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2013年7月13日 (土)

東京漂流某日(九)

東京で大した野望も無くどうってことなく生きる
或る男の漂流記・・・

chapter9:  前哨戦(2) 真夜中の静寂

 黒猫が"鼎"に入社してから一ヶ月が過ぎた。本来ならば、会社で定めた
規定の研修を経て、正式なコードの作成作業に入るはずであったが(黒猫
以外の他の社員は全員研修済みであった)、犬鷲が黒猫に内定決定の
電話をした時の話の通り、大きな案件が急に受注できたらしく、黒猫は
数週間の自習を事実上の研修期間と判断されて、直接、実地作業へ投入
されることになった。

 各自が指定された本数のコードの提出が全員終わり、犬鷲の手による
全体チェックの最終日がやって来た。

 黒猫は二本のコードを書いた。黒猫にとっては、今後やっていけるのか、
事実上の入社試験の趣を呈していた。

 「皆さん、ご苦労様でした。これから呼ぶ人が書いたコードについては
幾つかの修正をして頂きたい点がありますので、呼ばれた方は、別室まで
お願いします」

 犬鷲はいつもの澱みの無い声でそう告げると、手にしたリストに目を
やりながら、何名かの名前を部屋全体に行き渡る声で読み上げた。
その中に黒猫の名は無かった。"駿"の名も。

 コードの修正点の洗い出しも終り、作業者全員がオフィスのメイン
ルームに再度、集合した。犬鷲の表情はいつもの穏やかさを取り戻し、
部屋は和やかな雰囲気になった。それぞれが書いたコードのコピーを
皆で眺めたり、批評し合ったりした。まだ他社員とは余り打ち解けてなく
傍らに立っていた黒猫にとっては、新鮮な光景だった。黒猫も、何枚
かのコピーを手に取りさも確認している素振りをした。

 黒猫は自分で書いたコードのコピーを見つけ、テーブルから拾い上げた。
記念すべき最初の一本目は、ひどく気負ったままほぼ完徹して仕上げた
せいもあってか、印刷されたコードを見ると、自分でもそれらしく出来ている
ように思われた。疲れと数日間続いた緊張から解放されたことによる緩みと、
大きなミスが無かった悦びもあってか、黒猫はつい笑いがこみ上げそうに
なるのを必死に抑えた。

 「黒猫君のコード、F/Kで初めて書いた割りにはなかなかの出来でしたよ
少し慎重過ぎる箇所もありましたが、最初はそれくらいの方が良いでしょう」
黒猫の実質的な初仕事に対する犬鷲の"総評"だった。黒猫は黙って頷いた。

 いつものようにどこか超然とした風であった駿は、黒猫の書いた二本目の
コードが印刷された紙を摘み上げた。

ふーん
駿は、視線を上から下に素早く移してコードを読んだ。黒猫は、駿の様子を
見ていて、子供の頃に自分の作ったプラモデルを友達に見せた光景を漠然と
思い出した。

まあまあだな、黒猫。でも、"まだまだ"だな。コレを見よ!
駿は、そう言って芝居かかった素振りで一枚の紙を黒猫に向かって投げた。

 「、、、!!

 黒猫は、受け取った紙に書かれているコードを見て、思わず目を見張った
そこには、他の人間達の書いた平均的な量の半分にも満たない行数であり
ながら、処理されるであろう情報量は恐らくは倍近いであろう内容のコードが、
よく整理された文体で記述されていた。簡潔且つ明瞭に記述されてる駿の書いた
コードは、"端正"という言葉を黒猫の脳裏に思いおこさせ、その徹底された
無駄の無さは、美しくすらあった

 「じゃあ、犬鷲さん、俺、帰りマース。皆さん、お先に。カッ、カッ、カッ!」
まだ、退社していい時刻までは若干あったが、駿はお構いなしに高らかに
笑いながら、さっさとオフィスを後にした。

 皆が恐らくはいつものように、半ば呆れつつ駿の後ろ姿を見送る中で、
黒猫は、駿から受け取った紙のコードに釘付けになっていた。一文字一文字を
必死になって解読してみたが、黒猫が見てもミスコードが見つかるはずもなかった。

 「やっぱり、我が社内では、駿君の力量は抜きん出ていますね
犬鷲は、まるで常勝を誇る強豪野球部の監督でもあるかのような雰囲気で、
満足そうに皆に聞こえる声で言った。

 「どうやったら、こんなにも短く、正確なコードがスイスイ書けるんだろ、、
黒猫は心の中で呟き、尚も、コードを目で追い解読を続けた。

 「、、、他人の書いたコードは、使ってもいいものなのでしょうか?」
黒猫は、犬鷲に率直に聞いた。

 「構いません。どんどん使ってください。黒猫君も頑張って、早く駿君みたいに
我が社の主戦力になってくださいね」
犬鷲は皆の作業が予定通りに仕上がったせいか、ひどく上機嫌だった。

、、ハイ
黒猫は呆然として、頷いた。

 黒猫にとっての"初陣"から、数日が過ぎた。

 ここ最近、ずっとそうしているように、その日も黒猫は最後まで一人オフィスに
残って自習としてコードを書いていた。知らないことが余りにも多すぎて、やること
は幾らでもあった。ここ数日は、駿から拝借したコードを基にして、すでに納品済み
ではあるが自分の書いたコードを書き直していた。駿の書いたコードの細部の
意味と機能について、本人に聞いても、ただ笑うのみで取り合おうとはしなかった。

 「真似をしたければしろ。ただし、"意味"は教えねぇ。自分で調べろ、黒猫
駿はそう言って、いつものようにカッカッと高らかな笑い声を上げた。

 コードの作成と実行、そして修正を繰り返しているうちに夜中になった。黒猫は
いつも自分で定めている休憩の時間になったことに気付き、湯を沸かしてカップ
ラーメンを作った。

 丑満刻となり、オフィスを静寂が包んだ。

、、、?!
黒猫は、不意に夢から覚めたような感覚に襲われ、誰もいないオフィスを見回した。

「、、、去年の今頃、俺は何をしていたっけ?
思わず独り言を呟いた。暗いオフィス内に声が響いた。

「そういえば、小暮達と海で花火をしたのは調度、今頃だったっけ」
伸びてしまったカップラーメンを食べながら、黒猫は金田やミサキの顔を懐かしく
思い出した。

今夜も、徹夜だ。

 
 
 
 

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

<=== Back                      To be continued ===>

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

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