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2013年9月16日 (月)

東京漂流某日(十二)

東京で大した野望も無くどうってことなく生きる
或る男の漂流記・・・

chapter12: 峠(2) "倍返し"の日

  

 「じゃあ、次。B支店いくぞ。よし、送った。どう?」
駿は、手馴れたキータッチで素早くコマンドを入力して黒猫に聞いた。

「えっと、OKですね。。いや、ダメですダメ。来てないです」
黒猫は向かい側のパソコン画面を睨みながら駿に応えた。

「おっかしーな。これは、どう?」
駿は次のコマンドを打つ。

「全然ダメですね。」

「あ、まただ。"死に"ました

黒猫は、強制終了を示すブラックアウトした画面に食傷気味に答えた。

 黒猫と駿は、かれこれ数週間に渡って"メガシステム"社の仕事に取り組み
続けていた。社内で空いているパソコンは総動員して、実際に稼動している
仕組みの数千・数万分の一の規模の模擬システムを構築して、納品に向けて
テストとコード作成をひたすら続けていた。

単体で作ってその範囲だけが動けばそれで完成

というこれまでの"代物"とは大きく異なり、「外」のフレームから不定期にやって
くる情報の仕様が完全にはわからない信号と同期させなくてはならない。流石の
駿ですらも経験不足から来る理解の不足から、マニュアルの意味の判らない
ところが多数あり、細部だけでなく全体の理解が二人とも覚束ないがゆえに発注
元のメガシステムに安易に質問するのは憚られた。

 犬鷲やメガシステムの担当者に極力頼ろうとせず、あくまでも自力で解こうと
作業に没頭し続ける駿の集中力と探究心に黒猫は関心すると同時に、自身の
理解力の無さと、駿に頼らざるを得ない非力さに日々打ちのめされていた。

 黒猫と駿は、同じ年齢であることがお互いに判ってからは、日々仕事をしながら
世の中の政治・経済・文化・風俗・歴史等々の諸事について屈託無く語り合うようにも
なっていた。

 駿に言わせると、この世に理解できない物など何一つなく、駿はそれを"知る"側
人間の一人なのだという。黒猫は、この世界を大いに知るべきであるという方向性は
駿に強く共感、且つ同意をしながらも、

 何人たりとも、結局は『知る』ことなぞはおいそれと出来はしないのだ。

と思い決めているところが、駿の主張とは決定的に異なり、どんな話題から
話し始めても、最後には誰かが心配して止めに入るほどの激論になるのが
常だった。

 周囲の心配を他所に、二人が極めて似ているところが一つだけあるとすれば、
黒猫も駿もお互いの会話が口論同然にエスカレーションすることをまるでスポーツ
のように楽しみ、寧ろ、心のどこかで望んですらいるということだった。それは、相手に
"ぐうの音も出ない"ように完全に論破するべくお互いにカウンターを虎視眈々と
狙っているということの裏返しでもあった。

 行きつ、戻りつの作業は次第に昼夜の区別はなくなり、平日・休日の区別すらも
無いかのように二人は没頭し続け、作業はどうにか前に進んでいった。

 晩秋を迎えたその日、二人は深刻な原因不明の事態に陥った。これまでに乗り
越えてきた幾つかの処方を施してみたが、お手上げだった。頂上がようやく見えかけ
てきただけに黒猫よりも、寧ろ駿の方が落胆と自身のプライドから来る怒りは大きく、
エラーを意味するビープ音が鳴る度にディスプレイを叩き付けた。

 「これは、どう考えてもシステム側のバグだよ。俺たちじゃどうしようもない

 駿は両手を挙げて"バンザイ"の仕草を取ると、椅子に思い切りのけぞり、眼鏡を
外して拭きだした。窓の外はすっかり暗くなっていた。日曜日だというのに、黒猫達は
お構いなしに連日連夜の作業を続けていた。

 黒猫は、画面を改めて食い入るように見つめた。駿が白旗を揚げたことでかえって
ファイトと好奇心が猛然と沸いてきた。

 「よせよせ。俺に解からないのに、お前に解かるわけないだろ。無駄だよ。無駄。
駿は上から目線を感じるいつものアクのある笑い顔を作った。

 「駿さんがお手上げなら、我が社はメガ・システムに対して即"デッド・エンド"
なんだから、逆に俺がココで突入しない理由が無いじゃないですか。そうでしょう?
黒猫は自虐と皮肉を合わせた笑いを"返す"と、問題の箇所のコードを眺めながら
キーボードを敲き出した。

 「。。。まあ無理だろうけど、やってみれば。俺は風呂に行ってくるわ」

駿は、どのくらい長い間使っているのか聞く気にもならないヨレヨレのタオルを
いつものように肩にかけて、オフィスを後にした。

 その日、駿はそのまま戻ってこなかった。社則など、知ったことかと、連日バイクで
通勤していた駿はきっと、気分転換にどこかに走りに行ったのだろうと黒猫は画面を
見つめながら思った。

 黒猫は静まり返ったオフィスでストップしたままの画面を見ながら感慨に浸った。

 

 とうとう、駿にも突破できない大きな『壁』が二人の眼前に出現した。 

 

 それは、今、黒猫と駿はこの『壁』の前においては「完全に対等である」ということに
他ならない。すなわち、、

 黒猫は、独り笑みを浮かべ、静かにキーボードに手を置き入力を始めた。

 月曜日の朝を向かえた。黒猫はいつものように宿泊したことは極力悟られ
ないようにして(黒猫と駿が連日連夜泊り込んでいることは周知の事ではあったが)、
社員達に挨拶をして向かえた。

 駿が"出社"して来たのは、皆が退勤しようとする夕暮れだった。駿は問題が解決して
いない事への苛立ちを隠していなかった。勤務体系は最早サラリーマンの体(てい)を
成していなかったが、犬鷲も社長も働き振りを見て黙認するしかなかった。

 

「駿さん、ちょっとよろしい?」
黒猫は"続き"を始めようとする駿に自分の席に来るように促した。

 「これを見てもらえますか。」
黒猫は、二人が作業の中断を余儀なくされた箇所の改良したコードを見せた。

 複数の問題が同時に発生していたコマンドを黒猫が入力してみせると、
次の工程に進んだ。二人から離れた席に模擬的に支店としてセットしている画面が
連動してスクロールしているのが見えた。

 雲っていた駿の表情が直ちに一変した

「どうやった?」
駿は黒猫に間髪入れずに訊いた。黒猫はこれまでの二人とは初めて逆の位置
関係になったことに緊張しつつも説明を始めた。

 「問題を完全に解決した訳ではありません。理由はわかりませんが、信号のスルーは
やはり発生してしまうようです。だから、視点を変えてみたんです。正攻法で受け止めて
制御しようとするのは止めて、"要"の部分は言ってみれば、装甲でしっかりと固めて
表面は逆にオブラートするだけで、受け流すようにしました。

 黒猫はこれまでと異なる処理を施した該当箇所のコードをマウスで指しながら、
説明を続けた。 

 「とりあえず想定されうる全パターンをテストしてみしましたがこの対処方で、大丈夫
なことは確認済みです。この現象に限っては本質的に我々の関与すべき問題ではない
ですし、少なくとも、納品には支障はないと断言できます。勿論、理由がわかって完全に
解決出来れば、それにこしたことはないですが。もう納期まで日も僅かしかありませんし、
この方法で行きませんか?

 駿は黙って、黒猫の改良プログラムにコマンドを次々と入力した。いずれも澱み無く
処理され、命令に応じた画面切り替えが次々と起こった。黒猫達の席から離れたD支店、
さらに遠くの席のパソコンの画面でも連動しているのが見えた。

 黒猫はさらに続けた。

「駿さんのコードはたしかにいつも全くと言っていいほど無駄がなく、綺麗です。でも、
今回は残念ながらそれが"仇"になって、コード行数をミニマムに抑えることに拘る
余りに"お化け"の出現を阻止できなかった。僕は、駿さんのようにコードを最短の
行数ではまだ書けませんが、今回のように少し見てくれは格好悪く、方法も泥臭い
かもしれないですけど、『動くように』は出来た。無駄の無いことは確かに理想ですし、
良い事かもしれないですが、今回のように必ずしも万能ではないこともありますよ。

 入社以来このかた、駿に言われ放題だった黒猫なりの精一杯の「倍返し」だった。 

 「クッ・・・確かにその通りだ。
駿は呻くよう小さく呟いた。

 「・・・!
駿が誰かの意見に無批判に同意した発言を黒猫が聞いたのは初めての事だった。
しかも、小馬鹿にし続けてきた自分の発言に対して、だ

 駿は、自分の席に素早く戻り、システムを立ち上げ、黒猫のコードといつものように
シンクロさせた。相手に取られた遅れを取り戻そうとするゲーマーのようにすっかり
ボロボロになっている仕様マニュアルを開き、無闇にキーボードを打ち出した。

 「よし。これで、確実に"見えた"な。今夜中に出来るところ、全部やっちまおうぜ
駿は、周囲を全く気にしないいつもの調子を取り戻していた。

 「了解」
黒猫は、言いすぎたかと思ったが、すぐに自分の分担の作業に集中した。

 「それと、今回の山を越えたら、俺は、、、ヤメル!
駿は、視線を画面から微動だにしないまま、小さいがハッキリとした口調で言い放った。 

 数分ほど、自分の作業をしていたようやく駿の発言が黒猫の脳に"届い"た

 「、、今、"ヤメル"って、言わなかったか?」
黒猫は、思わず駿の顔を見た。 気のせいか駿の顔は紅葉しているように見えた。

 「まさか"辞める"って言ったんじゃないよな。まさか、、
黒猫は一瞬、霧が晴れて確かに見えた山頂が暗雲で姿を消すような不安を感じた。

 二人は黙々と作業を続けた。

 
 
 
 
 
 
 

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

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