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2012年5月26日 (土)

映画「カリガリ博士」

「カリガリ博士」

原題名: Das Kabinett des Doktor Caligari
監督: ローベルト・ヴィーネ
脚本: ハンス・ヤノヴィッツ,カール・マイヤー
出演: コンラート・ファイト,ヴェルナー・クラウス
時間: 71分 (1時間11分)
製作年: 1920年/ドイツ

2010年 6月鑑賞
(満足度:☆☆☆☆)(5個で満点)

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"カリガリ博士"は、怪しげな"眠り男"を見世物にして、客の未来
を予言させる。ある日、二人連れの客の一人は、「お前に未来は
ない」と予言され、その夜に何者かに殺される。カリガリ博士に
捜査の手が伸びるが。。

 

 カリガリ博士の放つキャラクターとして完成された孤独なオーラ
からそのままストレート且つシンプルに「狂気の男」として描かれて
いる。故意にパースを狂わせた街のデザインが不安感と住民達の
疎外感を増幅する装置として登場人物同様に重要な役割を果たし
ている。人々は、その狭いオモチャのような街を逃げ惑い、恐怖の
叫びを上げる。無力で無知な彼等の行動をそのまま「音」にしたか
のようなBGMも秀逸。

 人々を恐怖に陥れるカリガリ博士自身もまた、お縄になるまいと
感情を剥き出しにして、目先のことだけに執着して、堕落して生きる
人間達を心の中では実は妬んでいる時点で、確実に"ただの人間"
であり、凡人に過ぎない。

 "カリガリ博士"なる者は、もっともっと超然として、生きとし、生ける
人間共を尽く見下し、俗世間の『全て』を嘲笑うような徹頭徹尾に
冷酷無比のキャラクターであって欲しかった。

 題名は、"Dr."を"博士"と訳さずに、「Dr.カリガリ」とした方が作品の
内容にニュアンス的に近づくと思う。"博士"という日本語は端正過ぎ
て社会的身分において肯定的なニュアンスがとても強く、狂気の色合
いが今ひとう無い。かの名作「バック・トゥ・ザ・フューチャー」シリーズの
クリストファー・ロイド演じるお茶目な老博士"ドク"は"Dr.エメット・ブラウン"
(エメット・ブラウン博士)であり、全シリーズ中において幾度となく連呼される

「ドク!、ドク!!」

というかのマーティの叫びを「博士!博士!!」と訳していたならば、これほど
日本で長年愛される作品となったかどうか、微妙に異なっているだろうと思う。
"ドク"は名前ではなく、愛称ですらない単に「博士」という意味であると
認識して作品を観ると印象の変化は少なくない。というか結構大きい。
言葉というものはその空間を支配する力がある。

 本作は、特殊効果も、特殊メイクも特筆するような技法はなく、撮影も
いたってシンプルでありながら"眠り男"の何たる不気味さ。街全体が
醸しだす何たるファナティックな陰湿さ。映画作りの観点から学ぶべき
点は、ある。

 "眠り男"を演じたコンラート・ファイトはハートフルな大作且つ秀作の
「笑ふ男」(1928)では主役の"笑う男"(笑顔の表情しかできない男)を
見事に演じている。

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