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2014年9月16日 (火)

観_14_09_15

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 都内某所で映画を観る。

 早めに都心に出て催し物を幾つか消化。その一つ、
死刑囚が表現した作品なるものを見る。

「死刑囚絵画展2005年~2014年」

 環境・境遇的に仕方の無いことかと思うけども、作品の
ほとんどは"自己肥大"を招いていることが顕著だった。
いずれもが、作品の中に必ず象徴的な図や、人なり、動物
なり、物なり、があって、それは恐らく本人自身を強く投影
しているのだろうことは明白という印象を強く受けた。

 犯罪というものは自己肥大の延長上にあって、法を尊び、
労働に勤しんで長い人生を生きていくには集団行動の規範を
学び、人の生きてきた法則と実績を辛抱強く学んで"自己肥大"
を抑えていくことに他ならない。

 法を逸脱し、刑に服するということは、その量刑を問わず、
罪そのものについてや、被害者について、被害者に関係する
大勢の人々の変更を強制される人生の行く末について
社会に与えた影響について、深く考察するためにあるが、
自己肥大を起こしている自分自身に向き合うという点も考慮
されているはずある。

 冤罪とか、捜査や判決の方法等について社会に広く問題提起
されなくてはならないこともあるだろうが、この表現展と今後の
展開は、そういった方向性との整合性はどうなのだろう。。
と考えながら諸作品を眺めた。

 鑑賞したのは80年代の邦画。別の作品を観るはずであったが
一週間勘違いで来週だった。だが、タイミング良く?も無差別殺人
が主要なテーマだったし「何か」が描かれている予感がして鑑賞。
期待した「何か」はしっかりと描かれていて満足。

 その「何か」の主成分はつまるところ、人は他者や社会には
無条件では寛容になれず、適応も出来ないということに尽きる。

適応できない人々と出来ている人々は混在しているのが『社会』で
残念であるが、基本的にいつも対応は後手後手に回っていく。
無数に作られてきた映画も上記の展示会もその「後手の所産」であり、
では、先手を打って良いかというと、それは遺憾ではあるが「良くない」
ということになる。それらは「歴史」というカテゴリーの中に事細かに
書かれていて分析も十分ではないかもしれないが、必要なだけは
されているはずであるが、明日という日はまた我々は何かを間違えて
取り消したり、やり直したり、韜晦したりして生きていく。



 

 
 


 
 

 
 
 
 
 
   



 
 
 
  
 
 


 


 
 
 
 
 

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 




 

   


 
 






 


 

 


 

 


 
  

 
 
 







 



  

   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   

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日記」カテゴリの記事

コメント

京都太秦での朝鮮人による刺殺事件は
キチガイということで
不起訴になったそうです
 
無罪ですらなく
最初から起訴しない不起訴
 
殺人不起訴ってあるんですね
 
民事で争ったところで金をとれるとも思えないし
殺された側は殺され損ですね
 
犯人はすぐに病院から出て来て
生活保護でももらって
そのへんに野放し状態なのでしょうね
次、人が殺されたら誰が責任とるのでしょう…
 
人殺して死刑になる人と
人殺して起訴もされない人
その間にそんな明確な違いがあるのか…
 
通院歴がポイントになるなら
人殺しする前に
キチガイのふりして何年か通院するといいですね

投稿: 万物創造房店主 | 2014年9月19日 (金) 22時31分

>殺人不起訴ってあるんですね
 
あるみたいですね(ーー;)
それも結構あるみたいっす。。(ーー;;)
 

>殺された側は殺され損ですね 
 
附属池田小事件(2001)では
子供が死んだのに犯人を生かしておきやがって
早く○れよという非難の中で、
犯人の極刑が2004年に執行されると今度は、
遺族は生きてずっと苦しみを味わい続けないと
いけないのに犯人はもうこの世にいないので
苦しみを味わなくていいのはおかしいのでは、、
という意見も出てきて周囲はもう何にも言えない
っすね。。
  
秋葉原通り魔事件(2008)でも、
犯人はこれからも幾度となく分析され、
書籍が幾らも出て、もしかしたら映画化もされて、
亡くなられた方は犯人とは欠片も関係なかった
"はず"なのに存在を抹消されて遺族と友人
以外の記憶には残らない、、
  
今回の上述の展覧会でも
「猛烈な違和感」はありましたね。
 
いかに上手くても、これは
アート(芸術)と呼んではいけないだろうと。 
 
被害者の情報はもっともっと
定量的に時系列的に世の中に流されるべきですね。
勿論、ご本人・ご遺族の了承の下に。

投稿: kuroneko | 2014年9月20日 (土) 02時44分

>生きてずっと苦しみを味わい続けないといけないのに犯人は

想像力のないまっとうな人の意見ですね
怨恨等の理由なく殺人を犯すような人は
苦しみなんか味あわないですよ

普通に生きてちゃ…

一日一回体のどこかをナイフで刺されては治療される刑50年とかなら
超つらいと思いますけど

ま、そんなことはムリなんで

江戸時代の島流しのように
過酷な自給自足下で生活させれば
何か変わるかもですけどね

尖閣諸島で…

投稿: 万物創造房店主 | 2014年9月26日 (金) 21時22分

>怨恨等の理由なく殺人を犯すような人は
苦しみなんか味あわないですよ
普通に生きてちゃ…
 
そうみたいすね(ーー;)
残念ながら。
どこかの刑務官が
「飯食ってテレビ見て漫画読んで
ゲラゲラ笑って毎日暮らしている
コイツ(某無期懲役囚)を生かしておいて
"刑の執行"になってるのだろうか。。」
と憤りと絶望を感じている文章を読んだことが
あります。
 
>尖閣諸島で…
 
そうですね。
日本中の荒廃している離島や
無人島や北方領土で住まわせて
働かせるというのは良いかもしれません。(^o^)
"強制的に"は色々障害多すぎて無理でせうから
「行けば刑期減らして多少の援助もするぜ」
って感じで出来そうすね。それ自体が償いにもなるし
将来的に実現するかもしれないすね。
北海道の主要な道路なんて網走刑務所とかの
囚人が作ったわけだし。同じ要領で。

第三次安倍内閣の諸君
与党諸君
頭の正常な野党諸君
政治家を志す諸君
日本を愛する諸氏諸嬢
参考にするよーに!
o( ̄^ ̄)o

投稿: kuroneko | 2014年9月27日 (土) 01時32分

>北海道の主要な道路なんて網走刑務所とかの
 
網走番外地を思い出しますなー

投稿: 万物創造房店主 | 2014年9月29日 (月) 19時46分

超低予算でも面白い映画は撮れる!
石井 輝男の継承者よ、出でよ!
\( ̄0 ̄)/

投稿: kuroneko | 2014年10月 2日 (木) 00時43分

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