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2014年7月12日 (土)

東京漂流某日(十五)

東京で大した野望も無くどうってことなく生きる
或る男の漂流記・・・

chapter15: 峠(5) 畦道

 
 

 「黒猫、大丈夫?」

 「何とか。大丈夫だよ。」
 黒猫は軽く目を瞑ったまま受話器の先の相手に応えた。

 「私さ、昨日、アンタに言われて入社した時に貰ったテキストを
必死で捜したんだけど無くってー。夜中にやっと見つけて、朝、
会社に持って行ったら、アンタもう居ないしー。間に合わなくて
ゴメンね。」

 「ああ、大丈夫。何とかなったから。」
黒猫は疲れのせいか、込み上げる苦笑を堪えた。

 「それで、、犬鷲さんは、居る?」
黒猫は会社に電話を入れた"本題"を速目に伝えた。

 「あ、忘れてた。犬鷲さんねー、今日は営業だって言って出掛けた。」
速目は屈託無く答えた。速目の"何事も無さ振り"が連日連夜
苦闘の連続だった黒猫を少しだけ解放した。

 「分かった。ありがとう。じゃあ、今日は直帰するからヨロシク。」
黒猫は受話器の線を手で巻きながら速目に伝えた。

 「ハーイ。黒猫、頑張ってね。」
黒猫は公衆電話の受話器を置くと、余った小銭がチャリチャリと
返却口から出てきた。黒猫は緊張が解けたのか大きな欠伸を一つ
した。通路を吹き抜ける風が黒猫には心地よかった。

 納品日を翌日に控えて依然として問題が解決しない事にパニックに
なった黒猫は、入社時に必ず配られるプログラムのサンプルコード集の
存在を思い出して速目に持って来るように伝えていた。黒猫自身に
配布されたものは余りにも酷使し過ぎてとっくにバラバラになって紛失
していた。速目は入社当初こそコードを書いていたもののいつのまにか
会社の総務兼電話番のような役割になっていた。コード集もきっと良好な
状態で残っているであろうと予想してのことだった。

 だが、ごく基本的なルールについて書いてあるだけの凡例集が
実務で起こっている厄介な不具合の解決に使えるはずもなく、そもそも
持って来るのが納品の当日では間に合う方が話の"辻褄"が合わない。
黒猫はよほど焦っていた十数時間前の自分に笑いがこみ上げつつ
無為な作業をさせてしまった速目に心の中で詫びた。

 「黒猫さん、ここに居たんですか。フロアに来て貰えますか?」
納品したプログラムのテスト担当主任の出崎が黒猫を見つけて
声をかけた。

 「はい。すぐに行きます。」
黒猫は、ネクタイを締め直しつつ出崎の後を小走りで追った。

 横浜の市街地から少し離れたとある施設に、黒猫は居た。

 鼎の作業担当者が終盤の、さらに終盤に来て駿から黒猫に
代わったことで、メガ・システムの榊も、実際の納品先の担当官達も
最初こそ動揺したが、黒猫の経緯説明で一応は納得したようだった。
今さら、この場に来てシステム・ハングアップもなかろうと、黒猫は
最終実地確認に立ち会わなくてもどちらでも構わないということになり、
極度の寝不足と緊張の連続できた黒猫は失礼を承知で、無理に
立ち会って返って粗相が無いようにと風通しのよい階下の通路に
降り、ついでにと会社に電話をいれたところだった。

 「お、黒猫君。来たね。」
画面を食い入るように見ていたメガ・システム側の責任者の榊が
黒猫に振り返った。黒猫が腕時計を見ると、テストが始まってもう
1時間近く経過していた。

 「大体、OKのようなのですが、処理701系統については、榊さんに
よると鼎さんが主に担当されているということで、幾つか確認したい
点がありますが、よろしいでしょうか?

 「はい、大丈夫です。どうぞ。」
黒猫は、心の中で自分の両頬を強く手で打って気合いを入れ直した。

 「じゃあ、操作して。出崎君。」

 出崎は指示を待つまでもなく流暢なブラインドタッチで画面を素早く
展開させ始めた。駿と連日連夜苦闘した他系統との連動処理の所だ。
寝食の何もかもを犠牲にした数週間のお陰か、黒猫は榊達と一緒に
流れていく数字の羅列を眼で追いながら、動揺も焦りも感じない自分
の姿を観察していた。

 「、、大丈夫だ。
黒猫は、確信した。

 システム全体としてはメガ・システムが完成させた仕組みなので、
黒猫は隣りでそれらしく頷いていれば良かった。榊はそんな黒猫を
試すかのように説明の途中で黒猫に話しを振って来た。黒猫はスポーツ
かシューティング・ゲームのように榊達の最終テストの会話の先を
予想し"ヘマ"をして榊とメガ・システムに迷惑をかけないことに意識を
集中した。黒猫の在籍する鼎はどこまでもメガ・システムの単なる
下請けでしかない。だが、この場では、共同開発者であり、パートナー
でもあった。

 納品の現場に到着した時には、黒猫にとっては眼前の相手は
榊も含めて全て"敵"であり各個に撃破しなくてはならなかったが、
峠を越えて見れば、納品先の出崎達も含めて、ある予算の中で一つ
の目的を達成する仕組み(=システム)を作る為に集まった大所帯の
チームに過ぎない。誰かが何かを「ヘマ」すれば、それは相互に
複雑に関ってくる

「共通の問題」

なのだ。

 黒猫は、巨大なシステムの出口付近を動かす一端と、さらにその
中でごくごく僅かに動くだけの自分達のプログラムに人間の社会と
個人と無数の集団そのものを見る思いがした。

 

 「それでは、こちらの書類をお持ちください。本日はありがとう
ございました」

 黒猫と榊は出崎からそれぞれに納品完了に伴う関連書類を
受け取った。テスト結果は概ね及第点だった様子が相手の表情と
態度から見てとれた。何か、想定外の事が起こり駿の言うような
土下座はないとしても「平謝り」と「即日修正要求」くらいは想定して
覚悟も出来ていた黒猫にとっては穏やかに過ぎた"今日"という
日自体、余りにも出来すぎた結果とも言えた。

 黒猫と榊は揃って施設を出た。

 「黒猫君、こっち行こうよ、こっち。」

 榊は駅に向かう大通りではなく、わき道の方を指差した。

 「ハイ。」

 黒猫に異論があるはずもない。

 首都圏近郊のどこにもであるであろうただの小さな繁華街と駅を中心に
立つビル郡と後は、住宅があるだけだと思っていた風景が一辺して
広々とした田園風景が眼前に広がっていた。よく晴れ上がった陽射し
ととわずかに傾斜のある丘陵が黒猫を慰労してくれているようにも思った。

 大通りを素直に歩いて行った方が恐らく時間的には駅に早く着く
だろう。敢えて畦道を選んで前を歩いていく榊の姿に黒猫は、駿が
榊に心酔していた理由が何となく判った気がした。

 「あそこでもウチのシステム動いているんだよね。今日、寄ろうと
思っていたんだけど、止めておこうっと」
榊は遠くに見える白い建物を指差して笑いながら言った。

 黒猫は質問を思いついたがここまで来てボロが出て榊をガッカリ
させないようにと敢えて控えた。

 もしかしたら、自分の書いたコードも遠くに見えるあの建物でも
動いているのかもしれない。

 今、出てきたばかりの二度と訪ねることもないであろう施設でも
何十年も動くのかもしれない。二十四時間動き続けるのかもしれない。

 もしかしたら、100年後も、、それはないか。

 緊張からの解放と穏やかな風景に感傷的になっていた黒猫は
今日までの日々に不思議な感慨を持ちながら榊の少し後ろを
黙って歩いた。

 ほどなく駅に着いた。

 榊は仕事の関係で首都圏とは反対方向に向かうことを黒猫は
聞いていた。

 「榊さん、今日は本当に、、」
 黒猫は榊に最敬礼しようと向き合うと榊は自分の腕時計を見て
黒猫の動きを遮った。

 「まだ五時前か、、黒猫君は今日は時間あるのかい?」

 予想しなかった質問に黒猫は動揺した。

 「ハイ。大丈夫です。」
黒猫は即答した。

 「無事に納品終わったし。黒猫君、頑張ってくれたし、打ち上げやろうか。

 榊は、今日見せた中で一番穏やかな表情を見せた。

 疲れが一気に溢れたのか黒猫がふと我に帰るとテーブル越しに
榊と向き合いそれぞれの前にジョッキが置かれて、すでに何品もの
料理も並んでいた。

 「じゃあ、黒猫君。今日はご苦労様でした。」
榊はジョッキを持ち上げた。

 「ありがとうございます」

 黒猫は榊という実績豊かな他社のエンジニアとの差し向かいという
別種の緊張感と大きな安堵感に挟まれながらジョッキを上げて応えた。

 話しが進む中で、榊は、駿が突然いなくなった後の黒猫の悪戦
苦闘と鼎の社内での混乱振りを予期し、その後に起こっていた事態
まで正確に見抜いていたことが判明した。そして、犬鷲から駿と同世代
の人間が後を引き継いで頑張っていることを伝えられたことと、ある
タイミングを過ぎてからは納品自体にそれほど心配はしていなかった
こと。メガ・システムに何度も自主的に訪れ、榊に執拗に質問を浴び
せていた駿の熱意や、今日の黒猫の様子に若き日の自分の姿を重ね
合わせていたこと。。

 黒猫は何度も頷き、ただ聞き入った。

 「、、じゃあ、鼎さんは駿君が抜けて戦力ダウンは間違いないのか」
榊は何杯目かのジョッキを空にしながら言った。

 「残念ですが、駿さんの穴はしばらく埋められないのが正直な
ところです。自分も頑張っていきたいとは思っているのですが。。」

 黒猫は、榊が鼎に今後も仕事を発注しようとする意志を見て取り
社内の現在の状況をきちんと伝えねばならないと確信した。今回の
納品は幾つかの幸運の結果に過ぎないことは誰よりも黒猫が一番
理解していた。

 「榊さんの社内では、そのお仕事は出来ないのですか?」
黒猫は、榊が鼎に発注しようとしている"次の仕事"について無礼を
承知で思い切って訊ねた。

 「ダメダメ。ウチの若い奴等なんて。全っ然ダメだよ。何よりも君達
みたいなガッツがない。見習わせたいよ。

榊の表情が急に曇り手を大きく左右に降った。黒猫は勝手に褒め
言葉として有り難く受け取ることにした。駿が聞いていたらさぞ喜んだ
ことだろうと黒猫は思い、やや複雑な心境にもなった。

 時間は文字通り瞬く間に過ぎた。

 榊はやはり、次の仕事の現場に行くと言って黒猫とは反対方向の
ホームに向かった。黒猫は深く頭を下げたまま榊の姿が点になるまで
見送り続けた。

 次に気が付いた時、黒猫はいつのまにか首都圏に向かう電車の
席で鞄を抱えたまま寝ていた。

 黒猫は、暗い窓の外を呆然と眺めた。

 「、、駿さん、勝ったぞ。」

 黒猫は、独り呟いて再び眠りについた。

 そのまま終着駅まで黒猫が起きることはなかった。 

 
 
 
 
 
 
 

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

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コメント

そろそろ遊京の日程
固まって来ましたか?

投稿: 万物創造房店主 | 2014年7月27日 (日) 16時50分

固まったので、
そちらに書き込みました\(^^)/

日中の日程も基本的にゆるふわに組んで
おくのでよろしくお願いします(≧ε≦)/

投稿: kuroneko | 2014年7月29日 (火) 01時13分

そーいや
新しいジャッキー映画
たいして話題にもならず
終わっちゃいましたね…

投稿: 万物創造房店主 | 2014年8月 2日 (土) 21時25分

>新しいジャッキー映画
 
観客側の新しい世代の掘り起こしが
進んでない印象を受けますね。
 
CGなどの映像加工バリバリ時代が
一段落して、個人主義SNS時代も
通過して、
 
肉体と肉体のシンプルなぶつかり合い
復讐と因縁の一対一のタイマン勝負!
あるいは複数VS一
のカンフー映画復権!

突如としてあるかもしんないすね。
以外と日本発もありかもしれません。
 
パッとしない草食系男子が
学園内で恋の成就の為に繰り広げる
壮絶格闘映画とか(^-^)
ジャッキーやユンピョウ、サモハンが
要所要所で教師役やら指南役やらで
美味しくカメオ出演!

投稿: kuroneko | 2014年8月 3日 (日) 10時41分

>肉体と肉体のシンプルなぶつかり合い
 
最近ではインドネシアの格闘技シラットをフューチャーした映画
「ザ・レイド」がよかったですね
秋に「ザ・レイド2」が公開予定なんで
ちょっと期待してます
今度は日本ヤクザ参戦でエンケン、北村一輝、松田龍平が出てるみたいです
 
>パッとしない草食系男子が
学園内で恋の成就の為に繰り広げる
壮絶格闘映画とか(^-^)
 
エドガーライト監督のスコットピルグリムがちょっとコレに近いですね

投稿: 万物創造房店主 | 2014年8月11日 (月) 15時26分

>今度は日本ヤクザ参戦でエンケン、
北村一輝、松田龍平が出てるみたいです
 
おーなかなか良いキャスティングかも。
北村一輝はここ数年最近役の幅を着実に
広げていい役者になってきましたねー。
 

>エドガーライト監督のスコットピルグリムが
ちょっとコレに近いですね
 
そーか。もうやられてますね(ーー;)
未見だけども。
 
ゾンビランドもそうだけど 
世界的にヘタレ男子の時代は結構
長く続いたすねー5年くらい?
 
次は何がくるのかなー
またソース系や体育系・ムキムキ系の
復権もありそうすね。
 
誰が決めるんだろう。こういうサイクル(^^;)

投稿: kuroneko | 2014年8月12日 (火) 02時04分

>ソース系や体育系・ムキムキ系
 
多様化しただけで
ここいらへんもしっかり残ってる気がしますけどね
 
ジェイソンステイサムは何やらしてもステイサムなムキムキ系だし
 
エクスペンタブルとかムキムキ集大成かと…
 
恋愛系ではやっぱりソース系が流行ですし…

投稿: 万物創造房店主 | 2014年8月13日 (水) 16時26分

>多様化しただけで
ここいらへんもしっかり残ってる気がしますけどね
 
そうかもしれないですね。
 
>エクスペンタブルとかムキムキ集大成かと… 

「3」の予告編「GODZILA」の時やってたけど
ちょい観たくなりました。
スタローンやシュワちゃん的な「存在感」は80年代ならではで
今や貴重なのかもと思いました。
 
シルベスター・スタローン
アーノルド・シュワルッツェネッガー
ハリソン・フォード
って名前の「重量感」がよくわからないけども
凄いっすね(^^)

投稿: kuroneko | 2014年8月14日 (木) 01時37分

>エクスペンタブル
とか言いながら
僕はいっこも観てないですけど…(^_^;)
 
シュワちゃんの
「ラストスタンド」は観ましたけど
それなりにがんばってはいるものの何かと残念感が残る映画でした
映画としてもそれなり…
 
それを考えると
旬を過ぎた人たちだけだと…

投稿: 万物創造房店主 | 2014年8月18日 (月) 21時20分

>旬を過ぎた人たちだけだと…

自分もそう思っていたんだけど、
「コンテンツ」としては成立していますね。
学問の領域として成立するように思います。
シルベスター・スタローンが老人になろうが
鬼籍に入られてCGになろうが、
「ロッキー」
というワールドとは不可分であるように。
フィラデルフィア美術館の前でのガッツポーズ
とか。独特のファイトシーンの展開とか。
コンテンツビジネスの法則と映画の
深くて密接な関係性すね。


投稿: kuroneko | 2014年8月20日 (水) 18時52分

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