映画「東京暮色」
「東京暮色」
監督: 小津安二郎
脚本: 野田高梧,小津安二郎
撮影: 厚田雄春
美術: 浜田辰雄
音楽: 斎藤高順
編集: 浜村義康
衣裳: 長島勇治
出演: 有馬稲子,山田五十鈴,原節子,笠智衆,信欣三,中村伸朗,杉村春子
時間: 140分 (2時間20分) [モノクロ・スタンダード]
製作年: 1957年/日本 松竹大船
(満足度:☆☆☆☆+)(5個で満点)
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父(笠智衆)と二人で暮らす明子(有馬稲子)は若くて自由も十分にでありながら、
自分でも判らない鬱屈を抱えて英語速記を習うといいながら男友達と付き合い
時間を浪費する日々を過ごす。ある日、姉(原節子)の孝子は作家である夫と
反りが合わずに実家に戻ってくる。。
キャスティングが超豪華。主要キャストは全員それぞれが主役を演じる
佳作・秀作・傑作を持っており芸達者な彼等を観ているだけも満足。
山田五十鈴は本作の前年に製作された成瀬巳喜男の代表作の一つ
「流れる」(1956)とはうって変わって容赦ないオバハン振り(容姿としての)を
見せて驚いてしまった。
縦割り社会の弊害を象徴する官僚的な役をやらせたら逸品の中村伸朗の
雀荘の親父の"似合わなさ振り"にも苦笑を超えて爆笑しそうになってしまったが
これはこれで「柄でもない職に身を落としてしまった哀しい中年男」を十二分に
演じている。
原節子や笠智衆は相変わらずだが、二人のこの作品に対する他の作品との
気持ちの違いというものを観ながら勝手に考えた。
杉村春子は監督を越えて他の作品とほぼ共通するキャラを水を得た魚の如くに
楽しくてたまらないという雰囲気で演じていて微笑ましく肩の力の抜け具合が
流石の貫禄である。
信欣三は作品ごとに全く違う役柄を求められるのか本作では才能が十分には
無いことを自覚した子持ちの作家を不気味なリアルさで好演している。
有馬稲子の「若者のすべて」を体現する棘棘しさは小津作品であることを考えると
どこまでも観ていて興味深く。上手い。
個人的に大好きな宮口精二は出演シーンは短いながらも印象的な刑事役を好演。
本作は小津53歳の時の作品。タイトルを「東京景色(けしき)」だと勘違いして
観てしまい"暮色"(ぼしょく)だと後で気付いて納得。物語は全体的に暗く夜や
遅い午後の時間帯のシーンが非常に多い。昼間のシーンであっても曇り空を
連想させるようにどこか陰鬱としている。主人公の明子に象徴されるかのように、
登場人物はどこなく皆"芯"が感じられずにだらしなくて弱い。姉の孝子も、
父も、父の妹(杉村春子)も雀荘の親父の中村伸朗もその相方の山田五十鈴も、
みな"何となく","仕方なく"生きていて、明子は若い情熱を思う存分にぶつける
対象を「探す力」が弱いことを自覚し、そのことを悩むが打ち明けられる相手を
全く見出せない中でやがて人生の坂を転げ落ちていく。
小津の作品は、いつも人間関係の力学的な"磁場"が実はとても弱いことを
細かな演出とカットの積み上げによって表現するが、その弱さをよく知っている
登場人物達が蠢きあい、最後には救いのようなものを皆でその磁場を使って
表現するわけだが、本作においては磁場が弱いことに皆が無自覚のままでいると
どうなってしまうかということを2時間20分という長い尺を使ってじっくりと見せている。
戦争の爪痕もようやくにして消えた時代に突入しようというのに、本作では誰もが
尽く迷走している。ほんの少し登場する刑事役の宮口精二ですら、職務を遂行
しようという"覇気"はまるで感じられない。どこか寂しくてとても暗くて怖い作品だ。
そして、それは全て計算され尽くした作品全体の世界感であること間違いない。
明子は必死の思いで、縋る思いで探し出したボーイフレンドにあっさりと海岸端に
放置され絶望のまま座り込み微動だにしない。カメラは凍りついたかのような明子を
捉え続ける。明子は絶望しうな垂れたまま彫刻のように微動だにせず闇はただ
ひたすら深くなる。。
戦争は終わったのに、どうしてこうなったのだろうか。
我々は寧ろ戦後のどこかで道を誤ったのだろうか。
救い難い暗さゆえに時代の一面を刻銘に捉え、その一面の面積は"あれから"
広がり続けて今や生まれたばかりの赤ん坊にも襲いかかろうかとする怪物にまで
進化して成長してしまった何か。
老成に入った小津の溜息ではなく、原因を探ろうとするがゆえに冷静に状況を観察
し記述した論文のような趣も感じられる。小津も黒澤も成瀬も加藤泰も山根も誰も彼も
何もかもが退場してしまったこの東京と日本はあれからずっとずっと暮色だろうか。
東京と日本への小津からの手紙であり、映画としてのある種の墓標。それは"死"
の視点からの例外的小津作品なのであろうか。
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