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2014年11月18日 (火)

news「高倉健死去」

  
 

<高倉健さん死去>所属事務所のファクス全文
毎日新聞2014年11月18日(火)14:02 
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俳優の高倉健さんが10日、83年の生涯を閉じた。

 高倉さんの所属事務所「高倉プロモーション」から報道各社へ
送られたファクスの全文は次の通り。

 映画俳優 高倉健は、次回作準備中、体調不良につき入院、
治療を続けておりましたが、容体急変にて11月10日午前3:49 
都内の病院にて旅立ちました。生ききった安らかな笑顔でございました。

 病名 悪性リンパ腫。「往く道は精進にして、忍びて終わり悔いなし」。
83歳の命を全う致しました。

 治療に携わって下さいました病院スタッフの皆様から温かい涙とともに
お見送り戴き、故人の遺志に従い、すでに近親者にて密葬を執り行いました。

 これまで、お励まし戴きました皆様、心より深く感謝申し上げます。
有難うございました。

 今は、お一人おひとりの心の中に宿る故人の笑顔に、静かに祈りを
捧げて戴けますことを願っております。

 尚、勝手ではございますが、供花、供物などご遠慮させて戴きますこと、
あわせてご了承下さいますようお願い申し上げます。

                      合掌。

 2014年11月18日 高倉プロモーション
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【評伝】高倉健さん、全人生を役作りにささげる…“昔ながらの俳優”体現
産経新聞2014年11月18日(火)15:23
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役作りのために全人生をささげ、のめり込む。そんな“昔ながらの俳優”を
体現した。高倉健さんは、公私ともにわれわれがイメージする「高倉健」の
ままの人だった。

 「健さんは撮影現場で休憩中、いすに座らない」。そのストイックさを
象徴するエピソードを披露したのは、親交の深かった映画監督でタレントの
北野武さんだ。当の高倉さんは「たけしさんの話が広まったせいで、本当に
いすに座れなくなったじゃないか」と照れた表情で否定していたが、共演者や
スタッフを気遣う姿勢は徹底していた。

 高倉さんを時代を象徴する映画スターとしたのが、「網走番外地」などの
任侠(にんきょう)路線シリーズだ。東映の元プロデューサー、日下部五朗さん
によると、東映側は任侠ものへの新作への出演を当然期待していたが、
現場で高倉さんの熱意は衰えていたという。

 「人一倍正義感が強い高倉さんは暴力団が美化される風潮に嫌気が
さしていた。それで急遽(きゅうきょ)、私が新たなヒット作を作るために
企画したのが、『仁義なき戦い』だったんですよ。本当はもっと高倉さんと
映画を作りたかった」と日下部さんはつぶやいた。

 「酒もたばこもやらず、控室にはコーヒーを準備。一日20杯ぐらい飲んで
いたんじゃないかな」。華やかな銀幕の裏で人知れず努力を重ねた名優が
逝った。
(戸津井康之)
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日刊スポーツ2014年11月18日(火)11:45

 
 

 「狼と豚と人間」(1964)
 「いれずみ突撃隊」(1964)
 「網走番外地」 (1965)
 「昭和残侠伝 死んで貰います」(1970)
 「新幹線大爆破」(1975)
 「幸福の黄色いハンカチ」(1977)
 「南極物語」(1983)
 「ブラック・レイン」(1989)

 どの作品にも、どこまでも「人間臭い」健さんの"顔"があった。
少年期、青年期、上京以降、どの時代でも出会った作品での
健さんと作品にクラクラするほどの衝撃を受け、時には、涙し、
時には、友人と夜通し語り合い、満足した。あるいは、自分の
不甲斐なさと未熟さに呆れた。

 

 「行く道は精進にして、忍びて終わり悔いなし」

比叡山大阿闍梨、酒井雄哉氏から贈られたこの言葉を
座右の銘にして大切にしていたという。

 健さん、本当にお疲れ様でした。 

合掌。


 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

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コメント

健さん・・・

僕と同世代の人間は、健さんの映画を観たこともないやつがたくさんいます。僕はそれが悲しい。

投稿: ベジ太 | 2014年11月20日 (木) 22時45分

少年時代に、
「幸福の黄色いハンカチ」(1977)、
「南極物語」(1983)を。

高校生の時に、「ブラック・レイン」(1989)を。

上京、三十路以降は
任侠路線、
社会派路線(「飢餓海峡」(1965))、
時代劇(「宮本武蔵 五部作」)に、
エンタメ路線、、
 
今、思うと贅沢な出会いだったすね。
私は。。
 
 
>僕はそれが悲しい。
 
でもねー
私よりもずっと上のリアルタイム世代は
逆に
健さん=匕首,ヤクザ映画
がすっかり刷り込まれているかもしれず、
それは、記事にあるように健さんには
不本意だった面も確かにあったであろう。
 
だから、
 
フィルモグラフィーが全て揃った今から
じっくりチョイスして味わっていくベジ君以降の世代が
伝えられる
「高倉健」像がきっとあると思う。
 
そして、
 
ベジ君は、今、そして、これから、
伝える事が出来る環境が整っているのだ!
o( ̄^ ̄)o
 
「同世代が健さんを知らない」悲しみを、
「"だけじゃない"健さん」を教え、共に知っていく喜びに
変えていって欲しい。
 
それが、
 
健さんが喜んでくれる道ではなかろーかと思うのです。
 
知ることと、知らせる事を楽しんでいってください。
 
因みに、記事の作品では、

「狼と豚と人間」(1964)
がお勧めです\(^^)/

投稿: kuroneko | 2014年11月21日 (金) 01時07分

僕は
「緋牡丹博徒 花札勝負」の建さんかなぁー
主役じゃないけど
かっこいい

投稿: 万物創造房店主 | 2014年11月25日 (火) 21時11分

名匠内田吐夢の後期の秀作
「人生劇場 飛車角と吉良常」(1968)

主役の鶴田浩二にオイシイ所譲りまくる
健さんも
かっこいーすよヽ(;´Д`)ノ

投稿: kuroneko | 2014年11月26日 (水) 00時05分

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