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2012年12月 1日 (土)

映画「野火」

「野火」

原作: 大岡昇平
監督: 市川崑
脚本: 和田夏十
撮影: 小林節雄
音楽: 芥川也寸志
美術: 柴田篤二
編集: 中静達治
特殊撮影: 的場徹
出演: 船越英二,ミッキー・カーチス,滝沢修,浜口善博,石黒達也,稲葉義男

   

時間: 104分 (1時間44分)
製作年: 1959年/日本 大映

(満足度:☆☆☆☆+)(5個で満点)
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太平洋戦争末期のレイテ島。敗残兵となった田村が目撃する極限状態に
おかれた日本兵の惨状を市川崑が描く。原作は大岡昇平の同名小説。

 

 原作は大学生の時代に読んだ記憶があるが、大岡昇平の代表作の一つと
いうことで気負ってしまってかきちんと味わえなかったように思う。本作は、
芥川也寸志の音楽が聴きたくて観に行った。音楽は幕開けから期待した通りで、
流暢な過不足の無いナレーションのようにこれから展開される物語が暗雲
立ち込めている事を適確に暗示していた。OPはタイトルも画面構成もよく音楽と
調和していて作品の緊張感は最後まで緩まなかった。

 原作の持つ力と方向性を「映画」という映像と音楽の羅列に"そのまま起す"と
いう作業をすると、まず厄介なことになり、観客は退屈地獄に落とされるリスクが
高いのだが、本作は監督・脚本・撮影のそれぞれが作品の価値と力を理解
しながら単なるトレースではなく、映画として再構築しようと苦心している様が読み
取れてかなり健闘していると思う。敗残兵達の悲惨極まる行軍を延々と描きつつも
空虚な体制批判に陥ることを極力避けて、国家も、家族も、完全に剥ぎ取られ、
且つ肉体的疲労と空腹の限界と人間としての尊厳を傷つけられた人間が

どうなっていくのか

を描写していく。そして物語の経過と共に、その描写は最終段階の「答え」を捉え、
その肯定は原作の「野火」に近づく。

 船越英二は「盲獣」(1969)では熱演ではあったけれど、ちょっと"俳優臭さ"が
出すぎていていまいちであったが(演出との設計的なバランスの問題もあるだろう)、
本作では一兵隊から生きること以外の権限を奪われた孤立した人間へ、そして、
獣と人間の境界線の"何者"かへと漂っていく敗残兵を肉体的アプローチと共に
上手く演じていた。自ら犯す罪を正当化もせず、各々が「生きるため」に嘘をつき、
信頼関係が皆無な中で、「殺されないため」にその真意を悟られないように苦心
する細かい目の動き、、

 撮影は、残念ながら国内ロケと思われる感じは否めない。

 飢えと、戦略無き無謀な指令による戦争とは全く別種の命の軽視への怒りを
作品の背後に置きながら、どこともしれない異郷の地で犬猫同然に無駄死に
していく無念さ
を、明らかに日本ではない環境の描写で表現できれば、さらに
凄い映画となったことであろう。戦争映画の相当数がこの点において全く大失敗
しているか成功していない。

 同じく市川崑監督による「ビルマの竪琴」(1956)はこの点において秀逸な作品
だと思う。

 生きているだけと化した日本兵達の動きと描写の幾つかのシーンにおいては
「ゾンビ」を意識しているのではと思われたが、所謂ゾンビ物の興隆が起こるのは
本作よりも少し後なのでこの作品の位置と市川崑がどのように映像イメージを
持ったのかは興味のあるところである。

 和田夏十(わだなっと)は市川崑作品のほとんどにクレジットされている公私に渡る
パートナーでwikiによれば、二人は"同志"であり市川崑は自分の作品を褒められると
「それは夏十さんの功績です」と答えるのが常だったとか。本作の脚本は手堅く
且つ上手にまとめられていて納得。

 撮影の小林節雄は硬派で骨太な作品を数多く手掛けている邦画史に大きな
足跡を遺す督増村保造と多く組んでいるようだ。緑魔子と佐藤慶と田宮次朗の
三つ巴が楽しい秀作「大悪党」(1968)を担当している。本作ではロケの場所とか
予算の制約とか戦争物においてはボトルネックもいい所の縛りが当然のように
あったであろうが相当良い仕事をしていると思う。

 原作に囚われずに映画として"独立した面白さ"がきちんと成立しているのは
日本が誇るキングフィルムメーカー市川崑の面目躍如というところであろうか。
芥川也寸志の素晴らしい仕事が堪能でき、作品全体のレベルも充分に高く優れた
作品であった。


WORKS OF YASUSHI AKUTAGAWA
Yasushi Original Motion Picture Soundtracks を聴きながら。
「鬼畜」(1978)の仕事もヤバ過ぎる。


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コメント

これもいつか観たいと思ってる映画のひとつですね
 
市川崑 好きなんで
全作品観たいですね
 
ゾンビの動きに関しては
今のところ
1964年の「地球最後の男」の吸血鬼化した人間の動きが元祖とされているのですが
 
この映画が1959年ということで
もしかしたら
さらに元祖かもしれないですね(^^♪

投稿: 万物創造房店主 | 2012年12月 4日 (火) 16時51分

そうですね。
本作は特定の戦場の作戦や事象に固執しないで
その根本にある「人間の虚無性」のような物に
迫ろうとしている感じで秀作だと思います。
感想に書いたように音楽、映像共にしっかり
"エンタメ"しているのもとても良いです。
 
市川崑が手掛けた同じ戦争物の
「ビルマの竪琴(総集編)」(1956)が
人間のプラスの面を描いた"A面"だとしたら
こっちは裏の顔を描いた"B面"と言えるかもしれないですね。
 
市川崑傑作戦争映画二部作と勝手に命名(^^)
 
>もしかしたら
>さらに元祖かもしれないですね(^^♪
 
観た雰囲気では「(ゾンビの)動きを取り入れている」
という印象を受けたんですけど年表的に先駆け的作品
でしかも"逆"だったとしたら、、
自分の指摘は画期的か??( ̄ー+ ̄)
店主さんに鑑賞して頂いてご意見聞きたいすね(^o^)

投稿: kuroneko | 2012年12月 5日 (水) 01時42分

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