映画「ガス人間第一号」
「ガス人間第一号」
監督: 本多猪四郎
脚本: 木村武
撮影: 小泉一
美術: 清水喜代志
編集: 平一二
特技監督: 円谷英二
特技/撮影: 有川貞昌
特技/美術: 渡辺明
出演: 八千草薫 ,土屋嘉男,三橋達也,佐多契子,野村浩三,伊藤久哉
時間: 91分 (1時間31分)
製作年: 1960年/日本 東宝
(満足度:☆☆☆☆☆)(5個で満点)
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犯人の正体が掴めない銀行強盗事件が多発する。警部補になったばかりの
岡本(三橋達也)は、犯人の足跡と金の流れを追っていくと一人の女流舞踏家
藤千代(八千草薫)の存在が浮かび上がった。数度目の銀行強盗が起こり犯人
は逮捕されるが、水野(土屋嘉男)という謎の男が真犯人に名乗りを上げる。。
少年の頃に知っていて且つ観てみたいと長年思っていた作品だがようやく観る
機会を得た。しかもスクリーンで。八千草薫が素晴らしいと当時読んだ某映画ムック
のレビューに書いてあったのをよく覚えているがなるほど素晴らしい。外見も
佇まいも美しく、神秘的な鬱屈を秘めた藤千代のキャラクターの完成度は
とても高く、作品のグレードを高めるのに絶大な貢献をしている。彼女が演じて
いなければ本作の評価は全く別のものになっていたであろう。
驚いたのは脚本と撮影の完成度の高さである。中盤までガス人間は登場せず、
大きな特撮シーンも皆無で事件の原因に"ガス人間"というオカルティックな理由を
持ち出さずこともなくドラマは藤千代を軸にしっかりと進んでいく。そして、ガス人間の
登場により特撮パートは当然増え世間は騒然となっていくが、一番の核である
藤千代と水野の共に"陰"を持つ部分で奇妙な愛情関係を培っていく二人の関係が
まったく中心からぶれないので単なる特撮物とは一線を画すクオリティでクライマッ
クスへ向けて物語が進んでいく。所謂"東宝特撮物"では郡を抜く出来だと思う。
ガス人間である水野を演じる土屋嘉男のキャスティングもとても良い。土屋の持つ
"普通さ"と顔立ちの"華の無さ"が犯人がなかなか見つからない、見つかっても
本人の証言に信憑性がないリアル感が獲得されていて水野が特別な選ばれた
人間ではなく、すでに何人もの人体実験が行われていることも土屋の"普通さ"から
感じられ、完璧なまでに美しい藤千代への問答無用の傾倒も、台詞は全く必要なく、
すでに「世界」は完成されている。
勿体無いのは、ここまでの完成度をスタッフも恐らく本多猪四郎も期待して
いなかったのではあるまいか。最後は不条理を漂わせたそれなりに優れた
幕切れとなっているものの単なる"東宝特撮物"に過ぎない箱の中へ製作側が
綺麗に撤収してしまったことである。仕方がないことは仕方が無いのだが超一級品
のSF作品に成り得たのに、全体としてとても出来が良いだけに観ていて歯痒かった。
中盤の水野がガス人間になるくだりの、何でもできる力を得たことの水野の
高揚感と、法に束縛されない、超越した人間の挑戦を社会は受け止める力が
無いことの不気味さと無力さ、そして絶大な力を得た水野の幸せにはなれない
絶望感。水野の屈折した思いをなぜか受け入れる藤千代の同じく屈折した感情。
後世に永久に残る超一級品となりえる"芽"は沢山出ていた。最後のシーンも、
余計なその他大勢を撮る必要は全くなく、水野と藤千代の社会に疎外された者
同士の邂逅をどこまも加速させていくべきだったと思う。全体的に撮影のレベル
は高く、特に藤千代の踊りのシーンは特撮ドラマとは全く判らない非常に高い
完成度をみせているので残念でならない。
撮影の小泉一は東宝怪獣物の最高峰の誉れ高い「サンダ対ガイラ」(1966)や
「キングコングの逆襲」(1967)、「モスラ対ゴジラ」(1964)などマニアにも評価の高い
作品を手掛けている。「キングコングの逆襲」は未見であるが、ワンシーン、ワン
シーンの心地いい"カッチリ感"・安定感、また印象深いシーンが作中に幾つも
あるなど、本作を含め上記作品には共通している。「撮るのが上手い」という
当たり前のことが出来る稀有な撮影監督ではなかろうか。
脚本は木村武(別名 馬淵薫)であるが、上記の小泉一参加作品の脚本を尽く
手掛けているのは特筆に価するだろう。脚本という「世界の全て」がまずしっかりと
していてこそ、"それ"を現出させる「絵作り」がしっかり出来るという好例である。
手掛けた作品の中で「空の大怪獣ラドン」(1956)、「世界大戦争」(1961)は、脚本
にやや難がある(「世界大戦争」は決定的に弱い)がこれらは共作になっている
のもなかなか興味深い化学式である。才能があるがゆえに押し出しに弱い結果
なのか。。
個人的にはもっともっと高みにいけた作品であるが、一級品のSF特撮映画
であることには変わりない。メインのガス人間の水野と藤千代の二人の
"スタンドアロン"としての悲哀がベースにある物語なので女性の方がより楽しめる
作品かもしれない。男は基本的には集団のピラミッド組織の中で生きる生物
であり、女は単独で独立した"系"を内に秘めて生きる生物だから。
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