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2015年1月17日 (土)

映画「インターステラー」

「インターステラー」

原題名: Interstellar
監督: クリストファー・ノーラン
脚本: クリストファー・ノーラン,ジョナサン・ノーラン
撮影: ホイテ・ヴァン・ホイテマ
音楽: ハンス・ジマー
編集: リー・スミス
出演: マシュー・マコノヒー,アン・ハサウェイ,ジェシカ・チャステイン
ビル・アーウィン,エレン・バースティン,マット・デイモン,マイケル・ケイン

時間: 169分 (1時間49分)
製作年: 2014年/アメリカ

(満足度:☆☆☆☆+)(5個で満点)
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近未来の地球。人類は戦争というコストの代償を払う力は無くなり、各国の
軍隊は解体され、過去の遺物となっていた。しかし、世界的に慢性的且つ
深刻な食料不足に悩まされ、多くの者は職業選択の自由もなく農業に従事
することを余儀なくされていた。優れたエンジニアでありパイロットでもあった
クーパー(マシュー・マコノヒー)の娘マーフ(マッケンジー・フォイ)は、自分の
部屋で未知の存在からのメッセージと思える現象に遭遇し、解読を試みる。
それは地図上のある地点を意味していた。クーパーとマーフは解読された
地点へと向かう。。

 

 これまで自分が観て来たクリストファー・ノーランの作品は、
「インセプション」(2010)
「ダークナイト」(2008)
「ダークナイト ライジング」(2012)
くらいしかないのだが、これらの作品に共通する傾向としては

ものごっつい大きな仕掛けで、ものごっつい小さな、
しかし、「大事な事」を語ろうとする。という点にある。

 今回は、自分としてはものごっつい小さな、しかし大事な事
は脇に置いて、「ものごっつい大きな仕掛け」をがっつりと味わいたくて
観にでかけたのであるが、確かに、もの"ごっつい大きな仕掛け"は
それなりに堪能は出来たのだが、ストーリーもまた大きくはじけて
欲しかったのが正直なところだ。いや、それなりに大きく膨張はするの
だが、、

 勿論、及第点以上のスケールの大きさで描いてくれてはいるし、
現時点でのハリウッドにおける最高峰のレベルであることは間違いない。

 中盤と、ラストの「15分前まで」はかなり良かった気がする。
ロボットの"TARS"のデザインも、そのデザインと無骨な動きからは
想像できない意表をつく(狙い通りなのだろう)活躍ぶりもとても
素晴らしく感動も出来た。「宇宙」自体のコンセプトデザインも悪くない。
というかカッコイーと思う。考証もきっと時間をかけたことだろう。

 しかし、ノーランは、物語を「綺麗な環」でロジカルに繋ごうとする
気づかいと充分に培ってきたテクニックとセンスが、どうも窮屈感を
醸し出して、我々わがままで勝手気ままな観客は"ノーラン調"に
小さな苛立ちを感じてしまうように思う。

 今回は「宇宙の果てまで行ってヨシで、こちらもスンバらしい
デザインの宇宙ステーションを駆使して、着実に異なる銀河に進出
したのでギミック丸出しで、それらにもっともっと肉体も精神も翻弄
されまくる人々を自分は見たかった。

 せっかく、ワクワクする巨大津波シーンなぞを完璧に描いてみせて
いるのだからもっと、到着した星の具体的な描写もあってよかったと思う。

 勿論、ノーランはそれらを描く誘惑を抑えに抑えて限りのある
上映時間と予算というリソースを「人間ドラマ」に集中させたわけで
「正解」であるし、かなり成功していると思う。

 「ダーク・ナイト」では孤立無援なバットマンという"点"への見事な
収束振りに
世界が惜しみない拍手を送ったが、「インセプション」や
「バットマン・ライジング」や本作のような、コンセプトのメカニズム
として発散していく世界に対しては、何となく勿体無い感じ
否めない。

 本作も含めてここまで及第点以上のクオリティの極めて高い作品を
放ってきたのだから、さらに、イマジネーションのままに、映像、脚本、
美術、俳優、演出、全てに拘り抜いた作品を放ってもらいたい。

 言うまでもなく、作品全体が「2001年 宇宙の旅」(1968)へのノーランと、
製作総指揮として、当代随一の物理学者として本作へ参加し、その
影響と貢献度が計り知れないキップ・ソーンの21世紀の"タッグ"が、
スタンリー・キュブリックと原作者のアーサー・C・クラークの20世紀の
"タッグ"
への

心を込めた手紙であり、そして、2010年代現時点の「解」

のようなものだから、彼らの意見を事細かに聞いてみたいと誰しも
思うことだろう。自分の想像としては、キュブリックは、人々の行動様式と
物語の結末に辛辣な批判を加え、「自分ならこうする」と詳細に語る
ことだろうと思う。アーサー・C・クラークは、全体としての見解の相違を
控えめに述べながらも賞賛するのではないだろうか。

 作品そのものの出来としては文句無く☆☆☆☆☆なのだが、
ラストの方向性が個人的にはどうも余りチュキではない。

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