させて
次の一歩を記し、次世代に『繋ぐ』
これが本当の『歴史』ですよね。
( ̄ー+ ̄)
 
切断する者を見よ!
その目を見よ!
その手を見よ!
その言動に注意せよ。
されど相手には決してするな!!

投稿: kuroneko | 2012年4月18日 (水) 23時57分

>感じることは出来るように思いますね。
来ましたね
「Don't think ,feel!」
 
韓国人の場合
漢字が読めない人が多く
李朝ですら
いや日本統治時代ですら
アプローチできませんから
ある意味
日本人の方が一般人が真の歴史にアプローチできる可能性は圧倒的に高いですね
 
原典に当たれるものと
翻訳史料でしか調べられないものとの差は大きいです

投稿: 万物創造房店主 | 2012年4月19日 (木) 18時34分

>来ましたね
>「Don't think ,feel!」
 
\(^^)/
 
>真の歴史にアプローチできる可能性
 
英語も"行間を読む"ことはその文法上
難しいので恐ろしく崩しても入れ替えても
意味が壊れない日本語の方が検証は
深化させることができますね。
 
アメリカが日本を挑発して戦争させて
虐殺に次ぐ虐殺を続けた理由は判りますね。
 
嘘の上に嘘の上に嘘で固めて
痛めつけて痛めつけて痛めつけないと
日本人は整合性の取れた結論に達してしまう
恐れが充分にあるので困るのでしょうね。

投稿: kuroneko | 2012年4月20日 (金) 00時08分

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