映画「風が吹くとき」
「風が吹くとき」
原題名: When the Wind Blows
監督: ジミー・T・ムラカミ
音楽: ロジャー・ウォーターズ
出演(声): 森繁久彌,加藤治子
時間: 81分 (1時間21分) [日本語吹替版]
製作年: 1986年/イギリス
(満足度:☆☆☆☆+)(5個で満点)
---------------------------------------------------------------
年金生活で慎ましく片田舎で暮らす老夫婦。世界情勢は急速に悪化し、突如、
核戦争が勃発。夫のジムは自分の国の政策をどこまでも信じて政府から
支給されたパンフレットに従い核シェルターを作り、救助をひたすら待つ。
妻のヒルダは夫の言を信じ、何一つ変わらぬ生活を続けていこうとするが。。
全体的に「誠実さ」を感じる作品。何に誠実さを感じるかというと、核が
炸裂後の世界の描写(主人公二人に不気味に来たす変調)に恐らく意図的・
恣意的な誇張が無い(であろう)ということ。
『3.11』後の世界を生きる人々は全員観た方が良いのではないかと思う。
森繁久彌と加藤治子の日本語吹替版の会話は抑揚という間の取りかたが
"芸"の域に達していて黙って鑑賞する価値がある。日本語版の監修を手掛
けた大島渚の功績もあるのだろう。ただし実際には鑑賞している時はヒルダ
の声はてっきり市原悦子かと思って観ていた。すごく似ている。
作品の「レベル」を大きく引き上げている最たる理由は監修の大島渚が
評価しているように「登場人物から以外の視点が"全く無い"」という点が
あるように思う。これは製作者にきちんとした見識が無いと出来る芸当では
ない。
テーマが"核戦争"であるから最初から最後まで所謂"神の視点"を持た
せることはいかようにも可能であったはずであるが、ワンカットでもその
ような視点を入れてしまっていたら、本作はたちまちカルト的な扱いを受けて
しまい一般の人が観ることは出来ない類の作品になっていたことだろう。
ごく普通の人の生活が一瞬にして破壊されかねないという事を警鐘したい
がゆえに本作はあり、その警鐘を国籍・人種を超えて伝えていきたいが
ゆえに全てのカットは念入りに検討され戒めに戒めを重ねて不用意な
予断を与えない構成をなによりも心がけているのではないか。
であるから、本作は核兵器使用後の世界の虚無を描くだけでなく、長い
旅路を経てきた小さな夫婦の「愛の物語」としてもきちんと映画として成立
している。どちらかというと核戦争なんて起こらなくても、森繁久彌と
加藤治子の絶妙な吹き替えも奏効してジム&ヒルダというタイトルで
このちょっととぼけた愛すべき夫婦をいつまでも眺めていたいと
思うことだろう。それゆえに悲劇的展開から一瞬も目を離すことは出来
ないのだ。物語の成立過程の段取りがきちんと出来ていることも賞賛に値する。
物語として観た場合には、森繁久彌が声を演じているジムという老人は
少しファナティックな感じがして興味深く観た。核戦争という大テーマを外して
みると、この爺様はもう少し情報収集をしても良かったのではなかろうかと
いうツッコミが観ていて起こる。誰しも自分の得た情報から対処療法的に
恋人や家族に命令・指令を発して生きているものであり、ジムはあくまでも
その典型中の典型として描かれるわけであるが、ドライな見方をすると
ジムが自分の主観を完全に廃して事に当っていればあるいは、、という
感情が物語を観ていると判断した上では起こる。
もしも、『3.11』が起こっていなければ、
もしも、津波や地震が起こっていても、初歩的及び初動時におけるミスや
日々の訓練が対応マニュアルや専門家の助言通りにさえ行われていれば、
FUKUSHIMAというキーワードは発生していたとしても現実の世界よりは
遥かに軽度であったかもしれない。
本作を優れたアニメーション映画の一つとして、どこまで「実際」とは
違うのか同じなのかなど知らないままにジムとヒルダの愛らしい平穏な
日常の諸事にツッコミを入れて笑っていれば良かったのかもしれない。
ウィキペディアの同作品の項には以下の記述がある。
================================================================
ただし、実際の上映に際しては、通常の映画とは異なる措置がとられた。
内容を考慮して、映画館での上映は行わず、都道府県の教育会館ホールなど、
公共の施設で通常の映画公開期間よりも短い期間に限定して公開した地方も
一部にはあった。
================================================================
(ウィキペディアより)
"内容を考慮して"とはいかなる理由からか。
『嘘』と『偽善』と『確信犯的悪意』に満ちた『3.11後の世界』の中で我々は
これからも生き続け、この作品も世界のどこかに存在し、誰かが観て、何かを
感じ、行動に移していく。
『嘘』と『偽善』と『確信犯的悪意』に満ちた『3.11後の世界』の中で。
主人公ジムの若かりし頃を描く原作者のレイモンド・ブリッグズによる
「ジェントルマンジム」をちょっと読んでみたい気がする。
---------------------------------------------------------------
映画感想一覧>>
| 固定リンク
« 海 | トップページ | 僥_14_05_23 »
「映画」カテゴリの記事
- 映画と賞を取ることについて関係性における独り言(2021.05.02)
- 映画「ジョーカー」(2020.12.09)
- 映画「魂のゆくえ」(2020.07.24)
- 映画「愛の渇き」(2020.05.01)
- 特撮映画における或る命題について(2020.04.29)
この記事へのコメントは終了しました。
コメント
>内容を考慮して
あれっすか
東電からの圧力ですかっ?!
ところで
関西とかで見つかって福島のせいとかデマが広がった放射性物質は全て偏西風に乗ってやって来た
中露核実験の死の灰だと思うんですけど
それに関して抗議する人っていないんですかねー
投稿: 万物創造房店主 | 2014年5月28日 (水) 21時00分
>東電からの圧力ですかっ?!
「通常の映画とは異なる措置がとられた。」
どうなんでしょうねー
東電よりも政治側の圧力でしょうね。
上映に先立って手を打たれているわけですから。
この作品は
記事で述べた通り
放射能の人体への影響を正しく描いている
(と思われる)という点においては
右も左もこなく
観てほしい作品です。
(^-^)/
3.11大人災以降、
放射能が怖いのではなく
『事実』と一切関係なく
日本の国力を貶めるためにあらゆる嘘を
平気で撒き散らす馬鹿者達こそ
放射能よりも地震よりも何よりも
『怖い』
ということを日本人は学習しましたね。
原発事故は津波を想定していたにも
関らず不断の訓練と備えを怠った悲劇です。
でも日本は克服しつつある。
自分で考え、
自分で情報収集し、
自分で判断し、
自分で行動していこう!
日本人!!
投稿: kuroneko | 2014年5月31日 (土) 17時36分