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2013年8月14日 (水)

東京漂流某日(十一)

東京で大した野望も無くどうってことなく生きる
或る男の漂流記・・・

chapter11: 峠(1) Early days

 その日も、黒猫は一人会社に残り、コードの作成作業を続けていた。
季節は夏の最中を迎えつつあった。安アパートの自宅に帰っても、ただ
蒸し暑いだけで、何か面白いことが待っているわけでもない黒猫にとっては、
すぐ近くに銭湯があって、安価でそこそこ美味しい定食屋もある会社に
泊まって、プログラムの実務と勉強をしている方が、なまじ帰宅してしまう
よりも遥かに"理に叶って"いた。任されるコードの本数と難易度も着実に
上がり、駿や貂坂や犬鷲という前を走る優れた先輩が何人もいる中である
ということも、黒猫の会社への連日の泊り込みに拍車をかけていた。 
   

Please call this phone number '03-xxxx-xxxx'.

 黒猫が作業に打ち込んでいると、パソコンの画面の下に一行文字が
流れた。

「もうすぐ出来上がるな。風呂にでもいって、晩飯にするか、、」
小さな異変を意に介することなく、黒猫は作業を続けた。キーボードを
操りながら、いつもの定食屋で何を食べようかと思いを巡らしていた。

 

Please call this phone number '03-xxxx-xxxx'.

 

黒猫は謎の文字が視界には入ってきたことには気付いたが、そのさらに
奥に展開している自分の書いているコードに意識を集中している。

「なんだろう、この文字列は、、OSが出しているのだろうか。。」
仕事に必要な事以外、何一つパソコンの設定をいじっていない黒猫には
目の前で起きている現象に心当たりはまるでなく、よって相手にする必要は
ないと判断して引き続き作業を続けた。

 

Please call this phone number '03-xxxx-xxxx'.
Please call this phone number '03-xxxx-xxxx'.
Please call this phone number '03-xxxx-xxxx'.
Please call this phone number '03-xxxx-xxxx'.
Please call this phone number '03-xxxx-xxxx'.
Please call this phone number '03-xxxx-xxxx'.
Please call this phone number '03-xxxx-xxxx'.
Please call this phone number '03-xxxx-xxxx'.
Please call this phone number '03-xxxx-xxxx'.
Please call this phone number '03-xxxx-xxxx'.
Please call this phone number '03-xxxx-xxxx'.
Please call this phone number '03-xxxx-xxxx'.
Please call this phone number '03-xxxx-xxxx'.
Please call this phone number '03-xxxx-xxxx'.
Please call this phone number '03-xxxx-xxxx'.
Please call this phone number '03-xxxx-xxxx'.
Please call this phone number '03-xxxx-xxxx'.
Please call this phone number '03-xxxx-xxxx'.
Please call this phone number '03-xxxx-xxxx'.
Please call this phone number '03-xxxx-xxxx'.

....
....
....
 

「うわっ!!」
画面がいつのまにか意味不明なセンテンスで満たされて、最早、コード作業が
不可能になった時に黒猫はようやく異常に気付いて、手を止めた。

「何だ、これは?一体何が、、??
まるで、SF映画か何かの主人公にでもなったような気分で、黒猫は画面
いっぱいに流れ続ける謎の文字を呆然と目で追った。

 

 ジリリリリリリ

 

突然、電話が鳴り出した。
「!!」
反射的に黒猫は受話器を取った。

「ハイ。もしもし?」
黒猫は、自分が会社にいることを一瞬忘れていた。

「、、"鼎"様でしょうか?」

「ハイ。そうですが」
黒猫は、すぐに我に帰った。

「私、"ハイパー物流サービス"の沢木と申しますが」

「あ、ハイ。"鼎"でございます」

黒猫は相手が告げた会社に来週納品予定のコードを書いている真っ最中
だった。沢木は、黒猫と犬鷲等が納品する時にいつも窓口になっている
二人組のうちの一人だった。

「、、、?!」
黒猫は、この会社のバックアップシステムの一つに直接アクセスして、
コードの作成とテストをしていたことをすっかり忘れていたことに気付いた。
画面に溢れた番号と、電話のディスプレイに表示されている番号が一致して
いる。よくよく考えてみると、パソコンの画面を覆っている電話番号は同社の
番号だった。

「"鼎"の黒猫と申します。いつも大変お世話になっております。すぐに
ログアウトします」
黒猫は、誰もいないオフィスで電話先の沢木に頭を下げた。

「、、、オイ。やっぱりアクセスしてきてるの、"鼎"さんだったぞ」
沢木が同室にいるらしい誰かに報告しているらしい声が受話器の向こう側
から聞こえた。

「あー、犬鷲さんと一緒に来られている黒猫さんですね。どうも沢木です。
こんな遅くまで、ご苦労様です」
黒猫は、沢木が自分の名前を認識しているとわかって、安堵した。

「申し訳ありません。接続しっ放しで作業しているのを忘れていました」
黒猫は正直に沢木に告げた。

「いやー、こちらこそ。作業を続けて頂いても全然構わないのですが、守衛が
もう閉めたいと言い出しておりまして。まあ、我々もそろそろ帰りたいことは、
帰りたいのですが」
沢木はそう言って電話越しで快活に笑い声を立てた。

「流石に規模の大きな会社は違う」
黒猫は"守衛"という言葉に妙に関心しつつ、慌ててシステムを抜ける操作を
受話器を肩と顔の間に挟んだまま手早く行った。相手先のシステム画面が
擬似的に表示されていたのが、"ログアウト"することでいつものパソコンの
画面に戻り、溢れていた電話番号も同時に消えた。

「申し訳ありませんでした。今、抜けました」
黒猫は沢木に告げた。

「ありがとうございます。こちらこそ、せっかくやって頂いていたのに、作業を
中断させてしまいまして、申し訳ありません

黒猫達、"鼎"は沢木の会社の下請けに過ぎず、本来なら注意を受けても、
何も言えない状況であったが、沢木の嫌味の無い誠実な対応に相手先の
会社の堅実さと人材の"厚さ"を感じた。

「こちらは大丈夫です。ご迷惑をおかけしてすみませんでした。来週の納品、
よろしくお願いします」
黒猫は出来る限り、会社という組織の一員としてのフォローをしたつもりだった。

「そうか、来週でしたね。こちらこそ。お待ちしています。明日は9時より
いつも通りアクセスしていただいて構いませんので。今後はお手柔らかに
"締め"は、午後6時頃で。お願いします」
沢木の笑顔が目に見えるようだった。

 翌週の納品時には、 納品そのものより、"電話番号ディスプレイ事件"が
会話の主題となった。

「あんな時間まで接続して頂いていることを想定していなかったので正直焦り
ました。流石に一方的に遮断するわけにもいかず。まてよ、そちらに文字くらいは
送れるはず、、と思いまして。驚きましたでしょ?
沢木は、楽しそうに犬鷲達に説明した。

「いや、まさか自分に向けたメッセージとは、微塵も思わなかったので、
ずっと無視していました。電話の音が一番ビックリしました
黒猫の回答に、一同は爆笑した。

「全くお恥ずかしい話なのですが、迂闊にも同じアクセス用IDを複数の会社に
配ってしまっていたものですから、相手が判らず。"全角文字"は送れないし
ディスプレイ表示の反応が無いものですから。まずは鼎さんから電話してみようと。
しかし、よく作業を続けてましたね。こちらでは皆で関心していましたよ」
沢木が続けた。

「やっぱり、お前の送った英文のレベルが低すぎたんだよ」
いつも沢木と組んで、黒猫達に応対している林のツッコミに一同はまた爆笑した。

その日は、"電話番号ディスプレイ事件"が奏功?したのか、納品だけでなく、
黒猫達側の独自提案による"改良案"もすんなりと了承された。

 

 「近頃、駿さんを見かけませんが?」
黒猫は犬鷲に聞いた。

「駿君は、"メガシステム"の仕事をやってもらっているのですが、
なかなか大変なようですね」

"メガシステム"は物流関連ネットワークシステムの開発から保守まで
幅広く提供している中堅の規模の会社だ。メンテナンスと一部機能改良の
仕事をその会社から受注できたのはいいが、作業内容が高度であること
に加えてチェック体制も厳しく、鼎では、駿しか仕事をこなせる能力を持つ者が
いない。流石の駿も大変らしく、社内で擬似的にネットワークシステムを
構築してテストしていても"埒"が明かず、連日メガシステムに直接行って
社内で必要な作業は夜中や週末にやっているようだった。スタンドプレイを
好み、社内では自分が突出して能力が高いと自他共に認める駿にとっては
寧ろ望むべき仕事でもあった。

 黒猫にとっても忙しい日々が続いた。犬鷲の指示の下、貂坂や他の社員と
ディスカッションをしながらコードを書き、一緒に納品に出かける一方で、
ごく自然な流れで駿のアシスタント的な作業を受け持つようになっていった。
黒猫は、より長く複雑なコードを書くという日々にも手応えを感じ始めていた。
駿のように、文法を極限まで削った美しいコードを書くということはまだ出来な
かったが、堅実にバグの発生しないコードが書ければ、まずは、それで良いと
いう犬鷲の方針には、黒猫のスキルはとりあえず及第点であるようだった。

 夏が過ぎようとしたある日、また一人の入社が決定した。

「今日から、働いてもらうことになりました速目さんです。主に電話対応と、
プログラムもできる範囲でやって頂こうと思っています」

例によって、犬鷲が一同に紹介した。その女性は黒猫達と同世代で
あることが何となく雰囲気でわかった。長く黒い髪が黒猫には印象的だった。

「"速目"と申します。どうぞよろしくお願いいたします」
女性は早い口調でそう言うと皆にむかって頭を下げた。 

「速目、、さん」
黒猫は、小さく呟いた。

 
 
 
 
 
 

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

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