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2013年7月 7日 (日)

東京漂流某日(八)

東京で大した野望も無くどうってことなく生きる
或る男の漂流記・・・

chapter8:  前哨戦(1) Watch the man.

 「それでは、お願いします」 
犬鷲は、そう言って、ディスクケースを黒猫に手渡した。

「ハイ」
黒猫は、返事をして、たどたどしくケースを開けてみると、
眩しい光沢を発するCDの表面には

 F/K Version.3.0

と鮮やかな刻印があった。

一挙手一挙動を、犬鷲は黒猫の背後からじっと見守っている。
黒猫は、優に10以上の眼があるようにも背中に感じた。

「一体、コレをどうすればいいんだろう?」

黒猫は返事はしたものの、内心では戦々恐々とし、表面上では
"いつもの操作"という風を必死で装い、何とかディスクをパソコンに
挿入した。

「、、鴇男の部屋で見たことを思い出せ、、」

黒猫は画面に次々と展開される文字に全神経を集中させた。

accept,
below,
under environment,
..

英単語をこれほどまでに一字一字真剣に読んだのは、いつ以来だろうか。.
黒猫はあくまでも表向きは"何食わぬ顔"で操作を進めていく。 
インストールが始まり画面が暗転した。


「、、うん!大丈夫そうですね

 

大鷲は、背後で満足そうな大きな声を発した。

「、、大丈夫なんだ!?」
黒猫は安堵で苦笑が出そうになったのを必死で堪えた。

 社長から会社の運営を事実上、一任されているらしい犬鷲は日々
何かと忙しく、一日の午後は大概社外に出たままだった。黒猫の
他社員への紹介は延期されたまま日が過ぎて行った。

 まだ何者でも無く、何を聞かれてもまともに答えられないであろう
黒猫にとっては、その方が有り難く、数日間というもの、挨拶以外は
社内の誰とも言葉を交わさず、目も合わさず、犬鷲より渡されていた
初歩的な内容のコード作成マニュアルを黙々とこなし、定時になると、
まるで追われるように会社を出た。

 坂道を早足で降りて、まるで"猫"そのままに後ろを振り返り、大きく深呼吸を
した。電車に乗り、数駅離れた所で一旦降りて所定の喫茶店に飛びこむと、記憶を
頼りにその日見たコードをノートに書き、よく判らないながらも自分なりの注記を
付けていった。

「要するに、"プログラム"というものは,英語と数学の融合なんだな」

鴇男の部屋で"決起"してから、数ヶ月目にしてとりあえずの目的地にどうにか到着
した黒猫は、月面に降り立った探査機にでもなったような気持ちでいた。

何も無い(としか見えない)、広大な大地を静かに進んでいくと、突如して
奇妙なオブジェが眼の前に立ちはだかる。そのオブジェが奇妙なのは、
黒猫が定義の内容と、形の"意味"を全く知らないからだ。そのオブジェの
意味を知った途端、出現するタイミングと様式、全ては厳密なる意味を持ち、
力を放つ。

 一週間は瞬く間に過ぎた。

「では、遅くなりましたが紹介します。今回新しく入社した黒猫君です」
入社して週が代わった月曜日の夕方、いつもの作業が終わった後で
黒猫は在籍社員に紹介された。

「この度、入社しました黒猫と申します。どうぞよろしくお願いします
黒猫は、丁寧に頭を下げた。この時、黒猫はようやくにして、皆の顔を
はっきりと認識した。

「こちらこそ、よろしくお願いします」
「よろしく、お願いします」
それぞれ、自分の席から黒猫に向かって言葉を返した。
その中には、面接の時に応対してくれた女性の笑顔があった。

一人だけ、犬鷲による紹介の最中にもまるで意に介さず、場違いな
雰囲気で新聞を読み耽っていた男がモニターの向こうから急に顔を上げた。

「よろしく~」

体脂肪が少なく、痩せ型で、縁の太い丸眼鏡をしてヨレヨレのランニング
シャツが良く似合いそうなその風貌は、二昔も前くらいの典型的な日本人
中年男性の雰囲気を濃厚に漂わせていた。実際には同い年だと言うことを
黒猫は後で知った。

「何でも聞いて。何でも」

男は、そう言うとクルリと椅子を回し背後を向いてまた新聞に顔を沈めた。 
独特な笑い方をする人だと黒猫は思った。

 男の名は"駿"といった。


 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

<=== Back                      To be continued ===>

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

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