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2013年11月 4日 (月)

東京漂流某日(十三)

東京で大した野望も無くどうってことなく生きる
或る男の漂流記・・・

chapter13: 峠(3) メルト・ダウン

  
 
 

 お世話になりました。本日をもって会社を辞めることとします。
 自分の担当分の作業は終わっています。
 皆さん、お元気で。さようなら。

 p.s. 捜さないでいください。

 駿

 
 

 「黒猫君、一体どういうこと?
犬鷲は駿の残したメモ書きを何度も眺め、黒猫に聞いた。

「駿さんは、、、"駆けたかった"んだと思います」 

黒猫はメモに目線を落としつつ力無く呟いた。

 「まさか、本当に辞めるなんて、、

 メガ・システムの仕事の頂上が見えた矢先の駿の余りに
突発的な行為に黒猫は呆れと若干の怒りを禁じえなかった。

 「メガ・システムの仕事、どうする?
犬鷲は物事の優先順位を冷静に把握していた。今は、駿という
大きな戦力の喪失を嘆くよりも、目前に迫っている納品が暗礁に
乗り上げたことの「認識」とその「克服」が何よりも最重要課題である。

 「駿さんのメモ置き書きに書いてある通り、駿さんの直接の担当を
含めて大体は一応は終わっています。ただし、全体を繋げるにあたっては、
まだ課題が無いこともないです。何よりも、作業の全工程に駿さんが
"いること"が大前提
でここまで来たので、その点が一番マズイですね、、」

 黒猫は自身でも必死に善後策を思案しながら犬鷲に答えた。

 「どうする?謝っちゃおうか?」

 犬鷲は黒猫の表情をじっと眺めながらさらに聞いてきた。 

 「謝って、それで済むものなのだろうか?そんなわけもないだろう

 黒猫はそう思った。犬鷲の提案が実行された後の会社と自分の姿が
想像出来なかった。それに、ここ数ヶ月の文字通りの苦闘が"無"になって
しまうこともまた黒猫には考えられなかった。

 「最初から白旗を揚げるのと、やるだけやって敗北の判定を受ける
のでは、雲泥の差だろう。どちらを取るかは明らかだ

 黒猫はそう結論付けた。しかし、まだ経験不足の域を出ない黒猫は
"降伏しないこと"を自ら宣言するには気が引けた。

 「一応、メガ・システムに聞いてみるというのはどうでしょうか?
八割は完成していることは間違いないので、全く納品できないことは
ないわけですし」
黒猫は少し落ち着きを取り戻して犬鷲に提案した。

 「判った。電話してみる。榊さんだったけ?」

 「そうです」

 榊というのは、メガ・システム側の担当者の名前だった。黒猫は
面識は無かったが、駿と二人で作業している時には何度も出てきた
名前だ。駿の話しから推定すると50歳前後のベテランであり、能力は
非常に高く、メガ・システムの主要幹部の一人だった。鼎が受けた
仕事はシステム全体としては、メガ・システムも主要な何社かある内の
一つにすぎないが、榊がメガ・システムからの参加の代表者として構築に
あたった範囲は大きく、黒猫は駆け出しながらもシステム・コードの
見易さと明快さには作業をしつつ驚くと同時に仕事自体が勉強にも
なっていた。

 駿はこれまでメガ・システムに何度も出向き、榊から指導を受けながらも
その人間性にすっかり心酔していたようだった。駿の犬鷲や鳶沼に
対するどこか小馬鹿にしている態度とは大きな違いである。

 駿によれば、榊は若手には会社内外を問わず厳しく当り、ダメな奴は
ダメ、ダメな仕事はどこまでもダメとはっきりした態度で臨む人間という
ことだった。ダメな対応をした場合には冷たくあたり、仕事が良く出来た
場合には飲みにも誘ってくれ、横柄な態度もなく飲みながら細かな点に
ついて注意をしてくれるということだった。

 駿は、なあなあな人間や、自己保身から来る謙虚さというものを徹底的に
軽蔑していた人間であり榊は駿にとって、例外的にリスペクトすべき"大人"
だった。

 「俺は何度か奢ってもらったことがある。お前なんて、到底ダメだよ

駿はいつものように"根拠のよくわからない上から目線"で徹夜の作業中に
黒猫によく言ったものだった。

 「榊さんは、果たして何と言うだろうか?」

 黒猫は、今後の事態の展開を読みかねていた。はっきりしていることは
今現在の仕事を、出来ようが出来まいが、駿抜きで納品しなくてはいけない
ということだった。

 黒猫は、仕事内容そのものの困難さよりも、駿がいないという絶対的に
不利な状況に対してに不思議とファイトが沸いてきた。

 駿が"失踪"した翌日、何とか気分を立て直し、作業を再開した黒猫の
席に犬鷲が近づいて来た。

 「メガ・システムに電話してみたよ」

 「どうなりました?」
黒猫は即座に反応した。

 「どうしても、ダメならば引き受けますってさ」
犬鷲はいつものように抑揚の無い声で答えた。

 「どういうことですか?」
黒猫には、"つまりはどうすれば良いのか"判らない返答内容だった。

 「"そのまま頑張ってください"ってこと」
犬鷲は切迫している状況をどこか楽しんでいるようにも見えた。

 「駿さんの事、榊さんに話したんですか?」
黒猫は立場上そして行きがかり上、なるべく情報を得ておきたかった。

 「緊急の用事でしばらく実家に帰るってことにしておいたよ」
犬鷲は、黒猫の質問の意図を充分に理解しているようだった。

 

今や、駿は去った。

 しかし、黒猫には、感慨に浸っている余裕は微塵もない。バラバラに
作っていた各セクションを"仮組み"までは一応済んでいるとはいえ、
黒猫はあくまでもアシスタントに徹するということで、責任を果たそうと
していた。それが今や棟梁であり、配下は「自分一人」となってしまったのだ。

 犬鷲は当然のように、会社として全面的なバックアップを約束して
くれたが、アシスタントだった自分がことここまで来て誰かに作業を指示
したり分業できるはずもなかった。最後まで一人でやるしかない

 これまで通り、他の社員がいる通常勤務時間の間は大規模なテストは
行わず、誰もいなくなる夜間を待ってから、各PCを様々なセクションに
見立て、テストと具体的に迫ってきた納品の期日に向けての「本組み」を
開始した。

 A系統とB系統をストレートに繋いでみる。

 B系統とC系統を繋いでA系統を呼び出す。

 D系統からA,B,Cを立て続けに呼び出してみる。。

 最もクラッシュする可能性の『低い』操作手順(つまり、通常では発生しない
であろう機械的手順)では、まずは大きな問題はなく黒猫は大きく安堵した。

 「『納品が出来ない』という最悪の事態は、無さそうだ」

 黒猫はいつものように独り言を呟きつつ自分のキーボード操作で社内の
何台もの画面が同時にスクロールする様を見て、何も判らずに駿の
後を追ってきた日々を思い感慨に耽った。

 自分の担当している箇所は、仕様の許容範囲内でコードの細分化を図ることで、
これまで問題を乗り越えてきたが駿の残したコードは表記技術のレベルが高い
だけでなく難解であるがゆえに、時間が無いなかでの改変は危険で、実際に
自分のコードと同じように対応しようとするとすぐにアチコチの箇所で問題が発生した。

 妙に用心深かった駿であったが、その用心深さがコード作成において、およそ
無意味な難解さを生んでいるのではと読んでいた黒猫は、その予感が的中した
ことと、矛先がまともに自分に向かって来たことに苦笑した。しかし、時間が刻一刻
と無くなっていくなかで、駿の無闇やたらなセキュリティの高さは怒りへと向かい、
何よりもシステムを理解出来ないまま作業責任者となったことを棚に置いて、
感情を高ぶらせてしまう自分の未熟さへの苛立ちともなった。

 駿のコード・パーツを自分で判るように今から分解して修正するか、別のサブ・
パーツを作り、難を逃れるか、、どっち着かずの作業を進める中で黒猫は自分の
やっている作業が判らなくなりつつあった。

 数日が経過し、納期はいよいよ翌日に迫った。

 すでに三日三晩徹夜に近い作業が続いていたが、黒猫にとっては納品が
無事に済めば連日の徹夜は問題ではなかった。

 黒猫はこの日もこれまでのように昼間は正式納品に向けた雑多な作業を準備し、
誰もいなくなってからの"最終作業"に備えた。

 残る数箇所のエラーが「どこで」、「なぜ」発生しているかという点においては
連日連夜の作業でクリアーになっていた。

 これまで幾度繰り返したか考えたくもない「エラーを発生させる手順」を改めて
冷静にコマンドを操って故意にシステム・ダウンさせ、PCの画面がブラック・アウト
したことを確認し、黒猫は疲労の蓄積もあってソファに深く身を沈め、しばらく天井を
見つめた。

 「万事休す、、か

 黒猫の目に涙が流れた。

 「まだ負けとは決まっていない。夜明けまで、まだ時間はある
 
 涙は敗北確定の悔しさではないという自己への確信が黒猫を奮い立たせた。

 窓の外には、月が出ていた。

 
 
 
 
 
 
 

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

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